『たつ屋』に恋の猫が咲く②

 そして、その次の土曜日。カフェ『たつ屋』を閉めて衛たち一家は水族館に向かった。藍と翡翠はなんだか残念そうにしていたが。


「ああ、ここです」

「おはようございます」


 門前仲町の駅前で鍋島と白玉が待っていた。白玉は深々とキャスケットをかぶっている。猫耳対策だろうか。


「じゃあいきまーす!」


 瑞葉は久々の外出にご機嫌だ。


「いこっ、白玉ちゃん!」


 今では姉妹に見える二人は手を繋いで先に行く。


「うーん、瑞葉にとられちゃいました」

「すみません……」


 大人四人はその後ろについて行きつつ、大江戸線に乗り込む。そして目的の押上までたどり着いた。ここからスカイツリー駅まで乗り換えていってもいいのだがどうせなら押上げから歩いて行こう、という事になった。


「すっごー……」

「あんな大きかったのね」


 瑞葉と白玉は間近で見るスカイツリーの迫力に首がもげそうなくらいに上を向いて驚いていた。


「うちから見える時はあんなおおきいと思わなかった!」

「そうよね」


 ここは押上、スカイツリーの街。下から見上げると先も見えない白い尖塔の下にはグルメやショッピングが楽しめる商業施設が入っている。そして今回お目当てなのがすみだ水族館なのだ。


「さーてまずはランチかな」


 時間は12時ちょっと前。ソラマチのレストランで一緒に昼食を取る事になった。フードコートま満員御礼だったのでちょっと奮発して上階で天丼を食べた。


「ここから別行動ですね」

「楽しんでくださいね」


 穂乃香の言葉に、鍋島がとん、と胸を叩いた。


「ちんあなごみるんだっ!」


 意欲に満ちた瑞葉を連れて、衛たちは大水槽やペンギンを見に二人と別れた。


「はじめて来たわ」


 地元を離れていた穂乃香は感慨深そうだ。衛はあちこち暴走しそうな瑞葉を目で追いながら、穂乃香に答えた。


「ここら辺は昔なからのものもあるしけどさ、ほら清澄白河とか結構変わったって」

「そっか。でも街は生きているものだものね」

「古いものと新しいものが混じり合う、面白い土地だと俺は思ったよ」

「衛さんが気に入ってくれたのならよかった」


 その時、瑞穂が衛の袖をひっぱった。


「ねぇ、あれみて……」


 瑞穂の目を釘付けにしているのは七色に光るわたあめだった。


「あれ欲しい……」

「いいよ」


 たまの我が儘くらい聞いてやりたいと思った衛はそれを買って瑞葉に渡した。薄暗い館内にぼんやり光る綿飴は綺麗だった。


「瑞葉、お魚さんを見に行きましょう?」

「うん!」


 こうして衛たちが一家団欒を漫喫している頃……。

 鍋島と白玉はくらげを眺めていた。


「はぁ……綺麗ですねぇ」

「いつまでも見ていられそうだね」

「でもお魚も見たいです」

「じゃあ大水槽に行こう」


 二人は大水槽に移動した。エイやサメの泳ぐ中、沢山の小魚が悠々と水槽内を泳いでいる。


「美味しそう……」

「ま、我々からするとそうなるな。白玉、喉渇かないかい?」

「あ、はい……」


 二人は館内のカフェに向かった。ノンアルコールのものを含めて魚や海の生き物をモチーフにしたドリンクやスイーツが並んでいる。


「わぁ……光ってるぅ」

「かわいいね」


 白玉は光るくらげのおもちゃのようなものの浮かんだドリンクに目を輝かせた。


「見て、氷のペンギンだ」

「ねぇ、ペンギンの餌やりも見られるんだって」

「じゃあ行ってみようか」


 二人がペンギンの水槽に向かうと、向こうから衛一家がやってきた。この三人もペンギンの餌やりが目的らしい。


「おー、どうだい楽しんでる?」

「はい、とっても!!」


 白玉は元気に頷いた。そんな白玉の元に瑞葉が後ろ手になにかを隠して近づいて来た。


「はい、これ瑞葉が作ったの!」


 それは亀のストラップだった。


「さっき体験コーナーで瑞葉が作ったんだ」

「一個白玉ちゃんにあげるね」

「わー、ありがとう」


 それから五人は一緒にペンギンの給餌を見た。がっついて失敗するペンギンもいれば、ちゃっかり横取りするペンギンもいる。みんなその姿を食い入るように見つめていた。


「わー! かわいい」

「……いいなぁ」

「……だな」


 瑞葉と猫又たちの反応はちょっと違っていたが。


「それじゃ俺達は江戸リウムにいって来ます」


 江戸リウムは最大級の金魚展示ゾーンなのだそうだ。衛達はそちらの方向に消えていった。


「白玉、ちょっとそこに座ろう」

「……うん? 私達も金魚見に行きましょう?」

「いいから」


 鍋島はなかば無理矢理に白玉をソファに座らせた。


「どうかしたんですか?」


 白玉は不思議そうな顔をしている。横に座った鍋島はそっと白玉の手を握った。白玉の頬はカッと熱くなった。


「……白玉。人間達の社会は年々決まり事が多くなってきていてな。人に紛れて暮らす猫又にはそれなりに苦労が増えてきている」

「ええ……かあさん……私の生みの親から聞きました」

「そんな猫又の生活だが、なるべく俺が君を守る。着いてきてくれるか?」


 白玉は鍋島の問いかけに頷いた。別にこのように確認されなくても元よりそのつもりである。


「白玉」


 鍋島は急に立ち上がった。そして白玉の前に跪く。


「……これ、受け取ってくれ」


 そして懐から出した箱を開いた。そこには指輪が光っている。


「鍋島さん、それ」

「婚約指輪だ」

「……にゃんっ!!」


 白玉は鍋島に抱きついた。鍋島が跪いたあたりから息を潜めて見つめていた周りの人から拍手が起こった。


「ありがとうございます……」

「こっちこそ、よろしくな」


 鍋島は泣きじゃくる白玉の左手に指輪を填めた。そして二人、大水槽の前で残りの時間をゆったりと過ごした。


「いやー、金魚すごかった」

「へんな顔のもいたよ!」

 そしてその後、金魚の展示を堪能した衛一家と合流した。


「じゃあ帰りますか!」

「ええ。またどっか行こうな、白玉」

「はい!」


 笑顔で答えた白玉の指には指輪が光っていた。

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