歓迎
字幕:アーカム、マサチューセッツ州
○エルウッド宅のリビング
マハーデーヴィーはソファに座って『大鴉』を読んでいる。玄関に繋がるドアからナイラが入ってくる。彼女は中肉で背が高い二十代前半の女性で、かなり黒い肌と豊かで長い黒髪を持ち、楕円形の顔は表現しがたいまでに美しい。高い鼻の左側にインド風の大きな円形のピアスを着け、額には赤いビンディ(額に描いたりシールで貼る点状の飾り)がある。身長の割に声は高く、声変わり前の少年のようにも聞こえる。
マハーデーヴィー:お帰りなさい。晩ご飯は食べた?それともまだ?
ナイラ:スーザン叔母さんの家で食べてきた。あと、来週の土曜から四日間叔母さんと旅行に行くことになったよ。
マハーデーヴィー:ふーん、どこに行くの?
ナイラ:ウィスコンシン州のホワイトウォーター。
マハーデーヴィー:知らないところね。
ナイラ:リック湖の近くの地区なんだけど、夏至祭に合わせて音楽イベントがあるんだって。叔母さんは演奏者で参加するから同伴者優待があるみたい。
マハーデーヴィー:野外コンサート?
ナイラ:そうそう。野外舞台でコンサートとか劇を上演して、他の時間は自然の中でワークショップ、みたいな。
マハーデーヴィー:それにしてもスーザンは音楽家だったのね、我が義妹ながら何やってるのかよくわからない人だと思ってたけど。
ナイラ:本棚のボリュームが明らかに研究者のそれだしね。
マハーデーヴィー:まあ、適当に叔母さんの機嫌を取りながら楽しんでおいで。最近までサラは妹と仲が悪かったんだから。
ナイラ:わかったよ、複雑な家庭の事情には首を突っ込まないかわいい姪っ子を演じておく。
マハーデーヴィー:それでよし。
ナイラ:ところで母さんはどこに行ったの?
マハーデーヴィー:サラはなんとかRPGとかいうのをしに友達の家に行った。何だかよくわからないけど。
ナイラ:ああ、TRPGね。今度私も参加したいって言っておいて。
ナイラは立ち上がり、自室に向かうため階段を上っていく。
○エルウッド家の前、昼下がり
ナイラはサラの妹、スーザン・デロシェの車のトランクにスーツケースを載せ終わり、ドアを閉める。裾の広がった虹色のスカートの上に着ている白いTシャツには『ミスカトニック大学エジプト学研究室』と英語とヒエログリフで書かれている。彼女は立ち話をしている母親達の方へ歩いていく。スーザンは双子と言われてもおかしくないほど、サラとよく似ている。
サラ:ナイラ、スーザンに迷惑かけないでね。
ナイラ:あのさ母さん、私もう二十三歳なんだよ?
マハーデーヴィー:楽しんでらっしゃい、あまり羽目を外さないでね。
ナイラ:まったく二人とも……
スーザン:じゃあ行こうか、ナイラちゃん。
ナイラ:またね、お母さん達。
マハーデーヴィー:行ってらっしゃい。
サラ:気をつけてね。
スーザンは車に戻ってエンジンを掛ける。ナイラはマハーデーヴィーとサラの額に軽くキスをする。二人も頰にキスを返す。ナイラは踵を返して車に乗り込む。車が走り去っていくのを見送った後、マハーデーヴィーとサラは抱き合ってキスを交わす。
○ウィスコンシン州、空港
ナイラとスーザンが自動ドアから出てくる。バスの停留所に『ホワイトウォーター・ホテル』と書かれた小さなシャトルバスが止まっている。ナイラは運転手に手を振る。運転手はナイラと目が合った瞬間、驚いたように彼女を凝視する。彼はすぐにスマートフォンを取り出して短いメッセージを送り、それから車から出ててくる。
運転手:ナイラ・エルウッド様とスーザン・デロシェ様ですか?
スーザン:そうです。
運転手:どうぞお乗りください。お荷物をお預かりします。
ナイラ:ありがとう。
運転手は側部の格納場所のドアを開ける。スーザンとナイラはスーツケースを置いて乗り込む。運転手は荷物を入れるとドアを閉めて運転席に戻り、バスは出発する。
字幕:ホワイトウォーター、ウィスコンシン州
○『ホワイトウォーター・ホテル』と看板に書かれた、19世紀風のホテルの前
黄色で揃えた衣装を着て、楽器や花びらを入れた籠を持った夏至祭の参加者が待機し、ホテルの経営者である六十代の男、ロバート・アッカーマンが細かな指示をしている。彼は頰のこけたほとんど白髪の男で、ビー玉のような青い目が印象的である。バスが止まり、ナイラとスーザンが降りてくる。住民たちはナイラに花を投げかけ、声を揃えて歌い始める。
【至日の神への賛歌】
合唱:万歳、至日の神、恵みを携え宙を歩むお方!来たりて我らに微笑みたまえ!
ナイラは驚きに目を見開いてスーザンの方を向くが、スーザンもぽかんとしている。
女声:星の彼方より笛の音を響かせ、いざ来たりませ、喜びをもたらす者よ。
男声:古ぶるしき若者よ、おお、誰でもないが故に全てである者よ!
合唱:三眼に輝きを、口に笑みを浮かべ、軽やかに大地を踏んで踊るお方。
女声:遠い国の王もあなたを崇める、あなたのもたらすものゆえに。万歳、戯れの王者、無くして有る者!
合唱:万歳、這い寄る混沌、神々の大いなる娘御よ。この夏の至日にいざ降り来たりませ、来たりて我らに微笑みたまえ!
合唱が終わると参加者達は退く。
ナイラ:変わったフラッシュモブだね。叔母さんが頼んだの?
スーザンは首を横に振る。
ナイラ:ならお母さんたちかな?あの人たち娘をからかって遊ぶのが好きだから。
ロバートが二人に近づく。
ロバート:ようこそホワイトウォーターへ!ホテルの責任者のロバート・アッカーマンと申します。どうぞ滞在をお楽しみください。
ナイラ:この歌と踊りは何なの?
ロバート:夏至祭の主役、至日の神を歓迎する歌でございます。
ナイラ:なるほど、クイーンを選んだりするようなものね。何をすればいいの?
ロバート:おっしゃった通り、いわゆるクイーンのような役割を務めていただきたく思います。難しいことは何もございません。
ナイラはスーザンの方を見る。
ナイラ:面白そうだしやってみてもいい?
スーザン:もちろん構わないわ。どっちにせよ祭りに行くことは決まっていたんだから、主役になる方が楽しいでしょう。
ロバート:そちらはスーザン・デロシェさまでいらっしゃいますか?お疲れのところ申し訳ございませんが、舞台の演出の件で監督から至急お話があるそうでして、この後お時間願えませんでしょうか。
スーザン:わかったわ。じゃあナイラちゃん、打ち合わせが終わったら電話するね。
ロバート:では、お部屋にご案内いたします。
三人はエレベーターの方へ歩いていく。
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