ヌーヴェルマリエ
「ねえ! 私たちのギルドを抜けるってどういうこと!」
「結花ちゃん……」
学校のマドンナたちだけで結成されたギルド『ヌーヴェルマリエ』。
その所有地の前でオレンジ髪の少女ーー神崎かみさき結花ゆいかは目を見開きながら酷く落ち込んだ表情を浮かべる。
ツインテールの髪に整った顔立ち、青色の瞳は見ていて吸い込まれそうな魅力を放っている。
だがそれは当たり前のこと。ヌーヴェルマリエに選ばれるのは美少女ばかり。
実際神崎はクラス内の美少女ランキングで二位という好成績を残している。
そんな彼女に対して申し訳なさそうな表情を浮かべているのは如月きさらぎ綾乃あやの。
黒髪ショートの姫カットに青紫色の瞳。彼女もまたマドンナと呼ばれるに相応しい容姿をしておりクラスの美少女ランキングでは友人の神崎を抑えて堂々の一位を取っている。
もっともクラスメイトで勝手にランキングを作っているので単純な美しさだけではなく性格による好みも含まれてはいるのだが。
どちらにせよ二人がクラスでのマドンナであるということは間違いない。
そんなマドンナの一人だったからこそ神崎は如月のことが信じられなかった。
ヌーヴェルマリエはこの異世界において月下に優るとも劣らない巨大なギルド。
その優良ギルドを如月はアッサリと抜けたのだ。友人の神崎に何も告げることなく。
「結花ちゃんも知ってるよね。ヌーヴェルマリエが月下と協力してナギトくんの殺害計画を立ててるって話」
「それは聞いてるけど……」
「私……こんなの間違ってると思う。みんなで寄って集って一人を殺すなんて」
月下の二度による襲撃作戦。その全てがナギトの働きによって失敗に終わっている。
その失敗によって業を煮やした団長のイズルはヌーヴェルマリエと取り引きして共同戦線を張ることにしたのだ。
つまりそれは二つの組織が協力して一人の人間を殺すことを意味している。
如月はそんなギルドがイヤになって抜けることを決意したのだ。
「その気持ちも分かるけどさ! 殺すのは末端の団員でしょ? 私たちまで回ってこないって!」
「回ってきたら……?」
「そ……それは」
「例え万が一だとしても私はナギトくんに刃を向けることなんて出来ないから……だから……ごめん」
「で、でも辞めるってことはそれなりの手続きがいるんじゃないの!? 何人かは辞めようとして死体になって出てきたって噂も」
神崎が心配するのも当然のことだった。神崎たちの周りにいたクラスメイトの何人かもこのギルドに所属していたのだかギルドの厳しい任務に耐えきれず何人かが抜け出そうとしたことがある。
でもそのほとんどが行方不明。中には死体になって発見されたという噂も出る始末だった。
だが心配する神崎に対して如月はクスリと笑うと自慢げに紙を見せる。
そこにはしっかりとギルドから除隊するという主旨の文言と責任者のサインがあった。
「そんなの噂に決まってるでしょ。私はちゃんとギルドの幹部と話し合って円満に解決したよ。行方不明ってのは単にギルドの制裁を恐れて逃げだしたってだけだと思うな」
「そりゃそうかもしんないけどさ……」
神崎はどこか納得しない様子だったが彼女が納得しようとしなかろうと如月には関係のない話だ。
如月は最後にバイバイと手を振るうと踵を返して夜の闇へと消えていった。
彼女が消えるのを確認すると同時に神崎は急いでギルドの基地の中へと入る。
あり得ない。神崎は如月がギルドを脱退出来ないように予め幹部の人たちに頼んでいたはず。
なのに脱退証明書にはしっかりと幹部の名前が書かれていた。
どういうことなのか聞き出そうと神崎は幹部の部屋へと向かう。どこかアンティーク調のドアを開けて部屋の中へと入るとそこには床で伸びている幹部の姿があった。
どうやら強行手段に出て逆に返り討ちにあったようだ。あのサインも力ずくで書かせたものなのだろう。
普段は大人しいはずの如月がこれだけの行動を移すなんて余程人を殺めるのに躊躇いがあったのだろうか。
神崎は部屋の窓から彼女の過ぎ去った後を見届ける。大丈夫……例えギルドに脱退したからといってこの友情が消えるわけではない。
「任務が終われば……ナギトが死ねば……また戻ってきてくれるわよね?」
勿論彼女の発言に応えるものはおらず。言葉だけが空気の中へと消えていった。
◇
「ズラァァァ!」
広く開けた草原の中。オークをスピードフォルムの剣で真っ二つにする。
これで倒した魔物の数は百三十匹目。さすがにこれだけ長時間魔物狩りを続ければ疲れるのか額に汗が滲むのを感じる。
「いやー今日も調子いいですねぇ。最初に戦った時よりも動きが速くなってるじゃないですかー」
「大分と慣れたからな。これなら前よりも素早くバイオリン弾きを倒せる気がするよ」
