ベスティア団

「さて無事にギルド登録も終わりましたし勲章を手に入れる為にもクエストの魔物をパパァっと倒しちゃいましょう!」


 掲示板を見ながらどのクエストを受けるか思案する俺とヘカテイア。


 ほとんどの目ぼしいクエストは既に他のギルドに取られており、あるのは危険なクエストか安全だが報酬が雀の涙ほどしかないハズれクエストのどちらかだ。


 しかしそれはあくまでBランクから下のクエストの話。Aランクのクエストになると徐々にクエストの数が増え始める。


 理由は簡単。この異世界において魔物はAランク以上になるとその危険性が格段に上がる。


 今までは本能だけで戦っていた魔物が知能を獲得し狡猾な罠を張り始める。


 それはある意味ではBランクのキメラにも見られた兆候だ。あの魔物もわざと一時的に倒されたフリをしてこちらを油断させた。


 あれも本能というよりは知能による行動と言える。Aランク以上ならばそういった知能に加えて身体能力もBランクの魔物とは比べ物にならない。


 故にAランク以上の魔物は大人数の冒険者を連れて、なおかつ魔物と同ランク以上の専用装備をして戦うことがこの異世界の常識となっていた。


 「そういえば気になっていたんだが……エルピスのランクってどのぐらいなんだ? やっぱりSランクなのか?」


 「エルピスにランクなんてものはありませんよ?」


 「ランクが……ない?」


 「この異世界の装備はランクに縛られています。故にそれ以上の力が発揮できない……だから私はランクに囚われない装備を開発したのです」


 「そんなことが出来るのか?」


 そこまで言って俺はごく当たり前のことに気づいた。この異世界にしばらく居たことで感覚が麻痺していたが元の世界ではランクなんてものは存在しない。


 だとするならばこのエルピスもまた異世界で作られたものではないのだろう。 


 なにせ自分から女神だと自称する女だ。彼女ならば天界でこの装備を作ったっておかしくはない。


 「エルピスの基本構造は一般装備と変わりません。ですがそれはあくまでもベースだけ、それ以外の部分は別の世界の技術を参考にしているのです」


 「別の世界って転移者たちのことか?」


 「察しが良いですね~。私が女神だった時に転移者の信者さんに協力して作って貰ったんです。まあ今は弾圧を受けてしまってこの構造を知っているのは私だけになっちゃいましたけど」


