狂える千貌
○闇に吠えるものは再び叫び声を上げる。最初は人間とも獣ともつかなかったその声は、急激にナイラの声へと変わる。闇に吠えるものの姿が光学的に歪み、一点に凝縮するように小さくなる。ナイラ・マハーデーヴィー・エルウッドは傷つき、疲弊した姿で森の中に投げ出される。彼女は起き上がり、半ば正気を失った目で周囲を見回す。周囲ではあらゆる年齢と性別の、果ては明らかに人間のものではない声がくすくす笑っている。笑い声は徐々に大きくなり、森中に哄笑が響き渡る。
ナイラ:誰?
壮年の男の声:知らぬわけでもあるまいに!
【We are you】
声たち:我らはそなたであり、そなたは我らである。そなたと我らは千の貌の一つであり、全てである。
ナイラ:お前達が私なら、どうしてこんなことをさせる?どうして私を苦しめる?
ナイラは声から逃れようと走り始める。
声たち:我々は、あるいはそなたはあらゆる者であり何者でもない。我らの中の混沌こそがそなたである。男である。女である。父である。娘である。母である。息子である。王である。奴隷である。来たれるものであり、在るものである。
ナイラ:私はただの人でありたかった。
声たち:人である。神である。肉である。霊である。清くある。不浄である。闇である。輝きである。産むものであり、殺すものである。
ナイラ:神々は私を見捨てたの?それとも世界を?
声たち:神々はそなたを使者としてこの世界に遣わした。
ナイラ:私は狂うか、狂っているの?
声たち:狂える無貌の神は永遠に闇の中で吠え続け、それもそなたである。
ナイラ:見なさい、私には顔がある。肉の体があり、生命がある。私には母が二人と、顔を知らない父がいる。
森の中を通る道の先が急に開け、ナイラはさっきの広場に戻っている。草木は他のところと変わらず食い尽くされ、闇に吠えるものに踏み潰された死体と、毒を持つらしい昆虫による傷だらけの死体が折り重なっている。
声たち:混沌の玉座から父なるアザトースが子に呼びかける。
ナイラは魔法陣に踏み込む。昆虫は人間に対して殺す以上のことをしなかったらしく、サラの遺体にあるのは額を貫通した銃弾の傷だけである。スーザンとサラ両方の遺体を前に、彼女は絶望的な笑い声を上げる。
ナイラ:私が神なら、神はなぜ私を痛めつけるのか?
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