第16話 事件(暴力・残酷描写あり)

 ここから先は塔子のアニキが、昔のダチから聞いた話になる。そのお方は刑期を終えた後アニキが通ってたのと同じ定時制高校に入り、そこから地方の工場で地道に働いては被害者への補償に努めてたらしい。今どうしてるかはわからねえそうだ。


 そのお方が言うには、あの日自分たちはいつものように歓楽街に集まってやいのやいのと騒いでたらしいんだよ。












※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「今日キヨの奴どうしたんだよ」

「何でも風邪でぶっ倒れてるってよ」

「あーあだらしねえなあ」




 男3人に女2人、髪染めたりむちゃくちゃな髪形にしたり、工場勤めになってからも楽でいいからって坊主に毛が生えた程度の長さの髪形で通してる俺からすると信じらんねえほどの手間をかけて、安いのか高いのかよくわからねえ色落ちのジーンズの上下を身にまとった連中。

 キヨって言うあだ名で呼ばれたアニキも、ほとんど同じような髪形、ほとんど同じような服装でそういう場所をうろついてたそうだ。


「じゃ今日もぶっ飛ばすか」

「おうよ」


 三台しかないバイクに5人で乗り込み、ヘルメットも三個しかつけねえままぶっ飛ばしたらしい。しかもその内一台は無免許運転であり、本来なら免許を持ってるアニキがぶっ倒れたもんだからいつも二人乗りしてた相方の女の人が見よう見まねでハンドルを握ってたらしい。


「気をつけろよ、警官に見つけるとまずいからな」

「だからって二台だけ動かすよう事俺らがするか?」

「しねえよなあ!」


 60って60マイルの事だろと言わんばかりに派手な音を立てて三台のバイクは走った。

 あぶねえなとか速度を守れとか言うドライバーたちの罵声などどこ吹く風と言わんばかりに道路をぶっ飛ばし続ける三台のバイクに乗る5人の耳に、予想していただろう声と予想できなかった音が鳴り響いた。


