10話 森下の元祖カレーパン

 今日も、総菜屋『たつ屋』の客足は芳しくない。衛はテレビを見ながらあくびを噛み殺しながら店番をしていた。


「ヒマそうだのう」

「あ……」

「宣言どおり来てやったぞ、どれコロッケは……なんだ3つしかないのか」


 そこに現れたのは葉月だった。肩には白玉が乗って辺りの匂いを嗅いでいる。


「他にメンチとかもあるけど……」

「ほう、これも美味しそうだ。なぁ、白玉」

「あ、猫にコロッケとかメンチカツあげちゃだめですよ。タマネギ入ってますから」

「そうなのか、では白玉が猫又になるまで待たなくてはならんな」

「とんかつならタマネギ入ってないですけど」

「ではそれも貰おう」


 葉月は大量に揚げ物を購入してお金を支払った。このお金はどこから来たんだろう、まさか葉っぱに化けたりしないよな、などと衛は考えた。顔に出ていたのだろう、それを見た葉月は鼻を鳴らして言った。


「これは稲荷の賽銭だ。心配するな」

「あっ、すみません……それにしてもそれ全部食べるんですか」

「揚げ物は好きだな。ほれ、人間と違って太ったりなんぞしなくていいからの」


 そりゃ羨ましいな、と近頃緩んできた自分のお腹の事を衛は考えた。


「おっ、ほら見ろ」


 葉月が急にテレビを指さした。やっているのはお昼のワイドショーのワンコーナーである。


「カレーパンですか」

「この店、ここから近いぞ。私も以前買いに行った事がある」

「へぇぇ、うまそうだな」

「うむ、なんせカトレアのカレーパンは正真正銘の元祖だからな」

「ほう」


 元祖といってもそれで美味いとは限らない、と衛が考えていると葉月はさらに続けた。

 

「具がたっぷり詰まっていて……うーん食べたくなってきた……」

「そのコロッケとかどうするんですか」

「そうだった。とにかく私のおすすめだ。今度行って見ると良い」


 そう行って葉月は白玉を連れて去っていった。


「カレーパンかー。そういえば近頃食べてないなぁ……」


 カレーパンの事を考えていたら無性にカレーパンが食べたくなってきた。確か葉月は近くだと言ってたな、と衛は携帯で検索してみた。


「森下……十分も歩けば着くか」


 出てきた情報によれば、一日三回の焼き上がり時間があるようだ。今なら十五時の焼き上がりに間に合う。


「ミユキさーん」

「なんだい、うるさいね」


 なにやら奥で内職めいた事をしていたミユキが、ひょこっと顔を出した。


「ちょっと出かけてこようと思うんですけど……なにしてるんですか」

「これはあやかしにあてられた人間を守る護符さ。あんたが頼りないからあたしが稼いどかないとね」

「すみません……」

「いいさ、何かしないとボケちまうし。で、どこに行くんだい」

「森下のカトレアってパン屋さんに」


 ミユキの目がほう、と細くなった。


「カトレアのカレーパンだね……そういや最近食べてないね……」

「じゃあ、明日の朝ご飯用に3個買ってきます」

「いや……六個買って来な」

「多くないですか? まぁ、いいですけど」


 ミユキの承諾を得て、衛は森下へと向かった。プラプラと通りを歩く。道は広くてキレイなんだけど、こんな所にパン屋なんてあるのか、と思っている所にその店はあった。


「カトレア、ここだ」


 早くも行列が出来ている。衛はその列の最後尾に並んだ。


「三時の分焼き上がりましたー」


 という店員の声に列に並んでいる客はそわそわしだす。香ばしいいい匂いが漂ってきた。


「これは美味しそうだ」


 じっと順番を待って、ようやく自分の番がやってきた。


「何個ですかー」

「あっ、六個お願いします」

「はーい」


 そう言って、詰めてくれたパンはどっしりと重たかった。それにしても衛からしたら羨ましい盛況ぶりである。


「うちも何か名物があればいいのかな」


 いまだ、『たつ屋』の繁盛を諦めていない衛であった。



 自宅に帰ると、瑞葉も学校から帰って来た所だった。二人を前にカレーパンを広げると、ミユキも瑞葉も顔を輝かせた。


「おお、揚げたてだね」

「ええ、まだちょっと温かいです」

「はやく食べようー」


 結局そうなるのか、と衛はため息を吐いた。


「楽しそうね」

「僕ら食べられないのが残念だね」


 藍と翡翠はそう言いながら、ミユキと瑞葉の喜びようを見ている。


「じゃあ、せっかくだから頂きますか」

「はーい」

「瑞葉のは甘口のやつな」


 今日のおやつは揚げたてカレーパン。三人それぞれ、パンに食らいついた。ざくっとした衣を噛むと中から具が溢れてくる。惜しみ無く入れられたカレーは懐かしい味付けでとても美味しい。


「うーん、揚げ油は植物性かな」


 サクサクと軽く揚がったパン生地をつまみながら、衛がつぶやく。噛むほどにしつこくない油の旨味とカレーのスパイシーさが襲ってくる。


「これこれ、他のパン屋は具が少なくてねぇ」


 ミユキも満足そうに頷いた。


「もう一個いい?」


 ペロリとカレーパンを平らげた瑞葉が手を伸ばすのを衛がしかる。


「それは朝ご飯の分! デブになってもしらないぞ!」


 その様子を見ながら、藍と翡翠はまた残念そうに呟いた。


「ああ、せめて明日の朝乗せて貰えるといいわね」

「そうだねぇ」


 そんなあやかしの呟きなどものともせず、三人は元祖カレーパンを堪能した。

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