最終話 生み出す物

「それで死体を収容してもらい、その上で罪を告白したって言うんですか」

「すぐにはしなかったそうだ。でも次の日になって仲間の1人がとんでもない耳鳴りに襲われて精神をやられたらしくてな、それで耐え切れなくなって警察に自首したらしい」





 死体は4人の証言により発見され、暴行致死罪で4人は逮捕された。


 4人は死んだ1人含め全員で首を絞めたから同じ罰をと言い合ったが、正確な捜査により最初に思いっきり首を絞めて直接的な死因を作った女には懲役十六年、残る三人には懲役十~十二年の刑が下された。

 未成年者である事などお構いなしの判決。軽すぎるとか言う意見もあったらしいが、法廷でも自分たちの犯した罪とあの生暖かい声にさいなまれていた姿を隠せなかった人間には十分に重い罰だろう。




「改めて謝らせてくれよ、まさかお前の同級生の母親だったとはな。何と言ったらいいのかよくわからねえけど」

「兄さんには関係ないでしょ」

「被害者の旦那さんにもそう言われたよ、まあ向こうも大人だったからそれなりに感謝はしてくれたけど。しかしその仏壇にかかってる写真のきれいな事、悲しいって言うより痛々しかったね本当」


 俺はあの葬式以来、小野川の実家に上がり込んだ事はほとんどない。

 一応就職が決まってしばらく親元を離れるってなった時に一度だけ上がり込ませてもらったけど、やっぱし遺影に映る小野川のおふくろさんの顔はあの葬式の時と変わってなかった。同じように不気味なまんまだった。なるべく目を合わせないようにしながら頭を下げ、そそくさと家からお邪魔した。

「にしても、まさか小野川のおふくろさんをアニキの昔の仲間が」

「本当にどうしようもねえ奴らだったし、俺もその仲間だった」

「しかしなぜ、小野川のおふくろさんはあんな所に行ったんすかねえ」





 俺や浅野、小野川の実家から犯行現場まではどんなに電車を乗り継いでも一時間以上かかる。そんな場所まで一人で何をしに行ったんだろう。


「さあな。ところでお前、葬儀に出たのか」

「出ましたよ、小学二年生で何だか意味がよくわからないまんまに」

「どんな死に顔してたか」

「なんていうか、実に安らかでしてね。葬儀屋さんとお医者さんたちにびっくりしましてね」

「そうかあ、実に安らかだったか。悪いな塔子、ウーロン茶もう一杯くれ」


 実に安らかと言う言葉を聞いたアニキはウーロン茶を飲み干し、塔子にグラスを突き付けた。塔子がハイハイと言いながらペットボトルから茶を注ぐ間、アニキはまったく動こうとしなかった。

 あんなひどい死に方をしながら安らかな顔でいられたのはなぜだろうか。葬儀屋や医者のお陰様と言うには単純すぎる気もする。





 それで小野川は、その安らかな死に顔を見てどう思ったんだろうか。派手に泣いていたから悲しいのは間違いねえんだろうけど、あるいは俺のオヤジやおふくろのように自分を責め続けたのかもしれねえ。いや間違いねえだろう、他人である俺の両親でさえやりきれない思いを抱えてたんだから身内なんてなおさらだ。




「浅野の奴、子どもできたらしいっすよ」

「おおそうか、お前の親友もいよいよパパか!」


 ひと月前に俺が聞かされたその吉報を、小野川が聞いたらどう思うだろうか。たぶん結婚式の出席を全力で拒絶したような奴だから、そういう連中が出産と言うさらなる吉事を行うってだけでますます気分を害し、そしてとんでもない悪意を持った言葉を投げ付けたかもしれねえ。

 もちろんそれはさらなる孤立を生み、ますますあいつを追いつめただろう。自業自得って奴ではあるが、哀れにも思えてくる。

「あなた何話を変えてるの」

「暗い話より明るい話のがいいだろ」

「まあそうよね」

 塔子は口では微妙に不服そうだったが、それでも旦那の親友の嫁の妊娠に顔は笑っていた。

 お互いこうやって笑い合えるような存在が、小野川にはいなかったんだろうか。そう言えばあいつが俺の前で笑った顔をしたのは、小学三年生の冬のあの時の、精一杯隠そうとしたあの顔が最後だった。

