第9話 宇宙人・小野川
「塔子じゃん、久しぶり~」
「あら久しぶり~!」
そんでこの前浅野の結婚式に慣れねえスーツを着て行った時、塔子の中学時代のクラスメイトで今は浅野のカミさんの同僚だって女に出会った。そいつは従業員四ケタの大企業に勤めてて、塔子の短い独身時代にはそれなりに遊んでいたらしい。
塔子が母親になってからは疎遠になってたらしく、それで数年ぶりの再会にテンションが上がったって次第だ。まあその女より塔子の方がよっぽどテンションが高かったけどな、何せ人様の結婚式なんて本人以外まるで面白くもねえもんに出るっつーのに数日前から妙にウキウキしてたぐらいだから。
そのせいか、上の空になってた数日間の飯はまずかったぜ。
「ママのお友達?」
「ああそうだな」
「あら塔子って、もうこんな大きな子が二人もいるの?」
「あなたも早く結婚したら?」
「いい相手がいればねえ…………ってかなんで今日はこの結婚式に来たの?」
「旦那の幼なじみだからね。あとあなたにも会いたかったし」
「あらどうもありがとう!私はね、あなたと、それからあなたの旦那にも会いたくってね」
「へっ」
俺にとってはまったく目に入ってなかった存在からのアプローチ。まったく着慣れない一張羅で着せ替え人形か七五三祝いのようなこの俺にいったい何の用があるんだよと思うや、頭の中が式場でのうまい飯とそれを喰うのに必要な作法をやらなきゃいけねえって変なプレッシャーから、まったく変な方向に飛ばされた。
「小野川さんって、新郎と旦那さんの幼なじみなんでしょ?」
「あ、ああ、そうっすねえ………………」
「私の上司から、小野川さんの話をよく聞くのよ。同じ学校の有名人だって」
その上に小野川なんて名前が出て来たもんだから尚更だ。この式で小野川の話が出て来るだなんて思いもしなかった。俺は思わず素に戻って変な声を上げたが、その女は構わず話を進めて来た。
「どんな風にっすか」
「何でも、宇宙人だって」
宇宙人。
まったく意味が分からない、不思議な奴って意味で使われたんだろう単語だ。あいつはそんなに訳のわからない奴だったんだろうか。
「俺はその、小学校までしか一緒じゃないですから、その、中学時代の事は……」
「それで、小学校時代からそうだったのかなって思って」
「さ、さあ、確かに三年生ぐらいからはえらく無口になってた気がするっすねえ、それ以前から頭の出来は俺とかなり差がありましたけど…………」
「無口だったんですが、そんな頃から」
「ええまあ、はい…………」
結婚式で母親が小二の時に死んだなんて話ができる訳もねえので、俺は茶を濁しながら言える限りの事を言ってやった。
確かに、おふくろさんが死んでからと死ぬ前とでは小野川はずいぶんと変わっちまったように思える。口数が急に減り、俺らと遊ぶこともなくなった。
その状態のまんま中学時代も高校時代も送ってたんだろうか?と言う俺の推測は、どうやら当たっていたらしい。
その女の人の話によると、小野川は中学高校とずっと無遅刻だったらしい。風邪で休んだ事はあったが、遅刻は本当に一日もなかったそうだ。
判で押したように毎日きちんと家を出て、開始十五分前には学校に着く。そんで寄り道など絶対にしないで、ただまっすぐ家に帰る。
塾のある日はいったん家に帰ってから、あるいはそのまま塾に直行し、決して買い食いなどはしない。買うのは、夏の飲み物だけ。文房具さえも、休みにならないと買おうとしない。実に折り目正しい優等生様の生活だ。
俺か?サボって他にする事もなかったからなんとなーく出席はしてたけど、雑談はするわ居眠りはするわで真面目な生徒様じゃなかった。まあ、それでも工業高校らしい実践的作業の授業以外ではほとんど叱られなかったけどな。
「お前な、命がかかってるんだぞ!」
一年生の時、先生様のキツーイお叱り(言っとくけど俺がやらかしたんじゃねえぞ!)のせいでそういう授業だけはド真剣に受けて来た。でも後はまあさっき言ったようなザマだったよ。小野川から見りゃ、まあどうしようもねえ不良野郎だったろうな。
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