サバト

○夜、広場。会場の中心でキャンプファイヤーが焚かれ、数か所に飲食物のサービスのテントがある。ナイラは焚き火から十分距離を取ったところにあるパフォーマンス用の小さなステージに立ち、参加者に囲まれている。ハルは人に揉まれてかなり後ろの方にいるが、紙コップに入った無料のワインはしっかり手にしている。ロバートが盆を持って台上に上がる。盆には美しいグラスが乗っている。ナイラはグラスを取って掲げる。


ナイラ:夏至の昼と夜はいよいよ明日に迫りました。この素晴らしい歌と音楽の祭りを祝して乾杯!

全員:乾杯!


ナイラはグラスの中身を呷り、参加者達も続く。紙コップを飲み干して視線をナイラに戻したハルは、彼女が少し眉根を寄せたことに気がつく。一瞬、空気が震えるような独特の音が響き渡る。


ハルは周囲の雰囲気が急に変わったことに気づいて周囲を見回す。ステージなどの人工物はほとんど消え去っているが、焚き火だけはもとの位置にある。人々は皆、黒い外套をまといフードで顔を半ば隠しているが、彼らの外見は17世紀後半の北アメリカのイギリス人植民地の人々に酷似している。


【サバト】

女声合唱:おお暗黒の男、サバトにおいて第一の席を占める者!

男声合唱:イア!シュブ=ニグラス!千の仔を孕める山羊……

女声合唱:夢見るアザトースはあなたを遣わした、大いなる意思を代行させるため。

男声合唱:眠れる王の最も愛する子よ、百万の恵まれたる者の父よ!

合唱:イア!アザトース!イア!ヨグ=ソトース!イア!ニャルラトホテプ!


ハルはナイラが立っていたところを見る。彼女の姿はなく、代わりに立っているのは他の人々のように黒いローブを着た、長身で漆黒に近い肌をした男である(「暗黒の男」)。男の前には幅一メートル、長さ二メートルほどの黒い石でできた台があり、細かく文様が彫られている。ハルは隣に立っていた若い女性から話しかけられる。


魔女:かのお方を迎えるにふさわしい夜ね。

ハル:何だって?

魔女:あなたは初めての人でしょう?まず、かのお方と契約を結ばなければ。

ハル:契約?

魔女:あらあら!知らないわけでもないでしょうに。(ハルの顔を見て)外国のお方?かのお方の栄光ははるか彼方まで轟いているのね。

ハル:あの、本当に知らない……かのお方って誰?あそこに立っている人のこと?

魔女:まあ!魔女と魔術師の王である暗黒の男を知らない?それじゃあどうしてここに来たの?

ハル:わからない、さっきまで祭りの会場にいただけなんだ。

魔女:きっとそれもあの方の思し召しね。とにかく、さっきも言ったように幸運なことよ。魔術師に必要な力と祝福を与えてもらって、世界を統べる神々に仕えるの。

ハル:悪魔との契約か。

魔女:月並みな言い方ね。その言葉は真実をきちんと表してはいない。

ハル:僕は帰りたいんだ。どうすればいい?

魔女:夜が明ければサバトは終わる。さあ、あの方にお目見えしましょう。


魔女はハルの背を押し、群衆をかき分けて彼を最前列まで連れて行く。暗黒の男は二人に気づいて視線を向ける。魔女はその場で跪くので、ハルは慌ててそれに習う。


魔女:我らが王、父なるアザトースの大いなる使者に拝謁いたします。この男は初めてサバトに加わった者で、まだ契約にあずかっておりません。遠い国から来た彼に祝福をお与えになっていただけるでしょうか。


暗黒の男は頷く。魔女はハルに耳打ちする。


魔女:私について来て。


二人は立ち上がり、石の台の前まで歩いて行く。


魔女:彼の前に立って、両手を出して。掌を上に。


ハルは言われた通り暗黒の男と向き合い、手を差し出す。暗黒の男は長い指を彼の手に絡ませるが、その時に見える掌は手の甲と同じように黒い。


暗黒の男:ハル、また巡り合ったな。


ハルは暗黒の男の顔を間近で見つめる。ほとんど表情のない美しい顔立ちの中に大きな黒い瞳を見た時、彼は思い出す。


ハル:……ナイラ?


暗黒の男は薄く微笑む。


ハル:何かわかった気がする。

魔女:この聖なる婚姻の証人として、謹んでお聞きいたします。

ハル:えっ。

魔女:アザトースの子ニャルラトホテプよ、あなた様はサンナイ家の子ハルを夫として受け入れ、永遠に祝福し、共に在るでしょうか?

暗黒の男:我が父の玉座にかけて固く誓おう。

魔女:ではハル・サンナイよ、そなたは魔術師の王たるお方の夫となり、永遠にその義務を果たし、背信することはないと誓うか?

ハル:……いいのかな。

魔女:今、何と?

ハル:まだナイラのことをよく知らない。一緒に過ごしたのは数日に過ぎないんだ。責任が取れなかったらどうしよう。

魔女:それは心配ないわ。祭壇の前においてはしばしば一瞬のうちに無限の年月が過ぎ去り、遠く離れてさえ最も親しく結ばれることができる。人が真に願い、神もまた望んだならば契約は成立する。

暗黒の男:私と契りを交わして永遠に共に在ることを望むか?

ハル:はい、ナイラ。

暗黒の男:よろしい。


暗黒の男はハルの手を離す。


魔女:聖なる石に座りなさい。


ハルが台に座ると魔女は退き、暗黒の男は台の横を回って彼の前に立つ。ローブの裾をさばく時に一瞬足元が見え、山羊のような蹄があることがわかる。ハルは固く目を閉じてうつむく。暗黒の男は軽く屈み、ハルの耳元で何事か囁く。その後に顔を上げる時、彼はもはや戸惑いも緊張も感じていないかのように安らいだ表情を見せる。ハルは立ち上がり、暗黒の男と抱き合って深く接吻する。二人の姿は黒いローブの中に包まれる。魔術師と魔女たちは数人を除いて台を取り囲む円陣を組み、両手を掲げて歌い始める。


【聖婚】

男声合唱:湖に注ぎ込むは地中より湧き出づる川

女声合唱:更に大地こそはその水を呑むもの

合唱:かくて円環は完成され、聖婚は為されたり

男声合唱:来たれり!来たれり!来たれり!

合唱:異界の門は二者の中に開かれたり!アイ!

男声合唱:おお、そなたの夫たる者と永遠とわなる絆を結べ

女声合唱:シャルノスの剣を帯びたる男を迎え入れ、かの使者と共に食らい、共に歩むべし

合唱:森の黒山羊の祭壇において聖婚は為されたり!

異界の門は開かれ、大いなる使者は外より来たりて実りをもたらさん

アイ!アイ!アイ!


音楽が最高潮になるのに合わせ、円陣に参加していなかった魔女たちが焚き火に水を掛けて一気に消火する。周囲は一面の暗闇となる。


○ハルは目を明ける。彼は元の広場に戻っている。いつの間にか夜は開け、キャンプファイヤーは消火され、ナイラは彼から離れたところでスーザンと何事か話しながら大笑いしている。


ハル:(日本語)夏至の前夜がこんなに長いなんて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る