対話

○夏至祭の三日目。昼下がりの湖。ハルとナイラは二人でボートを漕いでいる。


ナイラ:アーカムに来る時は連絡してくれる?私なら近辺はどこでも案内できる。

ハル:もちろん。

ナイラ:近くのインスマスはあまり人気がないけれどいいところだよ。ビーチの浅いところにも魚がたくさんいるから楽しいし、あそこの人はみんな泳ぐのが上手いから溺れても助けてくれる。珍しく生のイカが食べられるし……

ハル:イカの刺身があるの?

ナイラ:タコもある。寿司も。

ハル:楽しみだな。

ナイラ:昔、近所にインスマス出身のお姉さんがいて川で一緒に遊んでもらった。本当にどこまでも泳いで行くし、一度潜ったらなかなか上がって来ないの。素手で魚を捕まえてくれて、みんなで焼いて食べた。日本でも川魚は食べる?

ハル:もちろん。秋になると川のほとりに家族で魚を食べに行った。海がない地域だったから、今でも憧れてるんだ。

ナイラ:私も、子どもの頃は海洋学者になりたかった。ダイオウイカはかっこいいから。

ハル:でも今はエジプトの砂漠で遺跡を掘っている。

ナイラ:どうしてこうなったんだろうと思うんだけど、エジプトが好きなの。昼間の砂漠の輝き、冷たい夜の空…

ハル:いつか行ってみたい。

ナイラ:ところでこの音楽祭のコンセプトにエジプト神話があるような気がするんだけど、運営に聞いてもあまりはっきり知らないみたいなの。

ハル:ああ、衣装とか。

ナイラ:それにハルは聞いていないけど、私を歓迎するときの歌に「這い寄る混沌」っていうフレーズがあったし、私を「燃える三眼」って呼ぶ人がいた。

ハル:ニャルラトホテプの別名だよね?つまりナイラは化身として扱われているってこと?

ナイラ:そういうことなんじゃないかと思う。

ハル:後世の創作ほどじゃないにせよ、生贄を求める災いの神だったと読んだんだけど。

ナイラ:ブラックメタルは悪魔崇拝するし、そういう趣向なのかも。

ハル:この音楽祭の面白いところは、歌詞やテーマのコンセプトは統一されていても音楽のジャンルはいろいろあるところだよね。普通逆だよ。

ナイラ:新作オペラの上演が始まった時はびっくりしたけど、あれも面白かったし。

ハル:今日はこれから夜の公演があるんだよね。

ナイラ:そう。今日はキャンプファイヤーとバーベキューをしながら演奏、明日は夜が明けるまでやって明け方に解散予定。

ハル:田舎者だから夜中のライブなんか行ったことがないんだ。楽しいかな?

ナイラ:きっと楽しいよ。二人でいられるかはわからないけど……

ハル:昨日みたいにスピーチでもさせられる?

ナイラ:たぶん。神の役なんか引き受けるんじゃなかったかも。持ってきたドレスも着られないし……

ハル:あの服もよく似合ってるよ。

ナイラ:でも、私は自分で選んだ服の方が綺麗に見えると思う。

ハル:今着てるのみたいな?

ナイラ:もっと別の格好も、いつか見せてあげる。


二人は顔を見合わせて微笑む。

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