第14話 小学二年生の親たち
二十三年前の夏、俺たちがのんきに陽気に浮かれている頃、親たちはあっちこっち走り回っていた。データによれば発売した翌年のがもっと売れたそうだが、なるほど当時は人気ほどには市場に数がなかったようだ。
うちのクラスで流行らせ始めたのは朽木だが、小学校の最寄り駅から四駅先のデパートにもなかなか卸されない程度の人気しかなかった時から目を付けてたあいつの眼力ってのも大したもんだ。それで人気があるもんだから、中古屋にもめったに流れねえ。
やたら欲しい欲しいって言うもんだからお金を貯めなさいと言われ、そんでみんなして真っ正直に金をため込んだもんだからお金がねえとも言えなくなる。
なればこそ、その要望に親としても答えてやらねえわけにいかなくなる。
俺?昔っからあまり欲しがらねえ奴だったからそんじゃたまには言う事聞いてやるかってオヤジがすんなりと買って来てくれたんだよな、二年生への進級祝いにゲームソフトを買ってくれるような親などそうそういやしねえだろう。
賢い親はデパートなんかで取り寄せ注文を願いもしたが、それとてかなり待たされたらしい。まあ待たされようが中古だろうが何だろうが、ちゃんと入手できればオールOKなんだけどな。
そんで小野川のおふくろさんも、小野川にせっつかれてたらしい。まあ、クラスで自分一人だけが持ってないとなるとプレッシャーってのはデカいよな。
実際、一学期のしまいの頃には小野川はクラスでかなり孤立してた。親父さんもそれなりには探してたのかもしれねえけど、結局一学期中には見つけられなかったようだ。
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6:00 起床
6:10 ラジオ体操
6:30 朝飯
8:00~10:00 宿題片付け
10:30~11:30 ゲーム(1回目)
11:50 昼飯
12:20 プール
13:50 お手伝い
15:00 おやつ
16:00~17:00 ゲーム(2回目)
17:40 夕飯
18:00 絵日記
18:30 風呂
19:00 テレビ(見ない日もある)
21:00 就寝
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これが俺の、二年生の時のある夏休みの一日。
雨の日はプールがなくなって手伝いが増え八月半ばを越えると宿題をやる量が減る、そういう細かい違いはあるが四十日間の内これが一番多い組み合わせだった。
おふくろから絵日記にゲームの事ばかり書くのをやめろと言われた事もあるが、実際その年の絵日記ではクラスの半分以上の人間がポケモンの事を書いていた、それも一週間分以上。ちなみに俺は計算したら九日分だった。
今日は何もねえなって時に逃げるのにちょうど都合がよかったんだよ。おふくろも、八月頭にクラスメイトの家で絵日記を拝見した際に俺と同じ事になってるのを見て黙っちまったからね。
とにかくだ、それほどの影響力を持ってるもんを拒否する訳にも行かねえ。よそはよそうちはうちを振りかざすには、あまりにも強大すぎた。
小野川自身それほど大きな欲もなかったようだが、どうも小野川以上に同じ保護者の皆様の方々からの突き上げが強かったらしい。
あれほどの人気がある物をどうして拒絶するのか、どういう教育方針をしているのかとかさんざん言われてたらしい。
「自分の子どもを孤立させたいんですか」
「そんな大げさな話なんですか」
どこかの親からそうぶつけられたらしい。そりゃ学校の中にまでゲームそのものを持ち込んだら問題だが、何を話すかまで制限する権限なんてだーれも持ってねえ。その話に加われないのは非常にまずい。
「安い出費じゃないかもしれませんけどね、ふだん無駄遣いが絶えなかったうちの子もあれを買って以来ピタリと止まったぐらいですからね」
「お金を稼ぐ事が簡単じゃないって知ったみたいで」
「えーと、その、うーん……」
「最近じゃ自分用も買おうかなって思ってるぐらいですよ、こんなのは数年ぶりです」
内心では納得行ってなかった親もいたらしいけど、こうもあからさまにもてはやしてる意見が続出すると押し黙るしかなくなる。マルチ商法とか民主主義でもあるまいが、圧倒的多数の意見に逆らうのは難しい。そんな中必死に悩むふりをしていたのは自分なりの抵抗かもしれねえ。
「でもその、本当に役に立つんでしょうか……」
「あら小野川さん、あなた子どもの時おもちゃをねだらなかったんですか?」
そこに、このとどめの一撃。自分は良くて子供はダメだなんてダブルスタンダードを振りかざすような人間が信用される訳はねえ。
小野川のおふくろさんが子どもの時何を欲しがったのか俺は知らねえ。たぶん俺のおふくろと似たようなもんを欲しがったんだろうけど、それが何なのかも俺は知らねえ。今俺はおふくろと同じ立場に立たされてる訳なんだけど、そん時に自分が欲しがってたもんと同じもんを与えりゃいいって考えられるっつーのはラッキーなんだろうな。
「わかりました、探してみようと思います」
「だったらあそこのデパートで注文すれば一発ですよ」
「あそこダメでしょ、二週間待たされましたよ。小さなお店で探した方が」
インターネットもまだまともに通ってないご時世だ、今時のようにネット通販で探して注文すればほぼ確実に手に入るなんて(それでも待たされるもんは待たされるが)甘い話はない。
それゆえに親たちは東奔西走してにわか仕込みの知識を詰め込み、そして自分の新鮮な成功体験を悪意なしに伝えようとした。小野川のおふくろさんの本音は多かれ少なかれ無視されながらと言う前提込みでだが。
お偉いさんのご機嫌取りなどまっぴらごめん、と言うほど俺は坊やでもない。けれど、俺なりに誠意を見せるために目の前の仕事に集中するぐらいはやる。って言うか、俺にはそれ以上の事は出来ない。ともかく、そのおかげで今一応は真面目な工員様として君臨していられる。
俺の親父だって、よその皆様だってみんなやって来た事だ。それは男に限らず女だって同じだろう。似合わねえ洋服を素晴らしいお召し物ですねっつったり、けばけばしい宝石をうらやましいとほめてみたり。それもご機嫌取りって奴なんじゃねえだろうか。
しかしそのご機嫌取りのために、一万数千円もの現金を使わされるとなると話は違うのかもしれねえ。いやそれでも、他に何らかの使い道がありそうならばそれでもいい。服とかカバンとか、宝石とか。
それがよりにもよってオモチャと来たもんだ。
いくら必要だとわかっていてもやりきれなかったのかもしれねえ。
賞味期限がどれだけあるかわからない、バカ高い使い捨て品。
しかもそのせいで愛する息子がマイナスの影響を受けるかもしれないと来れば、二の足を踏むのも仕方ねえかもしれねえ。
でも情勢はそれを許さないほどに迫ってたと来れば辛かっただろう。
その心境は残念ながら今の俺にはよくわからねえし、塔子に聞いても多分わからねえだろう。だって、俺も塔子もわりかしすぐ上司やら店員やらに聞いちまう人間だから。
その代わり、聞かれるとあっさりと答える人間でもあるけれどな。ってか、少なくとも俺は頭が悪いからつまんねえごまかし方なんぞ思いつけねえだけなんだけどな!
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