闇に吠えるもの

○広場の近く。マハーデーヴィーとハルは、交通整理用のカラーコーンや、斧など林業で使う道具が詰め込まれたコンクリート製の倉庫の中に隠れている。広場の方に向いた窓に、時折虫が体当たりする。窓の向こうには、闇に吠えるものの姿がはっきりと見える。


マハーデーヴィー:娘はどこに行ってしまったの?

ハル:何が起こったんです、一体?

マハーデーヴィー:あれは私のせいなの?


ドアが開き、素早く閉まる音がする。咬み傷と刺し傷に覆われ血を流したロバートが、それぞれの手に火のついたライター、儀式用のナイフを手にして立っている。彼は入ってきた数匹の虫をナイフで叩き落とす。


マハーデーヴィー:お前は!

ロバート:すまないがしばらく入れてくれ。

マハーデーヴィー:殺してやる!


マハーデーヴィーは倉庫の中に立て掛けられている斧を掴む。


マハーデーヴィー:娘に何をした?


ロバートはナイフを床に投げる。


ロバート:本当にすまない、我々が間違っていた。今さら許してくれとは言わない。

ハル:何が起こったんです?

ロバート:娘さんを媒介にして、我々の崇める神を呼び出そうとした。制御する装置が壊れたらすぐに取りやめる予定だったが、スーザンが独断でことを行なった。


マハーデーヴィーは斧を下ろし、ロバートの落としたナイフを拾う。


マハーデーヴィー:義妹は死にましたか。

ロバート:おそらく。広場は死体の山だ。私は火を使って追い払ったが、あなた方は?

マハーデーヴィー:(ハルを指して)この人には虫が寄ってこないの。


ロバートはハルを凝視する。


ロバート:まさか、祝福されているのか?

ハル:祝福?

ロバート:何か覚えはないか?あの方が自ら手を触れた証があなたの体にはある。

ハル:まさか、あれですか?夢で……

ロバート:その思い出は心に秘めておきなさい。とにかくあなたは大丈夫だ。朝になり次第、二人でここを出なさい。あの方の力は光の中では弱くなる。(マハーデーヴィーに)この人と一緒にいれば安全です。

マハーデーヴィー:どうすればナイラを元に戻せる?

ロバート:あの方は変幻自在です。しかし今となってはこちらから働きかけることは難しい。

マハーデーヴィー:死んだわけではないのね?まだあれの中にナイラはいるのね?

ロバート:はい。娘さんは我らが神の千のかおの一つです。

マハーデーヴィー:ナイラは私の娘よ。

ロバート:どうやって生まれましたか。


マハーデーヴィーはナイフをロバートの顔に突きつける。


マハーデーヴィー:あの子が他の人間と違うとでも?

ロバート:そうとは限りません。神は人の姿を取ることがあります。

マハーデーヴィー:あなた達は全員狂っている。


会話の間、窓の向こうを凝視していたハルが外を指差す。


ハル:見てくれ!


窓の向こうで「闇に吠えるもの」がその三本の足で歩き出すのが見える。向かう先にはホワイトウォーターの町、そしてさらに遠くの市街地の光がある。昆虫の群れが広場から舞い上がり、黒い霧のように闇に吠えるものに続く。


ハル:町の方に向かってる。

ロバート:まずい。

ハル:最悪どうなるの?

ロバート:災厄が世界中に広がる。


マハーデーヴィーはロバートが捨てたナイフを拾い上げる。


マハーデーヴィー:行ってくる。

ハル:何をするんです?

マハーデーヴィー:娘を説得して連れ戻す。そうするしかない。

ロバート:無謀だ!

マハーデーヴィー:起こったことを取り消す方法は他にあるの?


ロバートは首を横に振る。


マハーデーヴィー:では行きます。あれがどんな怪物でも、やはり私の娘です。


マハーデーヴィーはドアを開けようとする。まだ手には斧を持っている。ハルが彼女の肩に手をかける。


ハル:僕も一緒に。

ロバート:同行を許していただけますか。せめて過ちの結果を目に焼き付けなければ。


マハーデーヴィーは頷き、さっき回収したナイフを差し出す。ロバートは頭を下げて受け取る。三人は肩を寄せ合いながらドアを開け、一歩踏み出す。

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