第13話 ポリゴン事件

 ポケットモンスターってやつは、時が経つにつれぐんぐんと膨れ上がって行った。上にも下にも横にもどんどん大きくなり、気が付けば猫も杓子もみんな夢中になっていた。

 榊原の奴も手に入れてからは振る舞いが丸くなり、気が付けば触れていないのは小野川だけになっていた。





「症状が起こった人は素直に手を上げて下さい」


 三年の冬の時に起こったとある事件。その時は、本当にこれでそいつもしまいかと思った。結局すぐに立ち直って今まで生き延びてる訳だが、その時は小学校どころか中学高校まで同じ質問がされたらしい。

 幸いうちのクラスではゼロだったが、よそでは何人か手を上げた奴もいたらしい。浅野?あいつは始まってひと月でこんなんじゃないって言って見るのをやめたらしいから何事もなかったけど。


 でも俺は見た、そして怖かった。例の赤青の映像?


 いいや、その時の小野川の顔。







 校内の雑談がほぼすべて一色に染まってた中でのこの事件、染まれなかったって言うか染まろうとしていなかった小野川にとっては、あの事件はまさしくその色が抜けて行くチャンスだと思ったんだろう。


 口の端っこが上がり、いかにも笑いをこらえているような顔で前を向いていた。


 俺は誰か手を上げてる奴いねえのかなと思って後ろを振り向いた瞬間その顔に出くわしたもんだから、思わずひっとなって首を全力で前に振った。

 そして四年生になり、すべてがおおむね元に戻り再びその色が濃くなって来ると、小野川の孤立はいよいよ深刻になって来た。

 学業に不必要な事はほとんど話さなくなり、そしてあの話に話題が及びそうになると無言でどこかへ去って行く。






「………………………………………………………」





 それで嫌がらせとしてわざと側でそういう話をしようとすると、何にも言わねえままものすごい顔でその方向をにらみつける。

 それでみんな、その眼光に負けてすごすごと退散していく。そんな事が続き、誰もこのめんどくさくて恐ろしい奴に関わろうとしなくなった。

 って言うか、少しでもその事に話が向こうとするとキッとその方向を見据え、相手を金縛りにしようとした。




「小野川君、少しは友達と仲良く」

「嫌です」

 あまりにも強烈な拒否反応を示すもんだから、先生から注意されたぐらいだ。

 それでもその話をしようとした同級生を見るような目でにらみつけ、絶対に折れてなんかやらないぞと言う強い意志を見せつけた。

「君が嫌いでも、好きな子もいるんだ。その事もわからないような子どもを先生や君の親御さんは育てたくありませんから。いい子ならばわかりますね」

「はい…………」


 この名文句でさすがに反省する素振りを見せた小野川だったが、それでも小野川の拒否反応はなくならなかった。そんな流れのまま五年生になり新作が出る頃になると、あいつは二学期の頭からほとんど誰とも話さなくなった。


 少将様とむしよけスプレー、これらが小野川のあだ名になった。

 この中で少将様って言うのは小野川勝の「小」「勝つ」から取ったもんだからまあいいとしても、むしよけスプレーってのは完全にその筋から来たあだ名だ。

 スプレーをまけばしばらくの間弱い奴は寄って来られなくなる、要するに小野川はそういうもんだって思われてるって事だ。

 実際、俺も小野川には近寄りたくなかった。幼なじみだったけど、あの葬式の時以来何となく遠慮し続けたままどんどん遠くなり、気が付けばほとんど口も利かなくなっていた。











「まあ多少の波はあったかもしんねえけどずーっと君臨してたんだよな、幼稚園児や小学生の間では」

「その事が僕らには支えになってたんだよ」

 下からどんどん生えてくる限り、世界って奴はなくならない。雑草がいつまで経ってもなくならないのと同じ理屈だ。

 そうやって生やし続けるためにメーカーは丹精込めてるんだろうけど、でもそう考えると下っ端ってのは楽なもんだね、目の前の事だけやってりゃいいんだから。

「でもそれがこうして生き延びている事に不快感を持つ奴だっている」

「ままならないもんだね世の中ってのは」

「酒で身を持ち崩した奴は何人いるよ?だからってお前たち全員みんな酒をやめろだなんて言えるか?」


 この世にあるもんはみんな、誰かにとっての薬であり誰かにとっての毒。そんな哲学者じみた事を俺が悟ったのは、他ならぬ小野川のおかげだ。

 俺らがキャッキャともてはやしてるシロモノに真っ向から背を向ける存在を見て、俺は小学生にしてそんな事に気が付いた。

 アホな俺が気が付いてるんだから小野川はとっくに気付いてるんだろうと思ってたけど、どうやら先生から言われてもなおその事を認めようとしなかったみたいだ。

「僕のような純血種もいれば、弟や妹がくっついてるのもいる。減るだけでなくなる訳じゃなかった。津野の所でもいたろ?」

「さすがに俺のいるとこみたいな汗臭い高校ではほとんどいなかった……いや、実は担任のアラフォー教師が好きだったんだよ、ガラケーのストラップにピカチュウ付けててさ。どういう事ですかって聞いたら、双子の子どもが三年前の父の日にくれたんだってさ」


 偏差値四十二の高校と偏差値六十八の高校で、どれだけ教師の差があるのか俺は知らねえ。でも偏差値六十八っつーエリート校の教師様が、勉強の邪魔になるもんは全部悪とか言う安っぽい正義のミカタ様的思考をお持ちな訳じゃあるまいし。もしそうだったら俺はそんな奴の言う事なんか聞こうとは思わねえ。

 俺はガキっぽくて頭の出来もよくねえけど、そんなもっとガキっぽい、いやガキそのものの奴の話を聞くつもりにはなれねえ。そんなのに当たらなかった俺は、多分ラッキーなんだろう。

「工場勤めになってからもちょこちょこ見かけたしよ、さっきのアラフォー教師と同じ理屈でな。んでコンビニとかスーパーに入るとキャラクターがくっついた菓子パンとかも並んでたしな。見るたびに思い出してたんだよお前の事をな」

「それ本当?」

「半分ぐらいはな」

「これからは私の事も思い出してくださいよ」

 俺は幸せなカップルに当てられ続け、たいした先輩風も吹かせられねえまま居酒屋を後にする事になった。ったく、幸せそうで何よりだった。しかしああやって公の場でいちゃつく事自体、一部のモテない連中には許しがたいお話なんだろう。

 リア充爆発しろとか言う文句が流行るのもわからねえでもねえ。でも、小野川にとってはまた別の憎しみがあったんだろう。

 

 さっき親でも殺されたのかって浅野は言ったけど、小野川にしちゃその言葉はガチだった。

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