最初に戦っていた時は自分の鎧が出す速度に無意識に制限を掛けていたのかスピードフォルムが出せる速度の七割ぐらいしか出せなかった気がする。
だがこうして使っている間にその速度にも慣れてきたのか七割しか出せなかった速度を今では八割以上出すことが出来る。
そういう意味ではこうして魔物を倒すことは自分の訓練という意味でも役にたっているのかも知れない。
だが俺たちが今回外に出ているのは訓練の為ではなくコア集めだ。
今日の朝頃ヘカテイアがSランクの魔物であるフェニックスのコアを手にいれて欲しいと俺に頼んできたのだ。
「いつも戦わせてしまってすみません。これもフェニックスのコアが手に入るまでの辛抱です」
「確かヘカテイアの装備品を作るのに必要なんだったな」
「そうです。コアは主に工房で溶かされて武器の材料になりますからねぇ。私もいつまでも参謀だけをやっているわけにはいきませんから」
「参謀? 何か知恵を使っていたか?」
「あーひどーい! そういうこと言っちゃいますかー!」
頬を膨らませるヘカテイアに俺はクスリと笑う。本当はちゃんと分かっている。
今まで勝ってきたのは俺一人の力ではない。ヘカテイアやソマリといった仲間たちが共に戦ってくれるおかげなのだ。
「冗談だよ。ヘカテイアにはいつも感謝してばかりだ」
「そーですよ! 大体例え役に立つことがなくてもこんなに可愛いヘカテイアちゃんが応援すれば問答無用でバフが……」
そこまで言った時だった。パァンという破裂音と共に俺の鎧に銃弾が当たる。
スピードフォルムなので装甲は薄かったがそれでもダメージは一切無く鎧にも傷はついていない。
俺はすぐに銃弾を撃たれた方向を見る。するとそこには百人ほどの冒険者たちがこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
「場所が草原だから速く気づけた! ヘカテイアは下がってて後は俺が倒す」
俺は鎧に光を纏わせて加速すると一気に敵の集団に向かって刃を振るう。
俺の斬撃に対して盾や鎧の堅い箇所を使って防ごうとするが刃はまるで豆腐を斬るかの如く盾を鎧を切り裂いて数秒も掛けずして一人また一人と斬り倒す。
「な、なんで銃弾が当たらないんだ! う、うわぁぁぁッ!?」
「これが噂の……しかし……そんな……ぐっ…………」
次々と悲鳴を上げては動かなくなる冒険者たち。もう半数以上は壊滅しており結果は見えている。
だというのに諦めるつもりはないのか冒険者はまさに死に物狂いで戦っていた。
「もう武器を捨てるんだ! 俺だって別に斬りたいわけじゃない!」
迎え来る冒険者の首を切り落としながらそう言い放つ。しかし敵は怯えているのか銃弾を撃つのを辞めることはなかった。
仕方なく俺は二本の刃で無数の軌跡を描いて敵を一瞬で真っ二つにする。
気がつけば辺り一面には冒険者の残骸が転がっている。そんな彼らを見てどうしてという疑問が込み上げてくる。
「どうして降参しなかったんだ。降参すれば助かったのに……」
「ナギトさん! 大変です! 左側から敵が二十人ほど!」
「まだいたのか!」
更に現れる敵に対して再び鎧を光らせて戦おうとする。だがそれよりも速く敵の動きが止まる。
そして敵の頭上には巨大な氷の塊。それはまるで銃弾のような速度で落下し二十人の敵を粉砕した。
後に残ったのは俺の周りにあるものと同じ冒険者の屍だけ。そんな屍たちの方向から水色の軽装に身を包んだ少女がこちらに接近する
今の攻撃を見る限りどうやら冒険者を倒したのは接近している彼女のようだが。
「気をつけて下さい。私たちを油断させる手かもしれませんよ」
「そうだな」
ヘカテイアの言った可能性も十分にあるので俺は警戒を怠らない。
しかし向こうには敵意がないようで姿がハッキリと見える位置まで近づくと照れながらこちらに手を振った。
彼女の髪型は黒髪ショートの姫カット。その髪型と青紫色の瞳はどこか物憂げな雰囲気を漂わせている。
「えっと……ナギトくんだよね」
「そ、そうだけど」
聞き覚えのない優しい声。俺は突然の挨拶に驚きながらも鎧を外して会釈する。
顔を晒したことで俺がナギトだと確証を持てたのか安堵の息を吐く少女。
何だか向こうは顔見知りみたいだが俺は彼女が誰なのか思い出せないでいる。
「やっぱりナギトくんだ……久しぶりだね」
「ひ……久しぶり?」
「私だよ。如月綾乃」
「ちょっと誰なんです? この可愛い娘は? さては彼女!?」
「い、いや彼女もなにも……俺たち……どこで知り合ったんだ?」
如月綾乃……結局名前を聞いても思い出せなかった俺は降参して彼女とどこで出会ったのか尋ねることにするのだった。
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