第1話 流れの人生

「てめぇの頭は、“空”っぽだな!!」

高校に上がって3か月目。そんな言葉を浴びせられた。そんなことは自分でも痛いほどわかっている。

ぽたん、ぽたんと蛇口から水が滴る音と教室に残っている数名の微かな笑い声だけが放課後の廊下に響いていた。

罵声を浴びせ続ける元友人達。

あぁ、これで何度目だろう、また私の前から人がいなくなるのは。

やっと文句が尽きたのか、最後にその一言だけ残して三人の元友人たちは帰っていった。

「はぁ…。」

溜息とともに溜めていた涙が一筋流れた。

なぜ、涙が出るのだろう。文句ばっかりでパシリにもされていたし、一緒にいても良いことなんてなかったはずなのに。むしろ、居なくなって清々するくらい。

鞄を持ち、教室に残っていた知人たちに笑顔で「またね」と振る舞う。

愛車の原付スクーターにまたがり、家とは反対方向に走り出した。

私の中では、挨拶程度の人間なら知人。何か行事や授業が同じだったり、一定時間話したり、共に過ごす人間を友人。70%以上心を許して一緒にいても苦にならない人間を親友、そんな風にある事件から自然と区別するようになっていた。


ざざ…ざざ…

波の音とひゅうっと頬を撫でる風が心地よい。

ある程度眺めたら携帯のカメラを起動し、赤と青の混ざった夕焼けを収める。

「うん、今日も綺麗」

こんな言葉をよく耳にする。嫌なことがあっても、人間きっかけがあれば乗り越えられると。私はそうは思わない。嫌なことは何年たっても忘れないし、そのことを招いたのは大体自分が悪いのだから。

じゃあ、自分が変わるしかない、そう思う人だっているだろう。そんなことは無理だろう。もし、変れたとしても、それは偽りでどこかで自分のに嘘をついているだろう。だからそのうち、ボロが出て、今回みたいな結果になるのだ。

その偽って見せている自分の相手が親に対しても。

ぱっと、携帯を開き、今日いなくなった元友達の連絡先を消した。

もう、関わること、こちらからはしないのだから。

「よし、家に帰ろ」

問題の起こさない家に迷惑をかけないように心がけている我が家へ。


「ただいま」

帰った家には、祖父母と母と5つ下の弟がいた。どこか、険悪な雰囲気だ。

そう思っていると、外行きの恰好をした母が近づいてきた。

「おかえり、ママ今日飲み会だから、よろしく」

そう言って颯爽と母は入れ違いのように家を出て行った。

私は知っていた、今日いないことも、夕飯がいらないことも前々から話していた内容だった。でも、祖母1人知らなかったらしく、怒っていた。本当に家の空気が悪い。祖父と弟が板挟みになっている。まぁ、こんなことは慣れたことである。

「圭太、ご飯食べようか、手を洗ってお箸出してくれる?」

こくりと、困った顔の弟が頷いて言う通りに動く。祖父もその光景を見て、お皿を並べ始めた。

「華子ちゃん知ってたの?今日ママが居ないこと。」

祖母が話を掘り返してきた。面倒だ。でも…

「知ってたよ。この前みんなでご飯食べてる時に言ってたもん。ばぁちゃんのその時居たよ。」

私がそう話すと、祖母の顔はさらに険しくなる。弟は動きを止めてキョロキョロと様子を覗っている。祖父も振り向きはしないが、気になってと背中に書いてある。

「そう、じゃあ、ばぁちゃんが悪いんね。」

拗ねたような言い方をして、さっさとご飯を食べ始めた。

安堵したように二人も箸を持って食べ始めた。

ふぅ、と心の中で私も安堵しながらも油断できない状況だ。うちにも一様嫁姑問題はあった。この後、仕事から帰ってきた父に祖母も母もお互いが居ないところで言いつけないか、心配な所である。仕事で疲れているのに板挟みになっては二次最大だ。せめて、片方だけでもリスクのある方は芽を摘んでおくのが得策だろう。

だから私はこう付け加えた。

「確認しなかったママも悪いよね。華子からも言っておくね。」

そう言うと、祖母は私が味方なのだと綻んだ表情になり、喜んでご飯を食べている。大変わかりやすい。小さい時からそうだった。無意識に人の顔色を伺って把握して喋る。大体の人は表情や行動から把握できたし、言葉を選べば誰もが幸せ且つ物事が円滑に動くことを物心ついた時から分かって行動してきた。それが友達でも家族でも大人相手に当たり前のように嘘がつけるくらいに。例えその場凌ぎになったとしてもその場の空気や気持ちを変えることが出来るのであれば問題ないと思っていた。

食事とお風呂済ませ、布団に入る。そして、その日あった事と自分がどうなりたいのか、間違っていなかったのか振り返っ自問自答をする。

これが、私の流れに身を任せたその場凌ぎの人生。

これからも、自分に嘘をついて生きていくのだと思っていた。


そんな私の毎日に一つの転機が来た。

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