第5話 俺なりの青春時代
で高校時代、野球部の活動すらない休みになると俺は適当にその辺りをごろついてた。ぶらついてたとか言う次元の高いもんじゃねえ、文字通りのごろつきだ。
何の目的もある訳じゃねえ、適当に小遣いを握って何かジュースでも買って飲んでぶらぶらするだけ。
一応そういう事をする仲間はいたけど、それ以上の事はなーんにもしねえ。迷惑じゃねえかって?とんでもねえ、むしろ平和だって言われてたぐらいだよ。一応こちとら小銭とは言え金を落としてたんだぜ、文句あっか。黄色信号では絶対に横断歩道を渡らないような男子高校生の集まりの一員、それが俺だった。
「ったくよ、うちのクラスのあの田辺って女、あれぜってー勘違いしてるだろ」
「ああな、30人で26対4の4人だからもてはやされてるだけでな、同じ4の中でも白桃ちゃんと比べりゃ月とスッポンだぜ。取り柄と言えば胸のデカさだけだな」
でもまあ、会話内容はそれ相応に汚かった。白桃ちゃんってのは俺の2つ隣のクラスの白田冬子って女、白と冬から取って白桃ちゃんって呼ばれてた。まあ判定勝ちではあるが俺らの学年では一番いい女は白桃ちゃんだって事だけはほとんど一致してた。そんぐらいの存在だ。
「でも悪いけどさ、ぼかぁ田辺のが好きだね。ああいう女性はいい奥さんになる気がするんだよな」
「お!?いくら俺らしかいねえからってそういう事言う!?」
「だいぶ前から公言してるつもりなんだけどな」
「ったく、盾食う虫も好き好きだぜホント」
「盾じゃなくて蓼だろ、で蓼って何だ?」
偏差値四十前後の高校にふさわしい、バカな会話。
でもそのくだらねえ雑談も、結構楽しかった。それで田辺って言う、胸も大きいが腹も尻も同じく大きい女が好きだって言ったやつは現在本当に田辺を嫁にしてる。まったく、大した野郎だね。今頃カミさんの尻に敷かれてなきゃいいけど。
「俺は知らねえよ。ああ津野、お前の幼なじみに頭のいい奴いたよな」
「浅野か?あいつのとこは偏差値五十二に過ぎねえぞ。要するに人並レベルだ」
「おいおい津野、俺はそいつの事を言ってんじゃねえんだぞ。お前の小学校時代の同級生に何でも知ってるって奴いたよな。そいつを呼べっつってんだよ」
「あのさ、小野川は辞書じゃねえっつーの。ってか俺あいつの番号知らねえし」
俺はその頃一方的に、小野川の事を言いふらしていた。こいつらの言う通り、何でも知ってる物知り博士として。
傍から見りゃなんとも一方的で迷惑なお話だが、俺自身その時は(ってか今でも)そう信じて疑わなかった。無論、小学校時代からの幼なじみが浅野と小野川しかいねえわけじゃねえ。でも高校の奴らとの話に出したのはその二人だけだ。
「だよな、おい誰か、後で誰かに聞くか調べるかして来い」
「はいはい、俺がやりますよ」
ごろつき連中の集まりとは言え、上下関係はしっかり存在する。そういう雑用を申し付けられるのは下っ端だってのはまあどの世界でも変わらねえ。俺は下っ端よりちと上の、まあ真ん中よりちと下のポジションだった。
そういうとこにいると勢力争いってのはけっこうゆっくりと眺めてられる、まあ勢力争いっつってもジャンケンで頂点と底辺が入れ替わるようなむちゃくちゃゆるい集まりだけどな。
そんで蓼って言うのがめちゃくちゃ辛くてたいていの虫が喰わねえもんだって聞かされた時には、そもそも何の話だかすらみんな忘れてた。
それで野球部って言っても、一勝でもすりゃそれで万々歳のチーム。
千本ノック?んなもんありゃしねえ。何せ三年間で、部員が十五人を越えた事はいっぺんもない。最高で十三人、最低で十一人。全校生徒五百人なのにそんだけ。
まあ、そうでもなきゃ俺は野球部なんぞに入らなかっただろうがな。この人数なら一年生からレギュラーやれるかもしれねえ、ちっとばかしいいとこを見せてやりたいとか人並みに目立ってやろうとか思って入っただけで別に憧れの野球選手とかいやしなかった。丸刈りもしたきゃすれば程度のしばりでしかなかった。
