第15話 アニキの仲間たち

 小野川の事件も適当に風化した年末、何の予告もねえまま塔子のアニキが日本へ帰って来た。そんで俺ら親類を差し置いて刑事さんのお墓に行く辺り実にアニキらしい。

 そして、来る一時間前に塔子に連絡を寄越す辺りもっとアニキらしい。




「兄さん!」

「いやー、可愛い甥っ子姪っ子たちを見たくってなあ」


 十二月だってのに、日に焼けて真っ黒な手足をさらけ出しながら声を上げるアニキ。まあそうだよな、アフリカって大半が南半球だよな、十二月って真夏だよな。


「おじさーん」

「おうおじさんだぞ、お母さんのアニキだぞー」

 いつもは俺の事を頼りがいのある親父だと思ってくれてるチビたちが、すっかりなついちまってる。ったく、かなわねえよなあ。このご立派なアニキの肉体と来たら、男でも惚れそうなぐらいだ。

「今夜はここで寝させてくれねえかな?」

「ああいいっすよ、ただ来客用の寝具なんてねえっすけど」

「かけるもんがあれば十分だよ」


 十二月だってのに、ったく豪快なお方だ。はるばる遠くから来た上にチビたちの相手をしまくってお疲れのはずなのに、まあ元気な事だ。

 で、チビたちがグッスリ眠ってる中俺と塔子は一杯の缶ビールを二人で分けて喉に流し込み、アニキはウーロン茶をすすってた。ったく、この風貌で酒が一滴も飲めねえんだから笑っちまうよなあ。

「アルコールパッチテストってお前知ってるか?二十歳になったついでに受けてみた訳よ試しにって訳でさ、それでこういう結果が出たもんだから大爆笑しちまってさ」

「兄さんの二十歳って高校生でしょ」

「まあな。それでも知るに越した事はねえだろ」

「タバコはどうなんです」

「やめたよ、二十年前にな」

 ツッコミを入れるのはやめた。アニキにしてみれば振り返りたくもあり振り返りたくもなしの過去なんだろう、ここは適当に流すのが吉だと思った。

「未成年者のくせにタバコなんぞ吸っちまって、家にもまともに帰らねえで夜までバイクぶっ飛ばしたりふらふら歩き回ったり、親父とおふくろと弟と塔子を泣かせてばっかしだったね」

「それ家族全員って言いません?」

「まあそうだな」

 いつ何時どうしてこんな風になっちまったかは聞いてねえけど、塔子からチラチラ聞かされた話によりゃ俺と逆のケースらしい。まあ要するに、身の程を越えた高校に入っちまって振り落とされたって事か。




「同じような連中とつるんでいる内に本格的にドロップアウトしてよ、夜遊びなんぞ日常茶飯事になっちまってな。熱心にやってた事と言えばバイクの免許を取る事だけ。あとこれで飯を食ってやると偉ぶってバイクの整備士の資格も取ろうとしたぜ、実際に取れたのは大学を出る間際だったけどな」

「なんだかんだ言ってやるべきことはやってたんじゃないですか」

「不真面目にやるために真面目にやるべきことをやる、世の中おかしなもんだよな」

 すべてはただ単に、気に入らねえことをぶつけるためにバイクをぶっ飛ばすだけ。暴走族、いや今は珍走団か。そういう連中に加わってやろうとでも思ったんだろうか。

 俺にはああいう事をする度胸はねえし、その意味も感じなかった。で、そういう団体の前段階のような連中と毎日つるんでいたアニキには、もちろん小学二年生なんていう坊やがキャッキャと喜ぶオモチャなんぞ目に入らなかっただろう。




「でもさ、タバコは体に悪いって本当だな。その事を早々と思い知れたのはラッキーって奴だよ」

「ラッキーってどういう事っすか」

「不摂生のツケが来たんだよ、ある日」

「ぶっ倒れてたんですか」

「ああそうだよ、体壊してな。幸いただの風邪で一週間で治ったけど、今から考えると神様ってやつはいるもんだね」

「神様っすか」

「だって、そうじゃなきゃ俺は多分人殺しになってたよ」


 人殺し、まあずいぶんと重たい言葉だ。間一髪でくぐり抜けたけれど、その肩書きのあるとなしでは人生の難易度はめちゃくちゃ変わるし、人間の価値もまたしかりだ。

 夜の街をフラフラ遊び歩いてる不良気取りと厚生労働省のエリート官僚って聞いて前者を高く買う奴はほとんどいねえだろうが、後者が無差別殺人犯と聞けば話は別だろう。


「仲間たちには悪いけどよ、そのせいで俺だけは逃げ切れたんだ。で、その時出会ったのがあのお方って訳よ」



 それで、風邪っ引きのまま事情聴取を受けて出くわしたのがアニキの恩人の刑事さんだそうだ。ったく、世の中何が幸いするかわかんねえよな。そして何が災いするかもだ。


 小野川の起こした事件で死んだ4人と小野川の間には、何の面識もなかった。ただそこにいたと言うだけで、一方的に殺された。テレビや新聞、ネットで流れる情報からすると小野川に反省の二文字はなかった。弁護士の先生は心神耗弱とか言ってたけど、あんな顔をした心神耗弱患者っているのかね。

 ここにいたお前が悪いと言わんばかりのやり口にあのふてぶてしい顔。そこにかすかにあきらめと絶望が見えなくもねえってカミさんと職場の先輩は言ってたけどよ、俺にはその二つは犯した罪に震えてるって言うよりたった4人しか殺せなかったって言う後悔から出ている風に見える。

 当然のようにこいつの過去もメディアによってほじくり返されたが、二十二年前の事件についてはちょろっとしか出て来ない。八歳の時に母親を亡くし、で終わりだった。



「それ以来心を他者に開かなくなり、勉学にのみ集中するようになり友人などひとりもいないまま現在まで成長し、それで心に鬱屈を貯め込み爆発した物と思われます」


 評論家様はそうおっしゃっていたが、爆発したんならその後しぼむもんじゃねえのか?テレビにちらりと映った小野川の顔はまだぜんぜん元気だった、多分自分のやってる事が正義だと信じて疑ってないんだろう。

 釈放したら多分こいつは同じことをする。俺はそう確信した。死刑かよくて無期懲役なのは、国からの慈悲って奴だと思いたい。

「しかし人殺しってのは知ってますけど、具体的にどんな事件だったんすか。塔子、お前は聞いてないのか」

「聞けないわよそんな事、まあニュースとかで見てるからあらかたの事は知ってるけど」

「お前は聞かなくてもいいぞ」

「いや、もう私もアラサーの人妻で二児の母だし。もう準備はできてるわ」

「そうか、でも俺はあくまでも当事者じゃねえからな」


 他人の話って奴は、往々にして尾ひれがくっつきやすいもんだ。そうでねえとしても、話した本人が勝手にくっつける事もあるからやらしい。

 それでも、当事者に極めて近い奴の貴重なお話だ、聞いておくに越した事はねえだろう。










 ここから先は塔子のアニキが、昔のダチから聞いた話になる。

 そのお方は刑期を終えた後アニキが通ってたのと同じ定時制高校に入り、そこから地方の工場で地道に働いては被害者への補償に努めてたらしい。今どうしてるかはわからねえそうだ。




 そのお方が言うには、あの日自分たちはいつものように歓楽街に集まってやいのやいのと騒いでたらしいんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る