 この異世界の技術と俺たちの世界の技術。その二つが合わさってエルピスがあるということなのだろうか。


 それを聞いてこの装備の尋常じゃない強さにも少しではあるが納得はいった。


 「よってこの装備を単純にランク付けすることは出来ません。まあ強いていうなら未確認のランクーーXランクとでも名付けましょうか」


 ヘカテイアはそう言いながらいくつか目ぼしいクエストをつま先立ちで取る。


 彼女の身体付きはまだ幼く身長だってそこまで高いわけではない。


 しかしクエストの掲示板もそこまでの高さがあるわけではなくAランクのクエストならば普通に手が届くはずだ。


 なのにわざわざ不格好に爪先立ち足をしているということは……。


 「おいおい間違えてるぞ。これはSランクのクエスト用紙になっているAランクはその下だ」


 「ヘカテイアちゃんが間違えるわけないじゃないですか~。一緒にSランククエスト達成して勲章を貰いましょう!」


 「わざわざSランクにしなくても良いんじゃないのか? Aランクでもそれなりの人数と装備がいるわけだし」


 「それはそうですけどSランクを達成した方がより大きな勲章が取れるんですよー」


 「それも魅力的だが今はその時じゃない。物事には段階ってものがあるからな……まだエルピスだって一回しか装備してないんだ安全を取るためにもAランクで構わないよ」


 勿論あの装備があれば大丈夫だとは思う。彼女だって俺を信じているからSランクのクエストを受けようとしたのだろう。


 でも俺にとってAランク以上の魔物は未知の存在。軽率な判断で仲間を失ったことがある俺にとっては安全を優先したかった。


 「クエスト用紙は俺が直しておくよ。ヘカテイアは代わりにAランクのなるべく楽できるのを頼む」


 「ナギトさん……すみません。少し焦り過ぎました」


 「気にするな。大体お前はしょげている時より生意気な方が似合っている」


 俺は落ち込むヘカテイアにそう告げてクエスト用紙を戻そうとする。


 だがそれよりも早く手にあったクエスト用紙は謎の黒い影によって奪われてしまった。


 「うわっ……!?」


 「これ戻すんだろ? だったらアタシが取ってもいいってことだ」


 目の前に現れたのは褐色肌の少女。赤毛のショートヘアーに吸い込まれるような青紫の瞳を有している。


 その体格は決して大きくはなく華奢でヘカテイアよりも幼く感じるがだからといって彼女が見た目通りの年齢かどうかは分からない。


 その理由は簡単。彼女の頭にはしっかりと茶色い猫耳が付いていた。


 噂には聞いていたがあれが獣人というものらしい。彼女は誇らしげにクエスト用紙をひらひらさせながらこちらを見下したような表情を浮かべる。


 「アンタさっきギルド登録してた連中だね。副官がSランクを選んでたってのに随分と臆病じゃないか」


 「げっ……そういう貴方はベスティア団のソマリじゃないですかー」


 「ベスティア団?」


 「獣人だけで構成された中堅ギルドです。獣人特有の身体能力を使ってクエスト用紙を奪うヤな連中ですよ」


 なるほど確かにあの時の彼女の動きは人間離れをしていた。獣人の動きでクエストを奪われれば一般冒険者たちは対抗できないだろう。


 そんな女神ヘカテイアの説明に赤毛の猫耳は不愉快そうに口を開いた。


 「見た目は子供の癖に随分と言ってくれるね! 別にクエストを奪うなんてこの世界じゃ珍しくもなんでもないじゃない。奪われるのが悪いのさ、そこの間抜けみたいにね」


 「子供の癖にとか獣人である貴方に言われたくないんですけどーっ!」


 「アタシには胸があるからね。誰かさんと違ってさ」


 ニヤリと笑いながら赤毛の獣人はヘカテイアに近づいた。勿論ヘカテイアも胸はそれなりにある方だ。


 だがそれとは比べ物にならないほどその獣人のそれは大きかった。


 その事実にぐぬぬと言わんばかりの表情を浮かべるヘカテイア。しかしそこは女神。彼女の言葉に更なる煽り言葉で返し始める。


 「でもこれSランクのクエストですよ? 貴方たちにクリアできるんですかぁ? 中堅なんですから無理せずFランクぐらいのクエストにした方がいいと思いますけどー?」


 「中堅どころか仮登録しかしてないアンタに言われたかないよ。それにアタシたちはAランクの任務だってそれなりにこなしてるのさ。Sランクだってこなして見せる」


 「……どのみちこのクエストは受けるつもりは無かった。俺たちの代わりに頑張ってくれ」


 さすがにこれ以上言い争いを続けても意味がない。そう判断した俺はヘカテイアと獣人の間に割って入る。


 ヘカテイアとしても獣人の彼女にしてもまだ言いたいことがあったようだが俺が来たことで落ち着いたのか言い争いが治まる。


 「アンタって変な奴だね。あれだけ言われて悔しかないのかねぇ」


 最後に赤毛の少女はそれだけを吐いて数人の部下を連れてその場を後にする。


 そんな彼女を見て溜め息を吐きながらも俺はヘカテイアの方を見る。


 「お前もあまり煽ってやるな」


 「いやぁ……ヘカテイアちゃんは小悪魔ですから。というか私からすればナギトさんの方が不思議です。ちょっとは言い返したって良かったのに」


 本当は分かっている。ヘカテイアがああやってソマリにちょかいを掛けたのは言い返さない自分の代わりをしていたのだ。


 でも俺はそんなの気にしない。だって現実世界ではいつも侮辱されていたこれぐらいのことは慣れている。


 なのに俺のせいでヘカテイアが悪者になる必要はないのだ。


 「言われなれているからな。そういうのは相手にしないのが一番さ」


 「ナギトさん……」


 「さ、俺たちは俺たちのクエストを選ばなくてはな。ヘカテイア出来るだけ楽そうな奴だ」


 「ふふん仕方ないですね~。ヘカテイアちゃんが飛びきり楽しそうな奴を選びますね~」


 「お前……人の話を聞いてないだろ」


 冗談を口にするヘカテイアに俺は苦笑いしながらも一緒にクエストを選ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る