「やめなさい!」





 そう言いながら横断歩道の真ん中で手を広げたアラサーの女性を、よけきれず先頭のバイクが轢いちまった。



「おいどうしたんだよ」


 さすがにブレーキをかけてその女の人に寄り添おうとしたんだけど、するとその女性は痛そうな素振りも見せずに立ち上がって5人を鋭い目つきで見据えて、こう吠えたらしい。

「あなた達、すぐさまお家に帰りなさい……!そうすれば、私のせいにしてあげる」


 実はこの時、横断歩道は赤信号だったそうだ。もちろん法定速度や無免許運転、無帽など問題はたくさんあったが、赤信号で横断したとなればそこの責任までは問えないだろう。

 だがこの心が広いって言うより恩着せがましい物言いに、5人は一斉にキレた。



「このババア!」


 リーダー格の男に女性は頭と腹を殴られ、ふらついた所をその男に抱え上げられた。


 それで人通りのない事を確認した5人は女性が大声を出さないようにハンカチで口をふさぎ、そのままバイクを置き捨てて裏道へ入り込んだ。




 ちょうど、この辺りはそのお方の地元だった。それで土地勘があったもんだから、この迷惑って言うか荷厄介なババアを閉じ込めちまおうって事になった訳だ。

 地元でたまり場にしてた廃倉庫に女を連れ込み、そこの壁にその女を叩きつけた。


「早くお家に帰りなさい!」

「おいババア、それしか言えねえのかよ!」

「こんな時間まで遊んでないで、すぐ帰ってパパとママを」

「るせえよ!」

「はや、く……かえりな…」

「ほっといてよ!」

「ほっとけ、ない、はやく、かえって…」




 そこまでされてもわめくでも怯えるでもなく早く帰りなさいを連呼するその女に、5人ともさらにイライラが募って来たそうだ。

 それで殴ったり蹴ったりしたようだが、それでもその女が言う事は変わらなかった。


「落とし物拾っちまったぜ」

「ああいけない、落とし物しちゃうなんて、じゃあ早くお家に帰りなさい」

「やーいこのテープレコーダーババア」

「満足したのなら、お家に、帰って、ね」




 私物のカバンを奪っても、三十路にしか見えない女をババア呼ばわりしても、言う事はまったく変わらない。

 だんだんと、気味の悪さを覚えて来たそうだ。


「他に言う事はねえのか!」

「早くお家に帰ってパパと」

「このっ!」

「ママは、今頃、お夕飯のっ、」

「痛いぐらい言えよ!」

「はや、くっ、お家に……」


 それで首根っこをつかんでひざ蹴りを食わせてやったが、それでも変わらなかったと言う。

 まるで、それさえ果たせれば何をしてもいいと言わんばかりの薄気味悪い態度が5人をなおさらおびえさせ、戦意をあおったらしい。


「他に言う事はねえのか」

「早くお家に帰ってママを」

「るせえよ、俺は一人暮らしだ!」

「でもたまには……」

「いつまでてめえは同じ事を言ってやがるんだ!」

「あなたたちがおうちに帰ってくれるまで……」

「黙れこのババア!黙らねえならボコボコにしてやるからな!お前ら、やるぞ!」

「満足したら、はや、く………」


 殴られ続けて顔の形が歪みながらも、言う事はまったく変わらなかったらしい。 痛いとすら言わないで、ただただ帰れ帰れと連呼するオバサン。

 そのオバサンから他の反応を引き出すために、集団リンチは開始された。


 しかしそのオバサンは痛みに身をよじる事はあっても、口から出る言葉はぜんぜん変わらなかった。

 何か言えよと言うリクエストに応える事なく、ただただ「早くお家に帰れ」「親を安心させろ」と連呼するばかりだった。

 そしてその言葉から苦しみや痛みは感じられず、ただひたすらに暖かった。

 この荒れ放題に荒れた存在にただぬくもりをもたらし、肥沃な大地に変えようとする事だけを目的にした無償の愛。

 そんなもんをオバサンからしてみれば撒き散らしているつもりだった。

 でもそれは、5人に届く事はなかった。


「ハアハア……」

「もう、まん、ぞく、でしょ……ああ私は帰るから、あなたたちも」

「てめえ…!」

「もう、よくばりさんなんだから…」



 この時、もしそのオバサンから怒鳴られていたら素直に負けを認めたかもしれない。

 泣かれていたら、ある意味での勝利を成し遂げたと見てやはりそれで満足したかもしれない。

 しかしそのいずれでもない、あくまでも頭をなでるようなやり方が、そのオバサンの命を奪ったっつー事なんだろうか。


「二度とそんな事ほざけねえようにしてやる!」

「おう!」


 4人がかりで両手両足を抑え込み、残った1人の女は廃工場の片隅に転がっていたロープをつかみそのオバサンの首にかけ、ありったけの力でオバサンの首を絞めた。


「おう……ち、に、かえり……なさ、い…はや、くっ、……お、うっ…ちっ…にっ………パ……………」





 だがそこまでやられてもなお、オバサンの言う事は変わらなかった。

 それで息が止まるまで、いや息が止まってもなお強く女は首を絞め続け、やがて顔が青くなったのを確認した上に残った4人がそれぞれとどめを刺すように首を絞めた。






「ったく本当にしつけえババアだったぜ」

「どうする」

「ほっとけば大丈夫だよ、こんなとこ当分誰も来ねえから」


 5人はようやく死体になった事を確認してオバサンを残し、何事もなかったかのようにバイクへと戻った。


 衝突する前の愉快な気分を多少害されたと言った程度の調子で、再びバイクで法定速度なんぞ知った事だと言わんばかりの暴走を始めた。


「にしても何なんだよあのババア、わざわざ俺たちに衝突して来てよ」

「いるんだよな、ああやって賢しらげに説教するババア」

「ババアって言うけどあれで結構若そうじゃん、なんて言うかまだ三十代ぐらいの」

「三十代?そりゃそう見えたけどさ、中身はひでえぐらいババアだったぜ」




 それでもその先の話題を占拠する程度には、そのオバサンの命がけの訴えも力があったって言う事だろうかぐらいに考えていたら、唯一一人乗りしてた女の運転がおかしくなり始めたそうだ。


「おいどうしたんだよ」

「何か変な声聞こえない?」

「何だよおい」

「まだ生きてるのかい!あんたなんか帰れなんて言われる筋合いはっ!」


 あのオバサンの声が、耳に入り込んでたらしい。


 幻聴って言うにははっきりしすぎているし、道ばたの誰かの声と言うには近すぎる。まるで、耳元にぶら下がって囁かれているような感触だったらしい。

 元々無免許運転だった上に、そんな変な声が聞こえて来たもんだからたまったもんじゃない。今まで全くなかったはずの恐怖心が一挙にこみ上げ、まともにハンドルが取れなくなる。

 その背中に余裕はまったくなく、止まればいいじゃねえかと言う声に対しても謎の声に追いつかれそうでできないとわめいていた。

「助けてー!」

「おいお前まずブレーキを」

「イヤだぁー!」




 そしてそのままハンドル操作を誤り、電信柱に頭から突っ込んだ。ヘルメットもない状態で法定速度なんぞ知った事かと言わんばかりのスピードで走ってたんだ、結果は言うまでもなく即死。

 その死体の顔は、恐ろしいぐらい歪んでいたそうだ。


 そしてその顔を見た4人の耳にも、次々とあの温もりに満ちたオバサンの声が響き渡り出した。携帯電話なんかめったに持てない時代、4人ともとりあえず誰かに当たる事を祈りながらバイクを走らせた。


 でも下手に土地勘があったせいで人通りのない時間を選んだためまるで人に当たらず、結果公衆電話に当たるまでひとりも会えなかったそうだ。

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