番外編
『たつ屋』と福の神①
「穂乃香」
「なんですか」
「穂―乃―香―」
「うふふふ」
「……」
衛は、『たつ屋』の店先でやっと自分達の所に帰ってきた妻・穂乃香の名前を呼んだ。呼ぶ度に返事をしてくれる穂乃香にでれでれである。それをミユキは冷たい目で見ていた。
「やれやれ……店番が多すぎるね……」
「あ、ミユキさん。俺、そろそろ就職活動しますよ」
「え?」
「もう穂乃香も帰ってきたし、一家の大黒柱がこんな事してちゃいけないと思うんですよね。これから瑞葉の教育費なんかもどんどんかかってくるわけだし」
穂乃香が龍神の元に帰ってきてから衛たち一家とミユキは同居している。行方不明になっていた穂乃香にはしばらく瑞葉とゆっくり過ごして欲しいと思っていたがそろそろいいだろう、と夫婦で話し合った結果である。
「おや、じゃああたしの手伝いはどうするんだい?」
「それはお母さん、私がやるわよ。十分すぎるでしょ」
「そりゃ……まあ……」
「力仕事の時はお手伝いしますんで」
「……そうかい」
ミユキはそれだけ言うと、二階に上がってしまった。
「まったく……お母さんは衛さんがお気に入りなんだから」
「そ、そうなのか……?」
衛は邪険に扱われ続けた数ヶ月を振り返った。お気に入り、とは。
「なんかね、衛さんにはそういう力があるのよ。近くにいると安心するの。お母さんもそうなんじゃないかしら」
波長が合う、という事だろうか。そういえば穂乃香との出会いも彼女が引き寄せられるようにやってきたのであった。
「そっか……近くで仕事が決まればいいんだけどな」
「なら、この店改装しちゃえばいいんじゃないかしら。そうねぇ……カフェとかに」
「えっ……昔からあるんだろ。この店に思い入れとか……」
衛がそう言うと、穂乃香は声をあげて笑った。
「無いわよ。私が小さい頃からやってんだかやってないんだか分かんない惣菜屋だったもの」
「そうなのか……」
「いいじゃない、路地裏のひっそりとしたカフェ。お惣菜屋より衛さんの料理の腕が振るえるんじゃ無い?」
「そりゃそうだが……先立つものと、ミユキさんの許可がないと」
「じゃあ聞いてみましょうよ。うん、いい考えよ、うん。」
穂乃香はあっさりとそう言ったが、衛はあのミユキが承知するとは思えなかった。
「嫌だね」
「お母さん!」
やっぱり、と衛は下を向いた。穂乃香はテーブルをバンと叩いて抗議した。
「『たつ屋』に衛さんが居て欲しいのはお母さんでしょ!?」
「おや、そんな事言ったかねぇ……」
「言ったわよ!」
二人の口喧嘩がはじまった。そう言えば、穂乃香は家出に近い形で出て行っていたんだっけ、と衛は思い出した。
「まあまあ……」
「衛さんはどっちの味方なの!?」
「あんたはそうやっていっつも日和って!?」
ああ、こういうところはまさに親子だ。衛は二人に板挟みにされながらそう考えた。
「カフェをやっても……お客さん……入らないだろうしさ……」
「なんで? 衛さんのパスタは絶品よ!?」
「それは……」
「ふん。無駄さ、『たつ屋』には貧乏神がついてるからね」
「はあ?」
穂乃香は目をむいて母を見た。
「あやかしのよろず屋なんて因果な商売には災難がつきものさ。それを貧乏神様が避けてくださってるのさ。代わりに『たつ屋』は繁昌しないけどね」
「な……」
「まぁ、福の神でも憑けば別かもしれないけどね」
「……福の神……」
もしそんなものが居たら大歓迎なのだが。穂乃香は俯いて考えこんでいる。
「分かった。もし福の神が来たら、お母さん認めてよ」
「おや、やる気かい? いいよ。もし出来たら改装の着手金も出してやるよ」
ミユキはそんな事できるはずないとでもいうように鼻をならした。衛はそんな二人の横で、ひたすら小さくなっていた。
「さーて福の神を探すわよ!」
「ママ、福の神って?」
瑞葉が学校から帰ってきた後、急遽二階の部屋で『福の神対策チーム』が結成された。メンバーは衛、穂乃香、瑞葉に藍と翡翠の付喪神たち。
「そんなカブトムシみたいにいるものかね」
「それはそうだけど、居ないわけはないと思うのよね。お母さんの口ぶりだと」
「じゃあ瑞葉は学校の周りを梨花ちゃんと探してみる!」
「では私達は骨董市と骨董屋を」
「私は寺社仏閣を回ってみるわ」
瑞葉、付喪神、穂乃香がそれぞれ探すエリアを決めた。
「俺……俺は近所を回ってみる……」
三人の視線が衛に集まったので衛はしぶしぶそう答えた。
「じゃあ、各自探索!」
それから各自、福の神を探して近所を回る事になった。
――三日後。衛たちの部屋にあつまった対策チームはそれぞれの成果を報告に集まった。
「では瑞葉……」
「はい、パパ。梨花ちゃんには福の神のお友達はいませんでした。梨花ちゃんは学校のみんなを守らないといけないからうちにはこれないって」
梨花とは瑞葉の学校のトイレの花子さん。つまり厠神だ。不浄を払うという意味では福の神の一種とも言えるかもしれない存在である。
「俺もだ。モダン館の鞠さんに聞いたけど、あそこをいままで戦災や震災から守ってきたから動けないってさ。……穂乃香は?」
「神仏に問いかけても変になんの反応もないの……」
「そっか……藍と翡翠は?」
「うーん、これ幸運のブレスレットだって」
翡翠は半信半疑、という感じで水晶のブレスレットを出した。結局みんな大した成果はなかったみたいだ。
「なぁ穂乃香。俺が就職すればすむ話なんだから、これくらいにしよう」
「衛さん。私、急に二人と離ればなれになったし……お母さんとも喧嘩別れみたいになったから……みんなで仲良く暮らせたらって急ぎすぎたかもね。ごめんね」
「いいよ。それにみんな仲良く暮らすのはもうできてるじゃないか」
「そっか、そうだよね」
穂乃香に笑顔が戻った。衛はそれだけで十分だと思った。その時である。閉めてあった『たつ屋』のシャッターを叩く音がする。
「すみませーん」
「あ、お客さんかしら」
「どうせあやかしだろう。ちょっと行ってくる」
衛は下に降りてシャッターを開いた。すると……。
「どうも」
そこには三つ揃えのスーツを着た二十代中頃の美青年が立っていた。
「今、ちょっといいですかね」
衛は同性のくせに一瞬ぽーっとその男に見惚れてしまった。男の問いかけにようやく我に帰って返事をする。
「は、はい……」
「ちょっとこちらにお邪魔したいんですが」
それを聞いて衛はもしやこの男は俳優かなにかか?と思った。最近よくあるアポ無し取材の番組とか……。カ、カメラはどこだ。衛はあたりをキョロキョロと見渡したが誰もいない。
「あ、あの……?」
「え……?」
――二人は変な空気のまま見つめ合った。
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