6話 空の器②

「それで、弟さんの特徴は?」

『私と同じ青い染め付けの皿で、鳥の絵が描かれています。名は翡翠と』

「ほうほう……それで藍さんは今どこにおられるんですか」

『蓬莱屋という骨董店におります。日曜日はこちらの骨董市に出ているのですが……今頃探してるでしょうね』


 藍はなんだか人事のように言った。付喪神にとって、店は家のように感じる場所では無いようだ。


「それじゃあ、その蓬莱屋さんをまず訪ねましょう」

『はい、それでは……』


 藍は再び少女の姿に変化した。ちょっと目立ちすぎると感じた衛は二階に昇り、穂乃香の黒い日よけ帽を持ってくると藍に差し出した。


「これを被っててください」

「あら、いいんですか……似合います?」


 藍は黒い帽子を被って衛に見せた。似合っている、が別にオシャレの為にかぶせた訳では無い。衛は失礼、と断って顔が見えないように深く被り直させた。


「とりあえず行ってみましょう」


 衛達一行が再び境内に戻った時には、十五時の終了時間に向けて店じまいがぼつぼつとはじまっていた。


「蓬莱屋ってのはどこでしょう」

「あそこです……」


 うつむき加減の藍が指さした先には、小太りの老人が店番をしていた。ふむ、と呟いて衛は蓬莱屋に近づいた。


「ふーむ」


 客のふりをして品揃えを見て回る。展示してある商品は、陶器や鉄瓶などの食器が多い。


「これは何ですか?」


 衛がガラス瓶を指さすと、店主は片目を開けて答えた。


「そりゃ、目薬の瓶だよ。昔はこんなだったんだ」

「へぇー……そうだ、ここに古い皿とかないですかね。自分、料理人でして……」


 嘘は言っていない。ただ今は売れない総菜屋なだけで。


「それならこの辺だよ」

「青い皿がいいんですがね、イタリアンなんで……トマトソースが映えそうだ」

「そうだなぁ……そう言う皿なら……あれ、一枚あったと思うんだがどこ行った」


 蓬莱屋の店主が箱を漁るが当然、藍は衛の後ろで瑞葉と待機しているので見つかる訳が無い。


「あーあ、見つからない……先週も同じ様な皿が売れたんだけどね。今度仕入れて置くよ」

「先週も売れたんですか……やっぱり俺みたいな料理人でしょうかね」

「どうだろうね、地元の人っぽかったけど……」


 藍の弟、翡翠はこの店から売られたようだ。


「また来週も来るからさ、そんとき来てよお兄さん」

「はい、ありがとうございました」


 衛はもうこれ以上、情報は取れないと判断して引き下がった。後ろで待っている藍と瑞葉の所へと戻る。


「あの店からどうも売られたみたいだな。この深川付近の家にあるかもしれん」

「パパ、たんていみたい。すごい!」


 瑞葉の賛辞に思わず鼻の下が伸びそうになった。しかし、藍の表情を見てすぐに顔を引き締めた。


「そんな……この街にいるなら気配くらい感じられるはず……」


 そういって藍は涙をぽろぽろと流した。


「まさか、捨てられちゃったんじゃ……」

「ま、まだそうと決まった訳じゃないし……そうだ、とりあえず家に戻ろう」


 泣きじゃくる藍を連れて、衛と瑞葉が家に帰るとミユキが帰って来ていた。


「おや、随分買い物に時間がかかったじゃないか……とそのお皿のお嬢さんはなんだい」

「あ、お客さんです。藍さん、こちら俺の義母のミユキさん。ここの家主だよ」

「ああ、貴女が……すみません、お婿さんを勝手に連れ出したりして」


 藍が可愛そうな位小さくなって、頭を下げた。


「で、どうなってるんだい。状況を聞こうじゃないか」


 衛はミユキに藍の身の上と弟を探している事を伝えた。ミユキは難しい顔をして、顎に手をやった。


「うーん、この子の弟ねぇ……私でも気配がたどれないね」

「そうですか……」


 再び気落ちした様子の藍の手を瑞葉が握った。


「大丈夫、どっかにいるよ」

「そうでしょうか……」

「とりあえず、今日は泊っていきなよ。明日からまた探すから」

「はい……」


 衛は藍を少しでも安心させようと、腕を捲った。


「夕飯も腕によりをかけて作っちゃうからさ」

「あ、付喪神はものを食べないんです」

「えっ、そうなの」


 衛は心底がっかりした。料理人にとって飯で人を元気にするのは生きがいだからだ。


「あ、あの……」


 すると、藍がほんのりと頬を染めて声を上げた。


「その代わり、というか……料理を盛っていただけないでしょうか」

「へ? それって皿として使うって事?」

「はい、器物にとって最も嬉しいのは本来の使い方をされる事なのです」


 そう言って藍は元の皿の姿になった。そうか、それで元気になるのならと衛はその皿を手に取った。


「……よし、まかせとけ」

『はい、よろしくお願いします』


 衛は、冷蔵庫から牛もも肉を取り出すと粗く刻み、タマネギとセロリ、にんにくもみじん切りにした。

 鍋にオリーブオイルをたっぷりと注ぐと刻んだ野菜を炒める。野菜がほんのり透き通ってきたところで刻んだ牛肉を入れる。じゃわーっと音が立ち、肉の焼けるいい匂いが漂った。

そこに赤ワインとトマト缶を入れ、香辛料を入れて塩胡椒をする。


『ああ……すごい……』


 藍が衛の手際の良さに感嘆の声を漏らした。


「あとは煮込むだけ……その間に」


 衛はサラダと鯛のカルパッチョをさっと作ってテーブルに並べる。そして太めのパスタタリアテッレを沸かした湯で茹で、先に鍋に仕込んだラグーソースと一緒にからめる。


「それじゃ、藍さん。出番です」

『は、はい』


 衛は藍の中央にこんもりをパスタをのせ、ソースを上から足す。そしてパルメザンチーズを惜しげもなくかける。

 藍のブルーの色調に赤みがかったソースとチーズの白が美しい。


『ああー……素敵です……衛さん……』

「どうだい元気でたかい」

『はい、とても』


 その日の夕食は衛お得意の本格イタリアン。瑞葉は素直に喜んでいたが、ミユキは微妙な顔をしていた。


「あたしの晩酌用に買っておいた刺身なんだけどねぇ……まぁ美味いけどさ」

「藍さんの為ですよ」

「ふう……とりあえず、地元の数寄者にでも聞いて回るかね、でないとあたしのつまみがどんどんなくなっちまう」

『ミユキさん、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします』


 そんなミユキに藍は丁寧にお礼を述べた。

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