21話 下町の味もんじゃ焼き

 神室の襲撃から一週間が経った。だが、白玉と瑞葉の登校はまだ続いている。


「白玉、もう心配ないんだから付き添いはいいんだよ」

『いやあ、なんか瑞葉ちゃんのお友達にも懐かれちゃいまして』


 学校に瑞葉を送り届けると、白玉は必ず衛の所に寄って報告をしてくれる。


『そうだ、とうとう母様の手伝い無しに変化出来るようになりました』

「へえ!」

『見ててくださいね……』


 白玉が宙返りをすると、いつか見た白い着物の女の子がそこに現れた。


「あ、髪が黒い」

「はい、母様と一緒にしました。これなら街中を歩けますか?」

「うーん、その服だと目立つかな」

「そうですか? 母様はお着物なのに」

「うーんとちょっと待って……これこれ、こんな感じの服を白玉くらいの歳の子は着てるんだよ」


 衛は携帯でジュニアモデルの写真を検索して白玉に見せた。鍋島が雑誌を丸写しにして変化したと言っていたのを思い出したのだ。


「わー、フリフリでかわいい」

「ところで、なんで街中をそんなに歩きたいんだい」


 衛がそう言うと、白玉は頬を染めて答えた。


「その……鍋島さんに会いに行きたくって……」

「鍋島さんの家はここから遠いよ、白玉が仮に人間だとしてもその歳だと難しいよ」

「そうですか……」


 白玉は分かりやすくしょぼくれた。いつの間にか耳と尻尾が出ている。これじゃ葉月は遠出は許さないだろうな、と思いながら日頃瑞葉がお世話になっているお礼をしようと衛は考えた。


「どうだい、鍋島さんをうちに呼ぼうか」

「えっ、本当ですか」

「うん。うちで食事でもどうだろう」


 衛がそう言うと、白玉は尻尾をぶんぶんと振って頷いた。


「おっ、お願いします!」

「任せてといで」


 そうして、鍋島をこっちに呼ぶことになった。衛はパーティメニューは何にしようかと考えながら飛び跳ねる白玉を眺めていた。




「まったくよけいな事を」


 白玉の保護者、出世稲荷の葉月は少々ご機嫌斜めである。


「うまいものを食わせなければ食ってしまうぞ、人間め」

「葉月さんも来るんですか?」

「当然だ。見張りがいなくてどうする」

「はは……」


 衛は葉月の過保護っぷりに呆れながら、当日の献立を考え直していた。六人ともなると作る方も大変だ。


「鉄板ものでもしますかね。お好み焼きとか」

「ほうほう、ではもんじゃはそばもんじゃにしてくれ」

「……へ?」


 衛の呆けた返事に葉月は吐き捨てるように言った。


「まさか、もんじゃを知らないとか言うんじゃないだろうな」

「いや知ってますよ! ……食べた事はないですけど」

「なんと! この深川に住みながら、おぬし……」

「ほら子供がいるとそんなに外食しないっていうか……」


 恐ろしい剣幕の葉月に、衛はしどろもどろで弁解をした。


「ふむ、それじゃあ食べに行こう」

「は? 今からですか?」

「もちろんだ。安心せい、奢ってやる。出世稲荷の使いの奢りだぞ」

「いや、店が……」


 ぐいぐい腕を引っ張る葉月をなんとか押しとどめる衛。それを見ていた藍が助け船を出した。葉月に。


「私が店番してますから、いってらっしゃい」

「藍、どっちの味方なんだ」

「衛さん、衛さんは料理人でしょ? 知らない料理はない方がいいじゃありませんか」

「う……」


 藍の言う事ももっともであある。衛は諦めて店をあとにした。


「ほれ、PASMOは持ったか?」

「え、電車に乗るんですか」

「ああ、月島まで行くからな。歩いてもいいが時間が惜しい」


 衛と葉月は地下鉄都営大江戸線に乗り、月島まで移動した。


「さあ、ここだ」


 つれてこられたのは葉月がお気に入りだという『ひろ』というもんじゃ屋だった。


「それじゃ、明太もちチーズもんじゃと生ふたつ」

「葉月さん、昼間っから」

「いいではないか」


 たしなめる衛を無視して葉月はビールを頼んだ。程なくして、きめ細かな泡の立つビールが運ばれる。


「それでは乾杯」

「……乾杯」


 衛と葉月はカチンとジョッキをかち合わせた。爽やかな苦みと炭酸が口内に広がる。


「ぷはー」

「うーん、うまい」


 いつもは飲んでも発泡酒の衛だが、久々に飲んだビールは美味かった。


「お、もんじゃが来たぞ」

「おお……」


 衛と葉月の元に、キャベツとモチと明太子が山盛りになったものが運ばれてきた。


「それでは私が焼いてやろう」


 葉月は明太子とモチとチーズを皿にどかし、器用にキャベツだけを鉄板に出すと土手を作る。その中心にボウルの底にあった汁を流し込む。


「さてこれでしばらく待て」

「なんていうか地味な絵面ですね」

「元々は下町のおやつだからな。今じゃこんなに具だくさんだが」


 キャベツの中央のもんじゃがふつふつとした所でどかしていた具を入れ、ヘラで切るようにして混ぜ込んでいく。最終的にはなんだかぐちゃぐちゃした物が出来上がった。


「それでこの小さいヘラで食べるんだ」


 葉月は衛にヘラを握らせた。


「こう、鉄板に焼き付けるようにして……ほい、食べて見ろ」


 衛が怖々と口に運ぶと、ソースとチーズの焦げたチープなおいしさが口の中に広がった。


「これはビールが進みそうだ」

「そうそう、私はこのぱりぱりになった所を……うん美味しい」


 葉月はおせんべいのようになった所をちまちまと剥がして食べている。衛と葉月はビールを飲みながら、もう一個そばもんじゃを注文してあっという間に平らげた。


「子供達が喜びそうだ」

「それならもう一つ、いいのがあるぞ。すいませんあんこ巻きを下さい」


 葉月はそう注文すると、今度は生地とあんこが運ばれてきた。


「そうれ、これをこうして……」


 葉月は生地を楕円形に焼くとそこにあんこを並べてくるくると巻く。ヘラで一口大に切ると衛に勧めた。


「ほれどうぞ」

「そのまんまですね。うん、素朴な味だ。アイスを添えてもいいかな」

「そうだの」


 こうして葉月と衛はほんのりと酔って、お腹をいっぱいにして家へと帰った。




「と、いう訳で今日はお好み焼きの他にもんじゃもありますー」


 パーティ当日、レシピを調べた衛はもんじゃ焼きを用意した。


「おお、なかなかの出来じゃないか」

「おや、おいしいね」


 葉月が一口食べて目を丸くしている。地元民のミユキも頷いている。


「はは、料理人ですから。一度食べたらある程度再現できますよ」


 衛が自慢げな横で、瑞葉はけらけら笑いながら生地をこねくり回している。そして、ゲストの鍋島と白玉は……皿の上に乗せたもんじゃをじっと見つめていた。


「どうしたの? 早く食べなよ」

「あ、あの~」

「それが……我々は猫舌なので……」


 鍋島と白玉はふうふうと精一杯冷ましながら、もんじゃを食べていた。


「あちゃ……手巻き寿司にすればよかったかな」


 今度猫又を食卓に呼ぶ時にはメニューをちゃんと考えようと反省する衛であった。

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