第10話 小野川の一言

「で、お前高校時代のダチって来るのかよ」

「まあ五人ほどね」

「お前の趣味の筋かよ」

「四人はね。一人は職場でも同僚になった縁だよ」


 浅野は浅野で、それなりには高校生活を送って来たようだ。普通レベルの学校で、普通に勉強し、普通に遊び、普通に部活動をして来た。


 ただ一つ普通じゃねえ事があるとすれば、こいつは俺と違ってゲーム機を手放さなかったって事だ。中学に上がって俺がすっぱり足を洗ったのに対し、こいつはますますのめり込んで行った。それでそのまんま高校に入ってもずっとゲーム機を握り続け、今の今まで来ちまったって訳だ。

 なんとなーく流行で触れてただけの奴が抜け、俺のようにそんなガキっぽい事やってられるかって背伸びした連中が抜け、ゲームばかりにうつつを抜かしてるほどヒマじゃないんだよと言う正当な理由でまた別のお方が抜け、残った連中の集まりの一人が浅野だ。




「そういやお前さ、小学校出てから小野川に会った事あるか」

「中学校出る間際にちょっとね。津野はその時受験勉強で缶詰めだったでしょ」

「ったく、慣れねえ勉強なんぞするもんじゃねえな。ってか慣れなきゃいけなかったんだろうけどよ」


 あの時期は小学五年生の八月下旬、夏休みの宿題に追われ続けた時と同じぐらいまいったね。本当に文字と数字ばっかり覚え込んで、まさか高校で浪人だなんてシャレにもならねえと思ったから必死こいてやったつもりだけど、本当に外に出られなくてイライラが募ってた。

 何せ万が一を恐れて本命以外に偏差値五十越えを含む四つの高校を受験し、しかも一番レベルの高い所に合わせてたもんだからまさしく拷問だったぜ。まあ結果的に本命に受かったから別にいいけど、本命より高い所にはひとつも引っかからず。

 でも今となっちゃそれで良かったと思ってるね。身の程より高い所に放り込まれてたら俺は多分ついて行けずに中退して今頃ニートかいい所フリーターで、カミさんとチビたちなんかもらえなかったと思ってる。

 まあ、俺自身どんな高い所に受かっても本命以下じゃなきゃ浪人したかもしれねえけどな。俺にとっての親に対する最大の反抗だったかもしれねえその行動を、俺はする事なく今まで来ちまった訳よ。




「で、そん時小野川は何っつってたよ」

「まさかとは思うけど、まだゲームなんかやってるのかって」

「お前どんだけ話してたんだ」

「ほぼ第一声で。それで僕がそうだけどって言うと首をプイッと傾けてそれっきり、ほとんど何にも会話しないまま終わっちゃったよ」


 3年ぶりの再会の第一声が「まだゲームなんかやってるのか」だって?


 無愛想って言うか、一方的って言うか。そういう話って中学生活はどうだったとかある程度筋道を付けてから言うもんじゃねえのか?って言うかそんな上から目線って言うか、脅しめいた物言いをぶっつけるような必要がどこにあるのかね。そういうニュアンスの事を言うにしても、もうちいオブラートに包んだ言い方ってのがある気がするぞ。


「で、お前招待状をやったのか」

「一応ね。でも本当に丁重な断り文が届いて来たよ」


 俺は浅野に招待状を寄越したが、小野川にはやらなかった。

 単に住所を知らなかっただけだったが、たぶん寄越していたとしても来なかっただろう。幼なじみだなんて、十数年も経てば古びた過去だ。その過去にしがみついているような野郎の事など、小野川にはどうでも良かっただろう。

 ましてや小野川の小学校時代の最大の思い出なんて、あんな最悪のモンしかねえ。小学校時代までしか付き合いのねえ俺の事なんか思い出したくもなかっただろう。その点では俺はラッキーかもしれねえ。


「あの時は笑っちゃったね。何て言うかさ、こっちの私生活をまるで見通したかのような鋭い指摘があっちこっちに散りばめられててさ、その上で強い断りの意思が見える感じでね。嫁と一緒に読んでてちょっとビクビクしちゃったぐらいの名文だよ。小説家になったらすぐ賞が取れそうなぐらいだったよ」

「俺が読んでも多分意味なんかわからねえんだろうな」


 バーカ、アーホ、腰抜け。ケンカになってもこれ以上のレベルの悪口なんか俺からは出て来なかったし、返っても来なかった。職場でも上から言われる叱責の言葉はノロマ、しっかりしろ、ちゃんとやれぐらいしかねえ。ボキャブラリーの少ない職場だが、それで別段何か困ってる訳でもねえ。


 俺らにはそれ相応の悪口ってもんがあるように、小野川のレベルにもそれ相応の悪口があるんだろう。だから、そんな異世界の悪口を投げ付けたり投げ付けられたりした所でどっちも痛くねえ。悪口にも相手を見極めた上でのピンポイントって奴が必要なんだろうね、学びたくもねえ技術だけど。ったく、んな技術をどこであいつは身に付けたんだろうね。

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