24話 反魂香

 東方朔の事は心配ではあるものの、自分に出来る事は少ない。衛は歯がゆい気持ちを抱えたまま、今日も店先に立つ。そんな衛を見て、藍がそう指摘した。


「なんか顔色が冴えませんね」

「付喪神が顔色なんか分かるのか?」

「だんだん分かるようになってきました。特に衛さんは分かりやすいですから」


 衛はそんなに分かりやすいかな、と自分の顎を撫でた。


「もし、ここが『たつ屋』でしょうか」


 そこにやって来たのは、二人の老人だった。おそらく夫婦である。


「はい、なんにしましょう」


 衛はやっと客が来たか、と立ち上がったが、その老夫婦は惣菜を選ぶ様子が無い。


「あの……?」

「あ、その……私達はミユキさんに用事がありまして……」

「……ああ」


 せっかくきた人間までよろず屋の客なのか、と衛はうなだれながらミユキを呼んだ。


「ミユキさーん」

「なんだい」

「お客さんです」


 ミユキが二階から降りてきて、老夫婦の顔を見るなり険しい顔になった。


「なんだい、電話で断ったはずじゃないか、うちはお門違いだって」

「そこをなんとか……話だけでも聞いてください」

「しょうがないね……衛、お茶の用意をしてくれるかい」


 ミユキは衛にそう頼むと、老夫婦を居間に通した。衛もお茶を出してそこに同席する。


「で、遺産相続だっけ?」

「はい、先日娘が亡くなりまして。その遺言で遺産を養護施設に寄付するとなっていたんです」

「気概のある娘さんだ。結構な事じゃないか」

「ええまぁ……ただ、娘はこう条件を付けたんです。この箱を開けられたら遺産は私達に贈ると」


 そう言って妻の方が箱を取りだした。金属製の無骨な古い金庫である。


「そういうのは鍵屋に持って行っておくれよ」

「もちろん持って行きました。でもどうしても開かないんです。そんな時に『たつ屋』さんの噂を聞きまして」

「あやかしの仕業だっていうのかい」


 ミユキは金庫を手にした。とたんに白い筋が箱から漏れ出して人型にゆらゆら揺れる。


『そうともさ、はこが開かないのはオレのせいだよ』


 人型はそう言って笑うように揺れた。


「ふうん、付喪神のなり損ないかね」

「そうですか。退治出来ますか」


 老夫婦の夫が、ミユキの言葉に顔を輝かせて聞いた。


「この箱ごとぶっつぶせばいけるさ」

「それは……遺言状で止められてるんです」


 夫はがっかりしたように肩を落とした。それをあざ笑うように物の怪が老夫婦には聞こえない声を発する。


『オレの命令を聞けたらあけてやってもいい』

「ふむ、この物の怪の命令を聞けば開けて貰えるってさ」

「本当ですか、是非!」

『町内のゴミ掃除を三日!』

「三日間町内のゴミ掃除をしろってさ」


 老夫婦は半信半疑ながら、ミユキの言葉を聞くと去っていった。衛は半信半疑でミユキに問いかける。


「あいつ、本当に開ける気なんですかね」

「さあね、あたしは通訳するだけさ」


 ミユキはそうすまして答えた。そして3日後、再び老夫婦がやって来た。夫が食いつくようにミユキに聞く。


「掃除して来ました。物の怪はなんていってますか」

『次は老人ホームのボランティア!』

「老人ホームのボランティアだと」

「そうですか……」


 再び肩を落として老夫婦は去った。衛はやはり合点がいかない。


「あの物の怪は何をさせたいんだ……?」

「さあね」


 ミユキはやはり冷たくそう答えるばかりであった。


「老人ホームに行って来ました。今度は、なんて言ってますか」

『チャリティマラソンに参加しろ!』

「……チャリティマラソンに参加しろだそうだよ」

「そんな無茶な! あんた適当な事言ってるんじゃないよな」


 マラソンと聞いて、夫は激怒した。まああの腹じゃとても走れそうに無いよな、と衛は買ってに納得した。


『ふん、からかい甲斐のない奴らめ』


 物の怪はそう言うと、ぺっと何かを吐き出した。ミユキがそれを拾って匂いを嗅ぐ。丸薬のようなものが掌に転がっている。


「これは……反魂香だ」

「反魂香?」

「死者の姿を見ることが出来るお香だよ。どうだい、あんたらここらでひとつ直接娘さんの言う事を聞いて見ちゃ」


 そう言われて老夫婦は顔を見合わせた。


「……お願いします」

「それじゃ、ちょっと待ってな」


 ミユキは二階に上がり、香炉に反魂香を焚いて持ってきた。白い煙がすうとたち、みるみる人型をとった。やがて輪郭がはっきりとし、四十路くらいの女性の姿になる。


『お父さん、お母さん』

「ああ……志保子」


 老夫婦が感慨深げに声を漏らした。


『この香が焚かれてるって事は箱を開けられなかったんですね』

「志保子、この箱はどうやったら開くんだい」

『簡単よ。十月十日、この日の意味が分かったら開くわ』

「……お前が出て行った日か」


 そう夫が呟くと、それまでしおらしかった志保子の口が大きくつり上がってがばっと開いた。


『そうだよ! このごうつくばり夫婦! お前等が殴って金をむしった娘が出てった日だ! 残念だったな』


 そう言うと、カタリと音を立てて箱が開き。白いもやはたちどころに消えた。


「なにか入ってるね」


 ミユキが手をつっこむとそれは封をした紙だった。老夫婦がそれを開く。


「……そんな」

「何が書いてあったんだい」

「すでに全財産を養護施設に寄付したと」

「……そうかい」


 老夫婦が一回り小さく見える程にしょげかえってとぼとぼと帰って行った。


「やっぱり遺産を渡すつもりはなかったんですね」

「やっぱりって最初から分かってたのかい、衛」


 お代代わりに老夫婦が置いて行った反魂香を手に、ミユキが問いかけた。


「いや、あの老夫婦一度も娘が死んで悲しいとか言わないし、そもそも娘の遺産をあてにするなんて……ねぇ」


 それを聞いたミユキは薄く笑った。


「頼もしいね。あーそれにしても人間相手は疲れるね。あやかしの方がよっぽど正直だ」


 それもそうだ、と衛はミユキの言い分になんだか納得してしまったのである。

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