 それをノーカウントにすれば、あの事件以来本当に一度もねえ。いや、テストで100点取ったとか中学受験合格の報告が届いた時は本当にいい笑顔をしてたが、休み時間とかでは一度もなかった。まるで、そうしてはいけないって言う強力な、って言うか絶対的な何かがかかってたみたいだった。


「あっいけねえ!」

「もう兄さん、何やってるのシラフなのに!」

「ふきんくれよ」

 んな事を考えながらビールを飲み干そうとすると、アニキがウーロン茶の入ったコップを落としちまった。コップは無事だったが中身はぶちまけられ、テーブルとフローリングの床が濡れちまった。

 ったく、こんなにそそっかしい一面があるとは思わなかったね。まあそれも愛嬌って奴なんだろうけど、少し印象が変わった事だけは間違いねえ。



 でももし、これが死んだ人間だとしたらどうだろう。最近じゃ昔の偉人様とかのとんでもねえエピソードが発掘されてるみたいだけど、当時の人間に取っちゃその時点でそういう人間だってわかった上での功績だ。

 あの野口英世が留学前にその費用を全部飲んじまったって聞いた時は人目はばからず大爆笑したね、それでも俺らに取っちゃ医学を発展させてくれた功績のがバカでかいから別にいいけどさ。




 まあ要するに、死んだ人間の過去の印象ってのはなかなか消えにくいんじゃねえのってこったよ。ましてややった事が強烈であればなおさらだ。

「あなたも笑ってないで」

「ああいけねえ」




 俺は笑いをこらえながらこの案外とそそっかしいアニキに台ふきんを渡した。何て言うか、波乱万丈な人生を経験した、たくましいはずの肉体が急に妙に小さく見えて来るから面白い。死んだ人間じゃこうはならねえよなあ。


「浅野の家では絶対にやんないでくださいよ、あそこの家ガチで水分持ち込み禁止の部屋あるんで」

「水で壊れる機械があるからか」

「本当に好きですからねあの二人」


 俺も買ってもらった時さんざん言われたし買ってやった時もさんざん言った、水だけには気を付けなきゃダメだって。そういう失敗を浅野がしたのかどうかは知らねえけど、あいつは本当に真剣にそれをやってた。尊敬に値するやり込みようだ。ったく、一人の人間の人生をそこまで動かすとは罪深いシロモノだね。





 で、二十三年前。小野川は自分なりに俺らと仲良くしようとするためにそのシロモノを求めた。

 小野川のおふくろさんはきっと、そのシロモノの力を早い段階で見抜いていた。 そして、息子の前に立ちはだかる大きな壁になると確信したんだろう。


 ほっておけば浅野のようになるだろう、いやせいぜい浅野のようにしかなれないだろう。息子の可能性を信じていた親としては、その可能性を奪い去ってしまう危険性のあるこの怪物を遠ざけたかった。

 でも、中途半端な手段じゃ無理だった。何か他に夢中になる事をさせようとしても、同級生と触れ合う限りは逃れられそうもない。

 その事に感づいた小野川のおふくろさんは、ああいう真似をしたのかもしれねえ。



 小野川のおふくろさんがどんな育ち方をした人間だったかは知らねえ。


 でもこれだけは言える、小野川のおふくろさんは自分のやってる事は絶対に正しいと信じてるようなガキだったと。


 だからその絶対正義に目覚めた小野川のおふくろさんは、正義の為に命を投げ出した。その命がけの教育は、ものの見事に成功した訳だ。その上に社会のダニを駆除して金も手に入る。一石二鳥、いや三鳥の計画だって理屈だ。






「あなた、もう一杯行く?」

「いやいいよ。悪いけど便所」

 その言葉通り便所に行って、したのは屁だけだった。

 ぐっすり寝てようが子どもは子どもだ、身内とは言えよそ様の前で屁をこくような真似をしちゃいけねえだろ。

「おならするためだけにトイレに行くなんて、あなたって案外律義なのね」

「ただの小心者だよ」

 俺もまた嫁とアニキにおそらくは意外な一面を見せながら、寝るまでもう少し雑談に現を抜かす事にした。





 ああ、もうすぐクリスマスか。クリスマスには間に合わなかったけどなるべく早く金貯めてゲーム機と新作を買ってやらねえとなあ。


 そしてこう聞いてやりたい。




「新作のポケモン、どっちのバージョンがいい?」

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呪詛の正体 @wizard-T

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