第12話 小学生時代

 思えば二十三年前、そいつはかなりひっそりと現れた。


 同級生で注目してたのは親たちもその筋だった連中だけで、買ったんだぞと言われてもふーんとしか思わなかった。

 でも、気が付くと手に取っていた。俺も、浅野も、クラス中みんなで。一学期が終わるころには、みんなそいつらの虜になっていた。ただ一人、小野川を除いては。

 ああもう一人、榊原って奴もいたな。単にまだ手に入ってなくてイライラしてたあいつ。あいつそのシロモノのせいでちっとばっかしいじめられてたみたいだからな、ったく悪の大ボスと名前が似てるからだって?ああくだらねえ言いがかりだ。




「お父さんをぼくはそんけいします。まいにちおしごとでつかれているのにぼくのためにあちこちはしり回ってついに見つけて来てくれました。お父さんのためにもいっぱいあそびたいとおもいます」




 最近お父さんやお母さんのカッコいいと思った事を発表しましょうって授業で、こんな事を先生に向かって言った奴もいるぐらいだ。それで人気の程度が知れるってもんだろ?ああちなみに浅野じゃねえよ、確か浅野はお母さんの食事がおいしいって書いてたからな。


「ただいまー!」

「ちゃんと手を洗って、それから宿題をやりなさいよ」

「はーい」


 ちゃんとおふくろの言いつけには従ったけど、それをこなした後はもうずーっとゲーム機を握りしめてた。そのせいで成績がうんたらかんたらって理屈は、浅野がいる以上通じようがねえだろう。俺の視力が今でも裸眼で1.0なのと同じ話だ。

「おやついらないのね」

「ああいらない」

 どんなお菓子よりも、ずっと楽しかった。ストーリーを進め、新たなキャラクターを見つけ、そんでそいつを捕まえる。ただそれだけなのにバンバンやってた。それで気が付けば夕飯、それでも飽き足らねえとまだゲーム機を握る。


 あまりにもやりすぎるもんだから電池は自分で買えと言われたけど、それでも止められなかった。小遣いを全部電池に注ぎ込んで、ただひたすらにやりまくった。

 もう一つのバージョンを買わねえと全種類揃わねえと言われた時は中古屋を駆けずり回ったり金を工面しようとしたりしたけど、幸いにして金持ちの朽木が二台のゲーム機と二本のソフト、それからケーブルを持ってたせいで何とかなった。

 まあその朽木の助けも借りて俺は一年近くかけて全種類埋めてやったけど、今考えりゃそれだけで朽木はクラスの中心に立ててたね。

 やがて金に余裕ができた連中から同じもんを買い出したせいでゆっくりとその地位も落ちたけど、本当二年生の一学期から夏休みの間俺は朽木の家に通いまくってた。

 顔もよくねえし金持ちにありがちな気取った所が無意識ににじみ出てた朽木は不人気だったけど、そいつのおかげで人気者になれた訳だ。







 そんで浅野の結婚式の次の日曜日、チビたちを塔子に任せて俺は浅野と浅野のカミさんと一緒に呑んだ。

 先輩の父親としてたっぷり聞かせてやろうってはりきって家を出て、居酒屋に着くや二分で相手のペースに巻き込まれた。

 新婚さん相手とは言え二対一は正直つれーの何の、俺の話す隙間がないね。そのせいか俺は酒もまともに呑まずにおつまみばっかり喰ってた、その哀れなお姿に気づいた浅野が俺の名を呼んだ時には、俺は肉じゃが一皿を空にしてた。

「いやあ悪かったね、ついうっかりさ」

「ついうっかりじゃねえだろ、ったくそんなんでそこにいるガキたちに申し訳が立つのかね」

「お互い童貞と処女を保ったままで結婚式の後さっそく初体験ってなったんですけど、それが実るかどうかはまだまだですから」

「なんだいねえのかよ、まあいたら酒なんか呑めねえよな」


 当たり前だが、浅野がオヤジになったと言う話は聞かない。それでも嫁さんの中に種がひと粒ぐらい宿っててもよさそうなもんだけどな、少子化少子化ってうるさいご時世だし俺みたいに二人ぐらい作って社会貢献してみろっつーんだい。

「でもお前らにはさ、こんな居酒屋よりファミレスとかマックのが似合いだろ?そこで何かグッズでも俺たち子連れ夫婦と取り合ってさ」

「そんな事しないよ、僕らが好きなのはゲームとしてだから!」

「まあ今の所、が付きますけどね。子どもを持つと、好む好まざるに関わらず触れざるを得なくなりますからね」

「お前らはいいよな、自分らがやってるもん持ち込みゃいいんだからさ。俺はまあ、一からいっしょに覚え直しだぜ」


 しかし二十三年経っても、子どもの話題の中心にどっかと居座ってるとはね。今度は俺たちが悩まされる番って訳だ。

 実際、俺らの代でもハマり込みすぎて勉強しなくなったとか外に出なくなったとか騒ぐ親たちはけっこういたらしい。でもそれってよ、ハマり込まないようなつまんねえもんを作れって意味だろ?

 なんて言うか勝手すぎるって言うか、ゲームを作る連中を何だと思ってるんだって話だよなあ。浅野のようにハマり込んだまま大人になってきちんと仕事してきちんと結婚した奴もいる以上、屁理屈としか言えねえよな。もちろん、俺のように中学でやめてその結果かなり早く結婚した奴もいるんだけど。




「小野川もよ、もし」

「そういう湿っぽい話やめようよ」

「俺がいつ湿っぽい話をしようとしたんだよ」

「誰にだって嫌な思い出ってあるだろ。津野だってしいたけとか親でも殺されたみたいに嫌がっててさ」

「口に合わねえんだもんしょうがねえだろ、給食でトマトが出るたびに俺の方をチラチラ見ながら食ってくれっつってたのは誰だよ」

「三年生までの話でしょ、四年生からはちゃーんと食べてたから」


 俺たちがそのオモチャに虜になってた年の夏、小野川のおふくろさんは死んだ。親父さんはまだ元気だったし保険金が入ったから暮らしが滞る事はなかったが、それでも小野川にとってはこれまでの人生で最悪の年なんだろう。

 そんな最悪の年を思い起こさせるようなシロモノなんぞ、触れたくもないってのは実にごもっともなお話だ。



「結構ですよ、うちの人との馴れ初めの際に聞きましたから」

「ああそうですかい」

 浅野の嫁さんは気にしてなかったようだが、小野川にとっちゃ最悪の思い出を掘り起こすようなシロモノにしがみついてる、って言うか相思相愛レベルで仲良くしてる夫婦に関与したくねえって考えるのはごく自然な事だろう。

 でも、さっきも思ったように親になれば遠慮なく関わらざるを得なくなるシロモノだ。

 それから逃げ続けて来たやつがどうなるか、答えは小野川自身一番よくわかってたはずだ。

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