まあ、シャンプー買うのもめんどくせえから俺はしたけどね。
「よしよし、今日はここまでだ。ちゃんと全員で片付けるんだぞ」
顧問の先生は1年生から3年生まで平等に処置するようなお優しいお方だけど、肝心要の身体能力はって言うととても高いとは言えないお人だった。
何せ本業は国語教師、この工業高校でどうせヒマだからって半ば無理やり部活動の顧問に当てられたようなお人だ。
そんなゆるーい部活動でも、俺にとってはそれなりに青春だった。知っての通り「ナイン」は組めても紅白戦なんぞできねえ人数だから、ランニングとか守備練習とかばかり。たまに交流試合がある時とかはものすげえ嬉しかったね。もちろん野球熱なんてない学校だったから近所の高校のチームが大半だったけど顔見知りもできたし、そういう連中と野球以外でも適当にしゃべくったり遊んだりすることもできた。まあ、今じゃほとんど音信不通だけどな。
「まあ、せいぜい楽しもうじゃないか」
そんで野球部で一番の思い出ってのが、唯一一勝もできなかった一年の夏。背番号は十一ながら幸運にも八番セカンドのレギュラーを拾っていた俺が最初に対戦する事になったのは、全国制覇五回、県予選優勝二十回の超名門校。
部員だけで三ケタ、北は北海道から南は沖縄、そんな言葉がガチで当てはまりそうなぐらいの存在。まあ、象とアリンコだね。
アリンコでも数を集めりゃ勝てるかもしれねえけど、高校野球はどうあがいても九対九の勝負でしかねえ。監督がそんな事を言ったのもまあ実にごもっともなお話だ。確かにその前の年に思わぬヘマやらかしてノーシードだったとはいえ、なんでうちのような所と当たるのかね。
で、試合が始まると案の定、打たれるの何の。二回表で相手のスコアボードには二けたの数字が乗っかり、俺は何だか逆に楽しくなっちまった。俺の横や上をすごい速さで球がすり抜けて行く。
もちろん自分なりに必死こいて追い付こうとしたよ、でもアウトになったのは一回だけ、それもそのどさくさ紛れに得点を献上してるから本物のアウトじゃねえ。
「それでもせめて七回まではやろうぜ」
そうキャプテンは言ってたけど、相手のピッチャーの球が打てねえの何の。背番号二けたの二番手ピッチャーだってのに、ったく信じられねえ。
そんな中、俺に打席が回って来た。最初で最後の打席かもしれねし、豪快に行ってやれと思ったよ。そしたら俺のバットは初球を見事に捉え、レフトスタンドに叩きこむ事に成功した!
もちろん、ファールグラウンドのな。
最終結果?三振だよ。
そんで結局、五回コールド負け。五回とは言え完全試合。屈辱感を味わうには差がありすぎて逆にすがすがしくなっちまった。
「俺たちさ、全国制覇するかもしんねえ奴らと戦えたんだぜ」
「こんなボロカスでも戦った事には間違いねえもんな」
「とくに四回!ノーアウト一、二塁から見事無得点!これは思い出に残るぜ」
低レベル極まる会話だ。けどこりゃ全部三年生が言った事だし、俺ら一年生もほとんど同じ気持ちだった。
実際、俺らを叩きのめしたその学校はその年見事に全国制覇した。そしてその三年後以降に次々とドラフト会議に引っかかり、今でもたくさんの方々がプロ野球選手として飯を喰っている。そういう皆様方と対戦できたわけだ、どうだうらやましいだろ。
二年の時も三年の時も一勝ずつできたが、その一勝の記憶って奴はほとんど残ってない。記録の上ではどっちの試合でも俺はヒットを打っていたが、その事を言われてもふーんとしか言いようがない。
俺にとって青春の一番大きな思い出はあの完敗であり、決してタイムリーヒットなんかじゃねえ。世間的に言ってなんとも中途半端な青春だったけどそれでも俺としては満足してる、それでいいじゃねえかよ。
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