VS月下

「エルピスのスピードフォルム。これなら……!」


 目の前にいるのは無数の骸骨の群れ。そんな骸骨に対して刃を向けるとそれに反応するかのように鎧が青色に発光する。


 その光は骸骨たちが纏っている身体能力増強のバフとどこか似ているような気がした。


 恐らくこれがスピードフォルムのカラクリ。アーチャーフォルムが無数の重火器で殲滅力を上げたのに対してこのスピードフォルムは青い光を纏うことで他の装備には真似できない速度を出すことが出来るようだ。


 自分に許された時間は僅か一分。その一分の間に無数の骸骨を倒し尚且つバイオリン弾きを倒さなくてはならない。


 俺は深呼吸を一度して覚悟を決めると一気に光を纏い無数の骸骨に対して刃を振るう。


 二本の剣から放たれる無数の軌跡は目の前に立ち塞がる骸骨たちを次々に消滅させる。


 気がつけばあれだけ大量にいた骸骨が全て消滅しており残っているのはバイオリン弾きだけだ。


 しかしそれはほんの少しの間だけ。ここで動きを止めてしまえばバイオリン弾きによる再生産が始まって戦いは泥沼化するだろう。


 「ナギトさん! 残り三十秒です!」


 「それだけあれば問題ない!」


 更に光を強めることで一瞬でバイオリン弾きの背後へと移動して刃を振るう。


 だがその刃はバイオリン弾きのバイオリンを盾にすることによって防がれてしまった。


 「さすがはSランクだ。だが……剣はもう1つある!」


 俺はバイオリンに刺さった剣を放棄すると再びバイオリン弾きの骸骨へと接近して刃を振るう。


 それに対して向こうもバイオリンの弓を振るって反撃を仕掛けるが俺の刃はバイオリン弾きを弓ごと真っ二つにした。


 後に残ったのは骸骨の残骸と真っ黒なコアが一つだけ。その状況に戦ってきた獣人は安堵や歓声といったそれぞれの反応を見せる。


 「五十秒で倒せましたねー。残り十秒のお釣りです」


 「う、嘘だろ……本当に一分以内にSランクを倒したっていうのかい?」


 「ふふん……どうですか? これがギルドの団長の力ですよ?」


 「なかなかやるじゃないか……でその相棒であるアンタはどれぐらい強いんだい?」


 「…………そんなことより今は獣人さんの手当ての方が大切ですよ。医療キットは?」


 戦いには勝利した。だがその為に払った犠牲は決して少なくはなく周囲には獣人の死体がいくつも転がっている。


 俺たちはその光景に唇を噛み締めながら怪我をした獣人の手当てを行う。


 「……名前はナギトだっけね? 私たちのギルドを助けてくれて感謝するよ」


 「いや……こっちこそ…………すまない」


 「おいおい何を謝ることがある。アンタは何も悪いことなんてしちゃいないだろう?」


 「それは……そうだが…………みんなを救えなかったから」


 俺は女神ヘカテイアから弱者の希望となる力を手にいれた。この力さえあればみんなを守れると思っていた。


 でもこうして犠牲者は出る。もし俺がもっと強ければこんな犠牲は出さなくても済んだのではそんな考えが浮かんでしまうのだ。


 そんな風に考えていた俺に対してソマリは元気付けるようにカラカラと笑う。


 「アンタも考えすぎだよ! ナギトが来てくれなかったらアタシたちは全滅していたんだ……間違いなくアンタはヒーローさ」


 「ヒーローか……」


 そういえばスピナも俺にそう言ってくれたけど……今度はちゃんとみんなを守ることが出来たのだろうか。


 「……そういや気になってたんだがなんてアタシたちを助けてくれる? 今だってそうだ……普通の人間は獣人の命なんて気にしないのにさ」


 「命に獣人の人間も関係ない。みんな命だ……だったら続いた方がいい」


 「変わってるね……でもみんながアンタみたいな考えだったらもう少し世界は優しくなれるんだろうね」


 どこか空虚な表情でそれだけを口にするソマリ。そんな彼女からは諦めのような雰囲気が伝わってくる。


 その願望を口にしつつも世界は変わらないと彼女は分かっているみたいだった。


 「そんなに……獣人ってのは不幸なのか?」


 「あはは! アンタ……本当に何にも知らないんだね? 獣人は人間と魔族の間に生まれた失敗作なのさ」


 そういって聞かされたのは獣人の起源。当時この異世界では転移者を凌駕する戦力の開発に取り掛かっていた。


 そんな中で作られたのが獣人という存在だ。捕縛した魔物と人間の間に子供を作らせることによって魔物の身体能力を有した人間を造ろうということになったのだ。


 結果としてその計画は失敗。魔物と人間との子供のほとんどは理性をもたず手当たり次第に人間を襲う獣となり果てる。


 勿論産まれた子供の中には今のソマリのように理性を持った獣人も現れるがその実力は普通の人間より少し強い程度で転移者に匹敵すらせず彼女たちもまた失敗としてその場で捨てられることになった。


