如月の実力
「ありがとうな」
「えっ…………」
「さっきの戦い凄くやりやすかった」
フェニックスとの戦いが終わって下山途中。俺は隣を歩いている如月にそう告げる。
そんな俺に対してまさか礼を言われるとは思っていなかったのか驚いた顔を浮かべながら慌てた様子で返事する。
「そ、そんなことないよ! 私なんて全然戦えなかったし……もっとナギトくんの役に立ちたかった」
もしかすると彼女からすればもっと簡単にフェニックスを倒せるつもりでいたのかもしれない。
もっともそう考えるのは当たり前のこと。彼女のスキル氷結は敵を簡単に凍らせられる強力なスキル。
それゆえ今までの魔物もそのスキルで簡単に倒して来たのだろう。
でも今回は相手が炎を纏っているが故に本来の力を発揮することが出来なかった。
だから俺たちからすれば役に立っていると思っていても彼女からすれば不満が残っているのだろう。
「今でも十分すぎるほどだ。お前が仲間で良かったよ」
「本当に……? だとしたら……ここに来て良かった」
如月は照れながらも微笑む。その手には小さくガッツポーズがされており予想以上に喜んでいるようだった。
彼女はわざわざ俺のために、俺なんかの為にヌーヴェルマリエという組織を抜けてきたのだ。
組織を抜けるということは友人や知人から離れるということでもある。
俺みたいに初めから孤独ならば良いが彼女は違う。組織を抜けるときにはそれなりの葛藤だってあったはずだ。
それでも如月は自分の気持ちが正しいと信じてこちらに来てくれた。
ならばその代わりに自分が出来ることは俺が俺たちが彼女を認めて新しい居場所になってやることだった。
「その……ごめんな。俺のせいで組織を抜けることになって」
「それは私が勝手にやったことだから……それに私は今とても幸せだよ。だってナギトくんと一緒にいられるから」
その言葉に俺は思わず何も言えなくなってしまう。一緒にいられて幸せ……そんな風に言われたのは初めてだ。
今まで自分が言われてきた言葉はみんな俺を否定する言葉ばかり。
だから逆にこんなに純粋に喜ばれたことがなくてどうやって返せばいいのか分からなくなってしまったのだ。
でも分からないこともある。確かに俺と彼女が図書室に出会って何度か会話したことは事実だ。
だがそれは本当に最初の数ヵ月だけ。それ以降は疎遠で彼女とはそれ以降話どころか会ってすらいない。
なのにどうして数ヵ月程度話をしただけの俺の為にこうして他の友人を裏切ってまで一緒に戦ってくれるのか。
それが分からなくて俺は如月に尋ねようとする。だがそれよりも早くヘカテイアの慌てた声が聞こえた。
「敵が! 山のふもとに!」
言われて気がつく。山の下りた先には無数の冒険者たちが刃を持って待ち構えていた。
どうやら先程のフェニックスの戦いで俺たちがここにいることがバレてしまったらしい。
立ち塞がる冒険者は大体二百人前後。今まで相手した部隊よりもその数は多い。
出来れば戦闘は避けたいが向こうもこちらに気が付いたのか一気にこちらに向かって接近戦を仕掛けようとする……が。
「な、なんだ……足が動かねぇ!?」
全員の動きがぴたりと止まる。それはまるで時間が流れるこの空間の中で彼らだけの時が止まっているような感覚。
勿論こんなことが出来るのは一人しかいない。俺は隣にいる如月を見ると彼女は安心したような表情を浮かべていた。
「ナギトくん……これで大丈夫。動きは止めたから……!」
「助かった! このまま一気に片付ける!」
俺は翼を出現させてそこから天使たちを召喚すると光の矢をまるで雨のように彼らの元へと降らせる。
光の雨を避けようと冒険者たちは身体を動かそうとするがそれは全て無駄なこと。
光の矢は無情にも次々と冒険者の身体を貫き彼らの叫び声が広がる。
「お前たちが攻撃を仕掛けなければ無駄死にせずに済んだのに!」
「無駄死に? 勝手に決めつけないでくれる?」
「……敵か!?」
突如として女の声と共に炎の塊が側面から放たれる。どうやら目の前の冒険者とは別に転移者が側面から迫っていたらしい。
