多面体

○このシーンの映像はナイラの視点となる。彼女はゆっくりと起き上がる。古代エジプトの様式の壁画がある石室の中である。ナイラの正面には金属製の箱を安置するための小さな祭壇がある。どこにも明かりはないが、不思議と視界ははっきりしている。壁画の主役になっているのは一人のファラオで、通例よりも明らかに肌の色が黒く描かれている。商人たちがファラオに赤黒い石を差し出し、ファラオがそれを神殿に収めて神官たちが儀式を行っている。ナイラは息を飲む。横たわる女の胸から神官が心臓を取り出している様子が描かれていたからである。彼女は滑るように祭壇に近づき、箱を開ける。中には赤黒い多面体の結晶があり、それぞれの面が異なる場所の様子を映し出している。多くは地球上とも思われない奇怪な光景である。砂漠があり、煌々と輝く月があり、壮麗な都があり、星々の輝く中に蠢くおぞましい物体の群れと、それに囲まれて鎮座する不定形の何かがある。その中に見知った光景がある。アーカムからそれほど遠くないプロヴィデンスの街並みで、激しい雨と夜の明かりの中に教会の尖塔が目立つ。ナイラは多面体に指でそっと触れる。突然、嵐で停電したのか街が真っ暗になる。その暗い面に指が沈む。彼女は驚きの声を上げ、そのまま結晶の面に吸い込まれる。ナイラの視点は宙に浮かんでいる。結晶に映った通りの夜の街が眼下に見える。闇の中で、丘の上に建つ一軒家と、その窓辺に立つ男の姿が見える。豪雨だというのに彼は窓を開け放っている。顔立ちは影のようではっきりとしないが、片手に乗っている小箱の中で輝く多面体だけはよく見える。


ナイラ:あの石!


ナイラは男のいる場所へ向かって宙を滑る。嵐の吹き荒れる中、大きな翼が羽ばたく音が聞こえる。彼女が窓辺に近づくと、男は小箱を胸まで持ち上げ真っ直ぐにナイラを見つめる。今や石は冷たい炎のように明るく、男の恍惚とした顔を照らし出す。それは紛れもなくハルである。その瞳に、三つに分かれた巨大な眼が反射しているのを見てとり、ナイラは叫び声を上げる。その時電気が復旧する。室内の照明が点灯し、結晶は眩しい光に照らされる。


○ナイラはベッドの中で夢から覚めて飛び起きる。窓から朝の光が差し込んでいる。

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