第14話 写真に零れたインク

奏、帰ってきて…。

寂しいよ、足りないよ、もっと一緒にいたい。

私の想いは膨らむばかりだった。

私は、奏がいない寂しさから、お酒に頼るようになり、飲み会にも参加した。

「美香、せんぱーい、これからうちで飲み直しませんか。」

入社当初から面倒見ていた後輩に2人で飲もうと誘われることもしばしば…。

でも、奏も海外の女の子と飲んだりしているのではないか。

研究チームの事をあまり教えてもらえない、私は寂しさからか、当てつけをするかのように断ることも少なくなっていった。

「美香、先輩、いいすっか…」

「無理、ごめん」

でも、夜の嗜みだけは断る。

そして、終電もない中、誰もいない家に帰る。

そんな、日々が続いていた。

そしてどんな時でも、カメラと空を見渡すのは変わらない。

そして、次レンズ越しに移った私がどんな顔をしているのか、バレてしまいそうだったから。カメラだけにはシャッターだけには嘘を付きたくなかった。

そうして、過ぎ去った残り半年。

奏の声は、あまり、聞けるものではなくなった。

だって、写ってしまったから。

テレビ<こちらが、今回の教授に携わり、教授に論文を称賛された音橋奏君です。今回の論文について、奏君は日本人数年ぶりの天文学者への道の一歩になりそうですが、今後どのような研究を…。

「姉ちゃん、すごいね、奏兄ちゃん。こんなに有名になっちゃって。」

「すごいですね、彼氏さん」

「そうだね~、急に届かない所にいったね」

そう言って、圭太が彼女を連れて、ご飯を食べに来た。

彼女ちゃんは、おとなしく、可愛い系の容姿をしている。

「姉ちゃん、寂しくないの」

「どうして?」

「だって、こんなに有名になってもし…」

その言葉の先は誰にでもわかる。

私だって、心配しないわけではない。

でも、帰ってくるっていったし。

「まあ、なんかあれば言うでしょ。」

「いや、そういうことじゃなくて。」

「私は、大丈夫よ。なにも問題ない」

そういって、持っていた酎ハイを飲み干した。

ご飯を食べ終わり、圭太たちは心配そうに帰って行った。

「なんかあったら、俺を頼って。俺、姉ちゃんの力になりたい。」

「え、大丈夫よ」

「でも…」

「まあ、なんかあったら連絡するわ」

この会話で弟が強く素直に育っていたことを改めて実感する。

奏から、まったく連絡無い訳ではない。

むしろ、毎日メッセージのやり取りをしている。

でも、物足りなくなってしまっているんだ。

奏の体温を求めてる。

テレビで聞いた奏に向けられた、たくさんのシャッター音。

その一つ一つが耳に残る。

私だけが向けていたものだったのにと。

そして、必ず奏は帰ってきてくれると信じている自分と疑う自分。

多くの物になってしまったからこそ、近くに居ないからこそ信用できなくなってしまっている。

そんな自分が、ものすごく醜く見えた。

そうだ、明日は休み。行ってみよう。


次の日。

あの海に来た。

高校の時毎日見ていたもの。

カメラを構えてシャッターを切る。

「変わらない。綺麗」

そう言って、写った海は少し白波が立っているものの晴れた太陽が反射して青く見える。なにも変わらない。

(たまにはお前も被写体になりなよ。)

そんな言葉が頭を過った。

そして、なにも考えず、海を背景に自撮りをした。

「なにこれ」

そこに写った私は、海を壊し、汚す者になっていた。

私は、すぐさまその写真を消してその場をあとにした。

帰りの電車で涙が流れた。

こんなにも、私一人だと汚くなるのかと。

あのお祭りの写真を彩っていたのは、2人ではなく、奏だけだったんだと。

耐えきれなくなり、その日の晩、奏に電話を掛けた。

「別れてほしい」

そういうために。

奏は、「なんで?」「もう少し待っててくれないか」

何でも繰り返して電話を切ろうとしなかった。

でも、私は泣きながら話し、無理やり切った。

「結局一人だった。戻っただけ」

そう自分に言い聞かせて、アパートからの空をカメラに収めた。

そうして、残りの半年が過ぎたのだった。




ピンポーン

インターホン越しにサングラスの男が映る。

すごく不満げに偉そうに、その男はこう言った。

「美香帰ってきた。暑い、早くいれて。」と。


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