 「アタシがあの時……自分達の力で戦おうとしたのはさ……やっぱり悔しかったんだ。転移者に負けたくなかった……アタシたち獣人にだってやれるって示したかった」


 「ソマリ……お前はずっと頑張って来てたんだな」


 捨てられた獣人が出来ること言えばその身体能力を活かしての戦闘ぐらいだ。


 文字通り捨てられたのだから俺たち転移者みたいに初期装備や配給品があったわけではない。


 そんなまさに何もない状態から彼女たちは中堅ギルドと呼ばれるまで成り上がっている。


 きっとそこに至るまでの道は俺が想像しているよりも苦難の連続だったはず。


 そんなソマリだからこそ俺は純粋に称賛することが出来る。それに対してソマリは照れているのか恥ずかしそうに顔を背けた。


 「べ、別にこれぐらい当たり前さ。それにアタシが頑張らないとこの娘たちが野垂れ死んじまうからね」


 今ならば分かる。ソマリたちがクエストを奪っているのは自分の部下たちを飢え死にさせないため。


 今回のクエストだって危険と知りつつ挑んだのだって同じ理由なのだろう。


 「野垂れ死ぬか……」


 「本当はさ……もっと賢い方法もあるんだよ。耳と尻尾を削いで貴族に媚びさえすれば誰かがお金を恵んでくれるかもしれない……でもアタシたちは誇りを捨てたくはないんだ……この尻尾も耳も気に入っているんでね」


 「お前の生き方だって間違ってなんてないさ。その証拠にクエストだってクリア出来たんだからな」


 俺はそういって骸骨から回収したコアを渡す。そんな俺を見てソマリは一拍置いた後、情けない声を上げた。


 「あ、アンタ何をしてるんだい!? 倒したのはアンタだ……さすがに受け取れないよ!」


 「だがお前のクエストだ。Sランクの魔物を倒したんだ……その報酬があればしばらくは暮らせるだろう」


 「それはそうだけどさ……助けて貰ったのに何もしてやれないってのも」


 そこまで言った途端。突然音もなくぬぅーと青髪の女神が笑顔で俺とソマリの間に入ってくる。


 どうやら今の俺たちの話を聞いていたようだ。彼女は楽しげな笑みを浮かべてこちらに話す。


 「だったらこういうのはどうでしょう。クエストの報酬はソマリさんに全て差し上げます。ですがその代わりに勲章だけはこちらに譲って頂くというのは」


 「そりゃアタシたちは獣人ギルドだから勲章はいらないけどさ。本当にそれだけでいいのかい」


 「ああ……俺もそれで構わない」


 ヘカテイアも考える。こちらにとって重要なのは資金てはなくSランクの魔物を倒したという証。


 獣人しか集めないソマリにとって知名度をあげる勲章はそこまで重要ではない。


 ヘカテイアはそんな彼女の思考を読んで双方に満足のいく条件を提案したのだ。


 「さてと分け前の話も終わったところで町へと戻りましょう! 急いで町に戻れば助かる命もありますし」


 「そりゃそうだけど……獣人は医療も受けーー」


 「そこはヘカテイアちゃんにお任せを! こう見えて手術経験は豊富なのです!」


 えへんと胸を張るヘカテイア。確かに軽傷の獣人はともかく重症を負った獣人は応急処置をしたとはいえ早めにしっかりとした医療を受けさせるべきだろう。


 俺たちは獣人たちを連れながら洞窟の外まで辿り着く確かこの辺りを獣人の一人に見張りを頼んでおいたはずだが。


 「アンタらを案内した獣人ってのは多分ミケだね。アイツは助けを呼ぶって急いで洞窟を出ちまったから」


 「でもおかしいですね。ここで待つように言っていたはずなのに……」


 いるはずのミケがいないことを不審に思い俺たちは顔を見合わせる。


 何にしろあの傷だ遠くには出掛けたとは考えにくいが……そこまで考えた時、ソマリが鋭い目付きで繁みを睨む。


 「ソマリ……どうかしたのか」


 「…………敵がいる」


 ソマリの言葉で俺たちも警戒体制に入る。そこで相手も自分たちの姿がバレていると気づいたのだろう。


 繁みの中から甲冑姿の冒険者たちが次々に姿を現しその数は五十人前後といったところか。


 「な……なんなんだい! こんな集団で寄って集ってさ!」


 「いや……ちょいとな。上の方から目障りな虫どもを始末するよう頼まれてね」


 無数の冒険者の中で先行している三人のうち一人が馬鹿にしたような声色で話す。


 全身は茶色の鎧で包まれてはいるがその声には聞き覚えがあった。


 彼は鮫島と同じサッカー部の春川だ。春川は学校で鮫島と共に虐めを行う主犯格でクラスは違うというのにわざわざ俺を虐めるために教室にやってくる嫌な奴だった。


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