これぞ、ダーク・ファンタジー!
『ザ・ダーク・ファンタジー』です。
それ以上の言葉は浮かびませんでした。
魔物に襲われた村から、助けを求めて勇者の元に駆け込むお嬢さん。しかし勇者は薬漬けでボロボロ。……えー、どうすんのこれ? と思いつつ、
じゃあ勇者視点で見たらどうなんだよ〜。
辛い思いをしてやっつけて、『ありがとう』や『名誉』だけで終わりかよ。たまたま、剣の腕がイイとか、異能の力が使える。それだけで勇者にさせられて、平凡でノンビリとした生活は送れないのか?
勇者なんかやめて、狂ってしまえ〜!
イヤイヤ、もう一歩進んで……。
どうせ狂ってる世界なら、この薬さえあれば狂えるんだ、誰でも勇者になれるんだ。
平凡な人間なんかやめて、アンタが勇者になれや〜! もうそれでいいだろう?
貴方の身近な世界でも、立場が違えば、色々とあるでしょう? そういう意味では、リアルでも起こり得る、ダークファンタジーです。
さあ、貴方も貴女も。
人間やめますか? 勇者やめますか?
個人的に勇者が出てくる話ってあんまり読まないので、勇者物=勇者にとって都合の良い世界観で繰り広げられる物語というイメージがあったのですが、こちらの作品は独特の雰囲気があって新鮮でした。
人々が無意識に享受している平和とか、勇者に押し付けられた責任とか、そういう明るい英雄譚では中々描かれないような部分にスポットライトが当てられています。
そりゃ危ない葉っぱに頼りたくもなるよね、と思わず納得。でもこの勇者、ちゃんと勇者でした。
変に正義感だけで塗り固められた勇者よりよっぽど人間味があります。
勇者だからって綺麗事だけで何でもできるわけじゃない、そんなことを考えさせてくれる作品です。
なんてものを書いちまったんだ!!
でもそうか、そうだよな! そうなるんだよな!
倫理観、道徳感、勇者像、あらゆる概念が吹き飛ぶ荒廃ファンタジー。
ファンタジー作品で勇者が魔王を倒すそのカタルシスに浸り、読み耽っていたかつての自分に、狂気という名の短剣が突き付けられる。
勇者と少女、世界と紫煙、魔物と騎士。いったいどちらが狂っているのか。或いはどちらも狂っているのか。
どっちなんだ、選べるのか?
活字の向こう側で寝そべって他人事みたいに物語を追っているだけの私に。
綺麗事で塗り固められた明るい世界の裏側にフォーカスを当てた大問題作。
しかしだからこそ、そこには真実がある。
狂ってた!(褒め言葉)
物語の最初から最後まで、狂った!(褒め言葉)
目の付け所というか、発想というか、お見事というしかないです。
今、流行っている『異世界ファンタジー』の闇を見せつけられた気分です。
作中に出てくる、『お国のために、廃人になっても戦ってくれ』というセリフ。
そうでもしないと、戦っていけないよな、としみじみと思いました。
ファンタジーはご都合主義な部分がかなりあります。それを無視しないと、キリがないし、面白いものが創れないから。
私たちは知らず知らずのうちにそれ無視し、そう言うものだ、と受け入れてきました。
それを無視しなかったのが、この作品。きっと、短編だからできることだと思います。
最後の展開はぞわぞわっときました。
是非、異世界ファンタジーを読んでる方々のに、読んでもらいたいです。
例えば人は、刺しもしない黒い虫が物陰から現れただけでもギョッとするものである。
ならば現れたものが人間よりも大きく、より異質で禍々しく、そして人を簡単に殺しうる存在であったらどうだろうか。
正気を失うか、これは夢だと思い込むか、いずれにせよ平静ではいられないはずだ。
しかし、我々のよく知るファンタジー勇者達は、魔物共を相手にそんなそぶりを見せはしない。我々も、そういうもんだと思っているがゆえに、違和感を感じない。
この短い物語は、そういった現実とファンタジーの溝に投じられた一石である。
元英雄の介護施設というアイディアに続く、ファンタジーの語られざる一幕。素晴らしいアイディア。
皆さん、是非ご一読を!