炎の塊を放つのは赤髪ツインテールの少女。彼女は側面から炎のスキルで攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。
だがその炎は俺たちに届く前に突如として出現した氷の盾によって防がれる。
スキルを放ったのは当然如月。だがそんな如月に対して赤毛の少女は驚いたような顔を浮かべる。
「如月……どうして……どうしてアンタがいるわけ!?」
「それはこっちの台詞だよ。今前線に出てるのは末端の冒険者だっていってたよね……なんで貴方が」
「私が志願したからよ! ナギトという冒険者のせいで貴方はいなくなった。だったらその冒険者を殺したら貴方は帰ってくる!」
「結花ちゃん……」
結花と呼ばれた紅色の少女。彼女は俺を怨みの宿った瞳で睨み付けると炎の津波を展開させる。
だがそれは一瞬だけ。すぐに炎の津波は氷の障壁へと変化する。如月のスキルが結花のスキルを止めたのだ。
「ナギトさん大変です! 結花のスキルで凍り付けの兵士たちが!」
結花のスキルで兵士たちの氷が溶けたのか彼らは刃を構えると一斉にこちらに斬りかかる。
そんな彼らに対してヘカテイアは槍を構えると無数の敵に対して大立回りを繰り広げる。
だが相手は多数。さすがに長時間の戦闘はヘカテイアに不利だ。俺はフォルムチェンジをしてシールドフォルムに変えると彼女を守るように前に出る。
「如月……ここは任せてもいいか」
「うん。ナギトくんはヘカテイアを守ってあげて」
如月はそう言うが俺としては勿論両方守るつもりだ。俺は彼女が危なくなったらすぐに援護が出来るよう注意を配りながら目の前の冒険者を盾で殴り倒していく。
その間にも二人の戦闘は続いているのか炎と氷のぶつかり合う衝撃が続いた。
「如月を守らないなんて随分と冷たいヤツじゃない! 私ならアンタを真っ先に守るのに!」
「それだけ信頼されてるってことだよ」
如月は氷の刃を無数に出現させるとそれを操り結花に攻撃を仕掛けるが彼女はそれら全てを炎によって飲み込む。
だが全ての氷を溶かしきれたわけではなくスキルの力が如月の方が上なのか溶けずに残った氷の刃が彼女に接近する。
迫り来る氷の刃を自身のレイピアで弾き飛ばす結花。だがその表情は攻撃を防いだとは思えないほど怒りに染まっている。
「人殺しは嫌だったんじゃないの?」
「ナギトくんを殺したくないってだけ」
「あの男は殺せなくて……私は殺せるのかッ!?」
結花は怒りのままに如月に急接近する。如月も何とかしようも無数の氷を刃状にして放つが彼女は執念で全てを避けて如月に向かって刃を振るう。
如月は何とか防ごうと刃で応戦するが彼女の刃はあっさりと壊されて押し倒されてしまう。
「剣が……!」
「ギルドを抜けたってことは装備品は返却しなくちゃいけないものね! 市販品で勝てるわけないでしょ!」
そんな彼女に俺は慌てて助けに向かおうとするが途中で目線が合い確信する。
現状結花は如月に馬乗り状態で喉元には刃が当てられている。だというのに彼女は冷静だった。
恐らくはこの状況でも如月はまだ勝ち目があると見ているのだ。ならば俺はそんな彼女を信じるのみだ。
「結花ちゃん……貴方は親友を殺せるの…………」
「そ、それは…………」
その言葉に固まる結花。そんな彼女の隙を如月は見逃さなかった。
如月は瞬時に氷の塊を出現させると彼女を前にして固まる結花に思い切りぶつける。
岩ほどの氷の塊をもろに受けて吹き飛ばされる結花。如月はすぐに体勢を立て直す。
「だから甘いんだよ……」
「私を騙したのね! ずっと親友だって思ってたのに!」
氷の打撃でかなりのダメージを負った結花。だがそれでも動きは鈍ることなく再び如月に接近しようとする。
だがそんなこと俺が許すはずも無かった。如月が時間を稼いでくれたおかげで周囲の敵を殲滅することが出来た。
あとは結花だけ。俺は彼女が如月に攻撃を仕掛けるより速く二人の間に移動してバリアを展開する。
バリアによって攻撃は意図も簡単に防がれ彼女は怒りを露にして叫んだ。
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