33話 とっておきのスイーツ

 瑞葉の小学校の新学期がはじまった。それでも残暑の厳しい日本である。


「はぁ~、地球はどうなっちまったんだ……」

「ぼやきの規模が大きいね」


 衛がでっかいでっかいため息を吐いていると、そこにミユキがやってきた。


「あの東方朔の言う厄災とかいうのを調べてみたけどね、特に詳しい事は分からなかったよ」

「そうですか……」

「少なくともあやかしの類いの厄災とは思えない。あと考え得るのは……天災とかかねぇ。それから穂乃香の事だけどね」

「穂乃香は大丈夫なんでしょうか」

「私も龍神のお使いをして長いけどね、地獄なんて行った事がないよ」


 衛はそれを聞いて改めてほっと胸をなで下ろした。


「くやしいけど、あたし達は待っているしかないのかね」


 ミユキはそうぽつりと言った。歯がゆいのは衛も同じ気持ちだ。


「本当に……出かけるなら一言言ってくれたっていいのに」


 衛の呟きはまだ夏そのものの空に消えて行った。


「え、褒められた?」

「うん。自由研究、よく調べてあるって先生にほめられちゃった!」


 帰るなり、照れくさそうに瑞葉はそう報告してきた。江戸の長屋のミニチュアという衛からしたら地味極まりないものだったが、先生の心には響いたようだ。


「そっか、良かったな」

「それでね、パパ。瑞葉とーっても行ってみたいところがあるの!」


 瑞葉がきらきらした目で衛を見た。これはおやつをねだる顔だな、と衛は直感した。


「なんだ、プリンか? それともクッキー?」

「ううんあのね……とーっても美味しいパフェがあるんだって」

「ほう、パフェ?」

「うん、フルーツが山盛り載っていて夢見たいに美味しい……って知佳ちゃんが」


 また知佳ちゃんか。知佳ちゃんに対する瑞葉の対抗心は並々ならぬものがある。


「それってこの近く?」

「うん『フルータス』っていうお店」

「ほう」


 衛は携帯で店の名前を検索した。すると出てくる出てくる、絶賛の評価の嵐。


「なんだ、近くじゃないか……ってウッ!?」


 衛はそのパフェの金額を見て驚いた。なんとパフェで3000円近くもしたのだ。


「ははは……瑞葉……」


 衛は引き攣った顔をしたが、瑞葉はきらきらした目で衛を見つめている。元々グルメに育ってしまったのは自分のせいな所もあるし、金が無いからとご褒美を我慢させるのも父親として微妙だと思った。


「そうだなぁ……このパフェを食べるには自由研究だけじゃ足りないかな」

「ええ~っ」

「毎日自分のお茶碗を洗って、テストで三回満点が取れたら連れていってあげる」

「うーっ、パパのけち」


 瑞葉は不満そうだが、3000円のパフェだ。衛もそうは譲れない。


「ちゃんと出来たら必ず連れて行ってやるから」

「本当だね! 約束だよ!」


 その時は、衛はそんな約束すぐに忘れるだろうと高をくくっていたのだが……瑞葉の食い意地は衛の予想を大きく上回っていた。


「パパ! これみて!」


 数日後に瑞葉が衛に差し出したのは三枚の花丸がついたテスト用紙だった。


「うお、まじか。瑞葉……よくやったな」

「これで連れて行ってくれるよね」


 そう行って瑞葉はニッコリと笑った。衛は愛娘が義務を果たした以上は約束を守らなきゃならないと腹をくくった。


「そっか、じゃあ行こう」

「やったーっ!」


 その週の日曜日、衛と瑞葉は開店時間にフルータスへと向かった。


「うわっ、並んでる」

「なんで今まで気づかなかったんだろうね」


 ぼやいても仕方が無い、五人ほど並んでいるところに衛と瑞葉は連なった。しばらく待ってやっと順番が回ってくる。


「はぁーっ、暑かった」


 店内はこじんまりとしている。当然ながら親子連れの姿は無い。衛と瑞葉は早速メニューを開いた。


「ううーん何にしよう」

「瑞葉、遠慮はいらないぞ」


 衛は父の威厳を見せるべく、胸を叩いた。ちょっとだけ痛かったのも事実だが。


「瑞葉、フルーツパフェ」

「じゃあ俺もフルーツパフェにしよう」


 頼んでしばらく待つと、届いたのは惜しみなくフルーツを盛った宝石のようなパフェだった。


「うわっ、落っことしそうだな。瑞葉気を付けろよ」

「う、うん……」


 したたりそうなくらい果汁を湛えた大きな桃のひときれを瑞葉が口にほおばる。


「んんっ! すごい! パパこれすごいよ!」

「どれどれ……」


 瑞葉に釣られて、衛も自分のフルーツパフェに入っていた桃にかぶりついた。驚くほど濃厚で芳醇な桃の香り、そしてじゅるりとあふれ出る果汁が喉を伝う。


「う、美味い……」


 フルーツとはこんなにも美味しいものだったのかと衛は身を震わせた。そしててっぺんを飾る葡萄を口にする。酸味やえぐみなど一歳感じられない芳しい一粒の葡萄。それを堪能して下のアイスを舌に乗せる。乳の旨味を堪能した後に再び桃に食らいつく、スッと引っ掛かりなく歯を通す柔らかな果肉は衛をうっとりとさせた。


「パパ……連れてきてくれてありがとう」

「いや、また瑞葉が頑張ったら連れてきてやるからな……!」


 衛はこの味はもう忘れられないだろうと思った。また何か良いことがあったら絶対にこよう。その時は、自分と瑞葉とそして穂乃香も一緒に。

 衛は桃の最後の一切れを堪能しながら、心にそう誓った。

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