晩餐

○ホテルでのディナー。ナイラとスーザンは楽団の演奏場所として一段高くなっているところに設えられたテーブルで食事をしている。ナイラは持ってきたサルワール・カミーズ、スーザンは葡萄色のドレスに着替えている。メインはウミヤツメ(原始的な魚類であるヤツメウナギの一種で、鰻に似た外見だが顎が無く露出した円形の口で魚に吸い付いて寄生する)のソテー。赤ワインのボトルと二つのグラスを持ったロバートが給仕に来る。


スーザン:このヤツメウナギはおいしいのね。

ロバート:ありがとうございます。他の魚を弱らせてしまうので、ホテルでは積極的にメニューに利用するようにしております。

ナイラ:ミスカトニック川にもいるから見たことはあるけど、食べたのは初めて。

ロバート:ミスカトニック川…キングスポートかアーカムのご出身ですか?

スーザン:アーカムよ。

ロバート:あちらではインスマスの海の魚をよく召し上がるでしょう。

スーザン:川魚より余程安いし新鮮だからよく食べるわね。

ロバート:インスマスの魚はウィスコンシンでもよく出回っておりますよ。他が不漁でも入荷が途切れたことがないので重宝いたします。


ロバートは二人の前にワイングラスを置き、赤ワインを注ぐ。


ナイラ:それじゃあスーザンさん、乾杯!

スーザン:乾杯。


二人はグラスに口をつける。


スーザン:あの小さかったナイラが飲酒だなんて、時は過ぎるものね。

ナイラ:スーザンさんもお母さん達みたいなことを言う。私はもう二十三歳なのに。


スーザンは過去を回想する。


○十一年前、スーザンの家のリビング。壁にスーザンと夫のジュアン、息子のハワードの家族写真が掛けてある。スーザンは椅子に座り、テーブルの木目を暗い目で凝視して指でなぞっている。サラは妹の横で立ったまますすり泣き、マハーデーヴィーは荷物の中からハンカチを取り出して妻に渡す。全員が喪服姿である。ドアが開き、十二歳のナイラが入ってくる。彼女の愛らしい表情に浮かんでいるのは、悲しみというよりもむしろ不安と落ち着かなさである。


ナイラ:母さん、食事に行くのはいつ?

サラ:六時に出る予定だからまだだよ。

ナイラ:何か飲み物がほしい。

マハーデーヴィー:持って来たのがある。


マハーデーヴィーは荷物からジュースのペットボトルを取り出す。ナイラは受け取って出て行く。スーザンは突然立ち上がってミナの胸ぐらを掴む。


スーザン:どうしてなの?私の家族は死んだのに、なんであんたの嫁と娘は生きてるの?

サラ:ナイラも叔父と従兄を亡くした。

スーザン:でも悲しんでいない。父の時も、母の時もそうだった。

サラ:まだ小さかったじゃない。

スーザン:私のハワードは泣いていた!あんたの嫁が産んだのは怪物よ。


マハーデーヴィーが息を飲む。サラはスーザンの手を振り払い、妹を睨みつける。


サラ:一度は許す。でも、このことを忘れたとは思わないで。


フェードアウトするように回想は終わる。


○スーザンは微笑む。


スーザン:いつでも姪はかわいいものよ。

ナイラ:じゃあ、そのかわいい姪に音楽祭の特別席のチケットをくれないかな?さっき仲良くなった人と一緒に観たいの。

スーザン:運営に言っておくわ。


ナイラはグラスに残っていた液体を飲み干す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る