第3話 テストの回答と噂話
テストの最終日、なんとなく残っていた自習用の空き教室には私しかいない。高校2年生の一回目のゴールデンウイーク明けのテストが終わり、みんなそそくさと、遊ぶなり、バイトを再開するなりで帰ってしまったからだ。
テストが終わってしまった今、またしばらく使われることのない教室。忘れ去られている教室は、どこか私に似ていて静かで窓から射す日の光が温かくて心地よい。今日はバイトもない。テスト勉強の代わりに提出物を片付けていた昨日の夜は、少し寝るのが遅くなってしまい、テストの結果どうだったのだろうと考えながら、ウトウトとし始めてしまっていた。
すると、誰かが入ってきた音がする。内心邪魔だなと思いながら寝たふりをした。
足音が近づいて来る。
面倒だと、狸寝入りを続ける私。
次の瞬間
「ひゃぁ!!!!」
仕掛けてきた本人はケラケラと笑っている。
急に首元に当てられたアイスカフェオレに大声をあげてしまった。
「お疲れ、テスト」
そういう奏は鞄を背負ったまま、ニコッと笑った。こんな笑顔見たことない。こいつもこんな風に笑うんだと少し驚きながらも普通に話しかけてくれたことが少しうれしく思った。告白した後は、少し気まずかったから。
「突然でびっくりするでしょ!普通に話しかけなさいよ。」
と少し、怒ったように言うと、
「だって、どっかの誰かさんがいつまでも狸寝入りなんて続けるから、つい。」
と奏は続けた。
バレていたことに苦笑いして、もらったカフェオレを一口飲んだ。
甘くてほろ苦い味が口の中に広がり、私たちのぎこちない状況を表しているようにも思えた。
ふと、話が途切れてしまった。それに気が付いたのか、半ば強制のように
「散歩でもするか」
と、手招きをした。
仕方なく立ち上がり、鞄を持って後を追った。
前を歩く奏の背中は、大きくて、でもどこか寂しそうだった。
そして、連れてこられたのは2つの棟に分かれたうちの学校の境目の階段。
この会談にはよくある一つ噂があった。過去にいた女子生徒がこの階段の一番上の3階の踊り場で告白をしたらしい。そして呼び出しに応じた男子生徒は呆気なく振ったという。悲しさのあまり、女子生徒はその日曇った屋上への窓ガラスに嘘の相合傘を書き、自分にもう一度チャンスが来ることを願ったという。その後、付き合ったかどうかは分からない。でも今では、気持ちをイチかバチかでここで告白して、フラれた際にここに願う女子がいるらしい。
私は、信じてないが、そんな噂は入学当初から聞いた事があった。
そんな場所に連れてこられた場所は、眺めがよかった。
そこからは、中庭が見え、テストが終わって部活を再開した軽音部の最近の曲、下の方で先生が話す声。人が来ないこの場所は、一人になりたい時、来るのもいいかもと思った。
奏は軽音部の音に合わせて鼻歌を歌いながら、中庭を眺めめている。
私もそれを聞きながら中庭を眺めた。
ふと、奏が曲の区切りの間奏のところで、口を開いた。
「美香、告ってくれてありがとう…。それでな」
「わかってる。聞きたくない」
外を眺めながら、透った声の奏の言葉を遮るように口を挿んだ。その先の言葉はすでに分かっていた。ここに来た時から。そんな気がしていた。
聞きたくなくて、耳を塞ぐ私の手は、簡単に取られてしまった。
「ちゃんと聞いてほしい」
そう言う奏の真剣な眼差しにズルいなと思いながらも、観念して俯きながら手を放した。
そんな私を見て、いつも意地悪な奏なはずなのに、ゆっくりと優しい声で
「俺は、お前をそんな風に、友達としてしか見たことがなかった。趣味も合うし、男友達と話しているような感覚で。だから、これからはその…ちゃんと女として見るから付き合えない。その、ごめん。」
そう言った彼は、真剣で最後は微笑んで頭を撫でてくれた。
あぁ、優しい、温かい。なんだこの、ほわほわする感じ。フラれたのに心地よい。
フラれたのに涙も出ない。むしろ、スッキリしたような気持ちもあった。
泣きもしない私にホッとした顔をした奏は
「じゃ、俺帰るわ」
「うん、またね」
そう手を振ると、照れたように敬礼をしたので、やり返した。
携帯を開き、親友の琴葉に報告した。
そして、はぁ、と窓に息を吐いて曇らせて書いた。
美香☂奏
そして、バイクにまたがり、今日も海に向かって走った。
そして、いつものようにカメラを起動させる。
レンズ越しの海は穏やかで、既に夕焼け色に染まった空は、赤と青が混じり、境界が分からなくなっていた。
「綺麗だけど、複雑」
そう呟いて、シャッターを切った。
ふぁっと、欠伸をして、スルーされなくてよかったと安堵しながらも、海を見ているはずなのに、奏の横顔が頭の片隅に残ったままになってしまった。
シャッターを切ったのに。
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