第4話 ポケモン廃人の親友

 あの事件から六日後の土曜日、ようやく世間様があの悪夢を忘れようとしてた頃。

 俺もその日は休みだし朝からチビたちといっしょに遊んでやろうと思ってると、浅野から電話が来た。


「よう浅野」

「津野」

「どうしたんだよ急に」

「まあその、」


 浅野の奴は歯切れが悪い。まあ俺のせいとは言えあんなアホな話を聞かされちゃこうもなるわな。


「悪かったなこの前、俺みたいなアホな奴からあんな与太話を聞かされてよ」

「与太話だなんて」

「与太話だよ。俺がんな事考えつくぐらい頭がよかったらお前と同じ高校に受かってたっつーの」

「そんな物かなあ」

 俺は自分の事を賢いなんて思った事は一度しかない、母校である工業高校の入学試験に受かった時だ。

 そんでだからっつって勉強して成績を上げてやろうとか言う事を考えた事もなかった。浪人しなきゃいい、留年しなきゃいいってレベル。授業に出てたのは、ほとんど後の飯の種を確保するためだけ。


 あとは、結局三年間で夏の大会二勝しかできなかった野球部の練習。まあ俺が一年の時からレギュラーが務まるような低レベルな野球部だったからしゃあねえにせよ、にしたって三年間必死こいて今になって何が残ったんだかわかりゃしねえ。

 それが津野蓮太郎って言う高校生の高校生活だった。


「俺なんか頼まれても大学になんか行きたくなかったし、その必要も感じなかったね。でも一応、俺も正月はお前の母校をそれなりに応援してやってるんだぜ」

「ありがとう、僕は全然関心ないけどね」

 もちろん大学進学なんぞありえねえ、すぐさま工場に入り込んで今までずーっとそのまま。

 浅野のように、母校の大学が正月の駅伝で名を売りまくる舞台に乗っかる事はまったくできない。だから勝手に幼馴染って名目を振りかざして、そいつの母校に乗っかって適当に応援してる。

 もちろん熱心な応援じゃなく、適当に盛り上がる為だけの薄っぺらい応援だ。そういや浅野の母校は今年何位だったっけ、えーと覚えてねえや。


「あいつもさ、ああいう風に夢中になれる物がなんか一つでもありゃよ」

「そうだよね、津野は野球で青春を送ったんだよね」

「あんなもんを青春って呼ぶんならな。お前こそやってたんだろ」

「一応な」

 浅野も浅野で、歴史研究部でそれなりの論文みてえなもんも作ってた。一度読ませてもらった事があったが、俺のような野郎にはチンプンカンプンだった。

 まあそれでも部内ではそれなりに好評だったらしい。それで今時はそういう仕事を、と思いきや結局は中ぐらいの会社の会計畑に勤めてて今は係長だそうだ。課長にでもなったらそれなりにお祝いしてやってもいいかね。

「とにかくだ、改めて言うけどこの前の事は本当にすまなかった。キッパリ忘れてくれよ、な!」

「もし僕が、津野から言われる前からそう思ってたとしたらどうする?」

「どうもしねえよ、ヤマカンってのも結構当たるもんだよなって考えるぐらいでさ。それもイヤなもんに限ってさ」



 浅野は俺ほど小野川と遠くない。成績的に言や小野川は頂点で俺は底辺、いやピラミッドの底辺って言うかひし形の下の角だな。0点すら取った事があるぐらいだかんな。

 一方で浅野は、ひし形の真ん中よりほんのちっと上ぐらい。地球は丸いもんでありグルッと一周すりゃ元に戻ると言うけど、その理屈で行きゃトップと真ん中よりトップと最下位の方がかえって距離が近え、ってなるけど本当かね。

 何にもねえから、かえって小野川って奴の事も冷静に見られたのかもしんねえ。まあ浅野ぐらいならできたかもしれねえが、これが下手に二番手三番手とかになるとかえって見えなかった気もする。


「しかしよ、お前って奴は本当にすげえな。俺なんか中学に上がると同時に背伸びしてやめちまったから、今じゃピカチュウぐらいしか知らねえんだよ。お前は未だにやってる訳?」

「妻ともその線で出会ったからね」

「じゃあやめらんねえな」




 にしてもよ、大学まで進んでこいつは何やってたんだか。


 授業が終わると先輩後輩囲んであっちこっち歩き回る。

 そんで卵を産んで性格が悪けりゃはいさようなら。

 そんでその後は薬と木の実をどっさりの繰り返し。


 信じられるか、浅野はそんなのを大学四年間ずーっと繰り返してたんだぜ。浅野は自分のバイト代で買ったんだしっつってたけどよ、ったくすげえね本当。まあでもその結果、今のカミさんと出会うきっかけができたんだから世の中わからねえよな。

「スマホにはあれ入ってるの」

「入ってるよ、ほとんど放置状態だけどな」

 カミさんとチビたちにせがまれて入れただけで、まともな育成なんぞしちゃいない。俺の稼ぎじゃゲーム機なんぞなかなか買えやしねえから、中古ショップで手に入れた廉価版の代物をチビたちにくれてやってる、一人分のをな。

 早くもう一つ買いてえなっつったら、そんな金はねえってカミさんにどやされるし。まあ俺自身んなこった思ってたからまあいいけど、チビたちはずいぶんがっくり来てたな。まあ、せいぜいバリバリ働く事にするか。

「にしても、やっぱり僕は思うんだよ、小野川はああいう事をしたかもって」

「俺のでたらめなんかに耳を貸すかね」

「いいや、これは僕と奥さんの考えだから」

「ならいいよ。じゃあな」



 二分にもならねえはずだったのに、十分ぐらい話してた気分になって来る。

 とりあえず俺がこぼした失言をそんなに気に病んでなさそうな事がわかったから俺としてはそれでいいけど、小野川の事を思うとどうにも気は晴れない。そういや昔からあいつは……


「パパ!」

 ああいけねえ、今日はスマホで放置されてたこのアプリを動かすべくあっちこっち散歩だ。それからついでに外食でもしよう。何が見つかるのかチビたちもカミさんも楽しみにしてるから、歩きスマホだけはしねえできっちり確認しとくか。

 たぶん、小野川は絶対に知らない楽しみだろう。それでなんとなくあいつに勝っちまった気分になるのは、多分ただのおごりって奴だろう。だって、小野川以外の大半の奴は、とっくに知っている楽しみなんだから。


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