『たつ屋』と福の神②

「……という事で……こちらが『福の神』様です……」

「どーも、福の神でーす」


 元気に福の神……先程の俳優のようなイケメンが手をあげた。


「は、はぁ……」


 みんなその様にきょとんとしている。


「サンタさんみたいなおひげのお爺さんだと思ってた」


 瑞葉がそう言うと福の神は笑った。


「うんうん、よく言われる」

「確かに人の気配ではないですね」


 藍はよーく福の神を観察してそう言った。


「え、えーっと福の神さん。うちに来てくれたという事でいいんでしょうか」


 穂乃香も戸惑いながらその男に聞いた。


「うん。福の神だからね。扱いが悪ければ他に行くけど」


 それを聞いた穂乃香はばっと立ち上がった。


「おもてなしします! 藍さん、お茶を。あ、お腹すいてます?」

「はい、少し」

「じゃあ、衛さん。ほら得意のカルボナーラを……」


 穂乃香の指示で皆わたわたと福の神のおもてなしに走った。


「ママー、瑞葉は何したらいい?」

「え、じゃあアニメのキュープリのダンス見せてあげなさい」

「うん! 福の神様、見てて~」


 福の神は瑞葉のダンスを見て、藍のお茶を啜り、翡翠に盛り付けたカルボナーラを平らげた。


「どうです……?」

「うん……」


 福の神は俯いた。持てなしが足りなかったのだろうか、それともどこか気に障ったのだろうか。みんなが不安そうにその顔を覗き混んだ。


「ふっ……」

「……?」

「ふふふふふふっ」


 福の神は肩を揺らして笑いはじめた。衛と穂乃香は顔を見合わせた。


「あはははははっ……。いや、すまなんだ」


 そしてもくもくと煙がたったかと思うとそこにはボロをまとったしわしわの老人がいた。


「ワシじゃよ」

「……貧乏神」


 衛は呟いた。それはいつだったか家にきたあの小さな貧乏神と同じ姿だった。


「あの時手厚くもてなしてくれたからの。戻ってきたよ」

「いや、あの貧乏神……? え……?」


 衛の頭のなかは大混乱だ。福の神が貧乏神になった。これはいっぱいくわされたという事なんだろうか。


「はっはっは。福の神と貧乏神は表裏一体。手厚くもてなされた貧乏神は福の神となるのよ」


 貧乏神はそう言って穂乃香に向き合った。


「龍神の愛し子よ。おつとめご苦労であったな。ほうびとして龍神からここで災厄を払えと言われて来たよ」

「ほ、本当ですか」

「ああ……だから……商いでもなんでも安心してはじめるといい……」


 すうっとその姿は霧のように消えていった。


「これって……」

「カフェがオープン出来るね、着手金付きで」


 振り返るといつの間にかミユキが居間の入り口に立っていた。


「ただし店名は『たつ屋』だよ。あやかしが迷ったらいけないからね」


 それだけ言って去ってったミユキの後ろ姿を見ながら、衛はもしかしてミユキは全部承知の上だったんじゃないかな、と思ったが問いただしはしなかった。ミユキが認めるとは思えなかったからだ。


 それから、嘘みたいに順調に銀行の融資も降りて、内装工事もはじまり惣菜屋『たつ屋』はカフェ『たつ屋』に変貌を遂げた。


 色白美人の淹れるお茶やコーヒー、それからランチには美味しいコロッケ定食やパスタがいただける木目調の落ち着いたカフェは、今日も深川の路地裏で営業中だ。


「あの……ここが『たつ屋』さんですか」


 その看板の横には何故か、油にまみれた『よろずごと請け負います』という木の板がぶら下がっているのだった。

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