第6話 浅野の部屋

 幼稚園の時から、浅野とは仲良しこよしだった。しょっちゅう互いの家に上がり込んでは、菓子をごちそうになったりごちそうしたりしてた。

 頭の出来に差があるのがわかってからはちっとずつ遠くなって行った気もするが、それでも俺が社会人になってからも交流が絶える事はなかった。




「うわっ薄っ!それはそれでうらやましいかも」

「それが普通サイズなんだろ」

 高一の冬休みの時、いつものように浅野の奴の家に上がり込んで国語の教科書を見せてやったらあいつはマジで腰を抜かしてた。いや、浅野のと比べると薄いの何の。たまに同じのもあるけど、あいつが一年間でやる物を俺は一年半かけてやった。その代わりに、実践講座としてたっぷり技を体に染み込まされたけどな。

「俺んちには辞書なんかねえよ」

「あるだろ」

「中一の時に爺ちゃんが送り付けて来たのがな。それで未だに間に合ってるんだよ、ああ英語もな」

 俺の部屋にある一番厚い本は少年ジャンプだった。その次に厚かったのは、爺ちゃんが中学入学の時に送り付けて来たちっぽけな国語辞典と英和辞典。

 英和辞典はまだ試験の時とかにちっとは使うが、国語辞典はほぼ置物だった。

 浅野のと比べると貧相な辞書であり、本棚だった。漫画すら少年ジャンプしか置かねえような、まあ宝の持ち腐れってのはああいうもんを言うんだろうなってご立派な本棚だったね実家の本棚って代物は。


「ってかお前こそ人の事言えるかよ、お前の部屋の一番分厚い本は何だよ!」

「え、英和辞典だよ…………!」

「はーん、まあどうやら僅差でお前の言う事は正しいらしいな。ったくよう、いい年して何やってるんだか」

 俺は中学に上がってからゲームなんぞほとんどしてなかった。最初はこんなガキ向けの代物になんか手を出さねよーって背伸びだったんだけど、気が付きゃすっかり離れてた。

 高校でも申し訳程度ながら工業高校の野球部らしい振る舞いをするようになり、その結果ゲームなんぞほとんど別世界の娯楽になっていた。







 でも浅野にとってはそうじゃなかったらしい。ったく、呆れるぐらい分厚い攻略本だったぜ。今でもポケモンっつーのは数が増え続けてるらしいから、今のはもっともっと厚くなってるかもな。

「勉強して部活動してゲームしてとなると、本当に時間なんてないね」

「金もなくなるだろ」

「大丈夫だよ、これしかやってないから」


 俺にはただの文字と数字の羅列にしか見えねえ、データの塊。表紙に何も書いてねえ薄汚れたノートがあるじゃねえかと思って開いてみたら、キャラクターの育成方法についてズラッと書いてある。

 まあなんつーか、いっそこれを研究として提出した方がいいんじゃねってレベルの完成度だったぜ。まあ俺のようなアホが言う事だから話半分で聞いて欲しいけど、そんだけ情熱たっぷりって事だけは伝わって来たぜ。


「いいよな、俺にはこんなに夢中になれる事はないぜ」

「野球とかは」

「一年生の俺がレギュラーを張れるような部だ、そういう事だ。でもさ、それなりには楽しいんだぜ。学園生活もな」

「僕だってそれなりには楽しんでるつもりだよ」

「ならいいけどな。でもさ」

「でもさ?」



 この時俺は、小野川の名前を出す事ができなかった。あいつが学問以外の何かに夢中になっている姿がどうしても思い浮かばなかったからだ。

 浅野みたいにゲームばかりやれていたり、俺みたいに部活動に青春を注げていたりする小野川って絵図がどうにも想像がつかなかった。

「すべては父ちゃんと母ちゃんのおかげだぜ。その事だけは忘れちゃいけねえぞ」

「うん…………」

 結局俺はそうやって逃げた。それが正しい逃げ方だったのか否かと言われれば、間違いなく正しくなかっただろう。だって正しけりゃ、浅野があんな暗そうな返事を返す事なんぞなかったんだからな。俺たちの間で母ちゃんの話題ってのは微妙にタブーになっていた、でも浅野といる時はついその話をしちまう。


 ったく、その時から性格の悪い奴はポイ捨てするような野郎だったって言うのに変な所で繊細だね。まあ俺も、がさつを気取ってる割には無遅刻無欠勤を誇りにするような奴だからどっちもどっちだがな。




  にしても、小野川の青春ってのは一体何に費やされたんだろう。

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