16話 思い出のボール②

「本当に警備は大丈夫なのか?」

「ええ、センサーに私達は反応しないようになってますけど、あまり私から離れないで下さい」


 一行は校長室へと向かった。案の定、鍵が閉まっている。


「ちょっと待って下さい」


 梨花がドアノブに触れるとカチャリと音がした。そうして難なく衛達は校長室への侵入を果たした。


「この棚かな……」


 ガラスの戸棚の一角がどうも怪しい。これも鍵がかかっていたので梨花が外した。


「今から三十年くらい前はここからここ。この中から六年三組の三井さんを探すんだ」


 そこからは地道な捜索作業だった。一つ一つ、中身を確かめてチェックする。


「あっ、パパこの子じゃない?」


 瑞葉が声を上げる。衛が見ると、確かに六年三組に三井という生徒が居る。個人情報ががばがばだった頃の卒業文集だ。衛の狙い通り、連絡先が一覧で載っていた。


「24年前の卒業文集か、これはいけるな」


 衛は六年三組の連絡先を携帯で撮影した。


「さ、長居は無用だ。撤収するぞ」


 必要な情報を得ると、衛達はそそくさと学校を出た。

 そしてその翌日。衛は三井英子の連絡先に電話をしてみる。


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません……」

「駄目か……」


 三井英子の連絡先はもう不通になっていた。これだけ時間が経っていればそれも仕方ないのかもしれない。


「では次の手段!」


 衛は次は実名を前提としたSNSから三井英子を探す事にした。とりあえず、数矢小学校のコミュニティを探したが、不発だった。

 なので衛はアカウントを一つ作ると、見つけた三井英子の同級生に向けてこうメッセージを送った。


【久しぶりに同窓会でもしませんか。連絡の取れる方に呼び掛けてください】


 衛の騙った名前はクラスで中心的だった人物だった。ちなみに本物はどうもカリフォルニアにいるようだ。


「ふう……これでひっかかってくれるといいんだけど」


 それから数日。同窓会の呼びかけはあちこちに広がっていた。そこに出てきたのが『宍倉英子』という人物だ。


【英子―ひさしぶりー】

【あれ、三井か】

【そそー、結婚して今は宍倉だよー】


 そうか結婚で名字が変わったのか。とにかく、三井英子は同窓会に出席する事になった。人数が大体固まった所で適当なレストランに予約を入れる。そして開催の流れの中でさりげなく当日の幹事を別な人物に任せる。


「よし、これで当日顔を出せば三井英子に会える」


 衛は、そこまで守備を整えてミユキに報告した。


「SNS……今の若い人はそういう所で繋がってるんだね。とにかくでかしたよ」

「とにかく週末、鞠さんを連れて行ってみますよ」



 そして来たる週末、衛は鞠をつれて同窓会が開かれるレストランの近くに待機していた。


「見て分かるかしら?」

「どうだろう、向こうは大人になってるからな」

「……どきどきしてきた」


 そして、同窓会が始まった。衛は歓談がはじまった頃合いにするりと中に侵入する。そして三井英子を探した。


「英子―!」


 ほかの女性がそう呼んだ人物を良く見ると、顎のほくろが一致した。そして……英子は車いすだった。


「三井……さん?」

「はい? ええと……?」


 三井英子の目が戸惑いの色を帯びる。


「ちょっといいですか、渡すものがあるんです」

「え、なんですか」


 三井英子は警戒心をあらわにした。しまったちょっと強引過ぎたか。衛はあわてて鞠を呼んだ。


「鞠さん、おいで」


 呼ばれた鞠が英子の前に立つ。鞠は緊張で震えながら、ボールを差し出した。


「英子ちゃん、これ返すね」

「なにこれ?」


 ボロボロのボールを英子は恐る恐るつまんだ。そこに自分の名前が書いてあるのを見つけて驚きの目で鞠を見つめる。


「これ、私のだ。どうして……」

「……」


 その問いに鞠は少し寂しそうに微笑んで、衛の元に戻ってきた。


「もういいのか」

「うん、英子ちゃんは私の事もう覚えていないみたい」


 もう行こう、と鞠は衛の手を引いた。二人がその場を去ろうとすると英子が後ろから車いすで追いかけてきた。


「も、もしかして鞠ちゃん!?」

「……うん、私の事分かるの?」


 英子は戸惑いながらも頷いた。


「信じられない……だって二十年以上前だよ? なんであの時のままなの」

「私、人間じゃないの。ごめんね言わなくて」

「ううん、私が変っちゃったから」


 英子は鞠の存在を認めると、さめざめと泣き始めた。


「あの頃はボール遊びばかりしていたのにね……今はこんなになっちゃって」

「あの……その足の事聞いてもいいですか」

「これは、一年前に交通事故で……」


 それを聞いた鞠は英子の手をぎゅっと握った。


「英子ちゃん、あの時は沢山遊んでくれてありがとう。そのお礼を今させてね」

「え……」


 鞠はそう言ってスタスタと去って行った。


「ちょっと待って……え!?」


 追いかけようとした英子が車いすから立った。すぐに力尽きて車いすに倒れ込んだが、確かに立ち上がった。


「嘘……」

「よっぽど貴女の事が好きだったんですね、鞠さんは」

「あなたは一体?」

「ただの付き添いです。信じるかどうかは貴女次第ですが、彼女は座敷わらしです。関わる者を幸福に導く存在……だったけな」

「座敷童……まさか……」


 ぽかんとしている英子を残して衛もその場を去った。そして心の中でガッツポーズをしていた。よっし、ミッションコンプリート!


「何を店に出そうかなー」


 衛は一日限定の繁盛の日のメニューをすでにあれこれと考えていた。

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