第2話 俺のアニキ
偏差値で人生が決まるのならば、俺はずいぶんと不幸な人生を送っている事になる。
中学の時の担任からは、まじめに勉強しないと高校進学すら危ういだなんて言われるぐらい俺の成績は悪かった。
浅野の奴に必死に勉強を教わって何とか高校に上がれたものの、浅野の行ったとこと偏差値で11もの差があった。
そして浅野が行ったとこと小野川が行ったとこには、15の差があった。
だが俺は塔子っていう同い年の嫁さんと、2人のチビをもうけられている。それだけが全てってわけじゃねえんだろうけど、俺が浅野に祝儀をやったのは三ヶ月前の話で小野川の奴は独身だったらしい。ったく世の中わかんねえもんだ。
そんで七年前、俺が塔子をもらう事になった時塔子の実家にご挨拶に向かった。塔子の親父さんは塔子似の肝の太いお方で、お優しいおふくろ様とはだいぶ違うお方だった。
そのご挨拶の席に現れたのが、また別の二人の男だった。一人はやに丁重に、そしてもう一人は好対照なぐらいラフな調子で俺に声をかけてきた。
「塔子を頼むぜ」
「兄さん、もうちょっとないんですか」
ラフな調子で声をかけて来た人が塔子のアニキだって知ったのは、もう一人の男の人から兄さんと呼ばれてからだ。
そん時すでに三十二だったっていうのに、今の俺よりもずっと若々しいって言うか幼くて無邪気な顔をしてて、その上すでに工場で五年働いていた俺と同じぐらい筋肉質なお方だった。
「可愛い妹がいい男を見つけたっていうんでちょっとフラッと帰って来てさ、どうやらその通りだったんでオレは安心したぞ。じゃ俺は子供たちの所に帰るからよ」
言いたい事だけ言って勝手に去って行く、と書くと自分勝手にしか聞こえねえだろう。でもその人には、それを許してしまう不思議なカリスマみたいなもんがあった。
俺のような苦労知らずとは違う、歳月を重ねて来た人間の重みってのが。俺の人生って奴は、塔子のアニキの人生より数倍薄い。その事は断言していい。
この前結婚間近だった浅野と飲みに行った時の話は、その義兄の話だけですべて終わった。浅野の奴に迷惑じゃねえかと三回ぐらい聞いたが、浅野と今の浅野のカミさんがもっともっとと言うからありったけの事をしゃべってやった。
「ありがとうございます!にしても面白い人っすね、それで子どもたちってどこで」
「アフリカだよ。そこの何とかって国に移り住んで、日本語を教えながら地元の人のために汗水流しているらしいよ」
「まったく大した志だ、俺にはとてもマネできねえな」
「私違う気もするな、兄さんはこの日本がちょっと怖いんですよ」
三兄弟の真ん中っ子の義兄さん、塔子より三つ上の義兄さんからはあの人は仕事が楽しいからと言われているが、塔子の見方は少し違ってた。
日本が怖い、か。確かに最近犯罪も増えてきてるけど、あっちこっちで紛争が起きまくってるようなアフリカ(しかも南アフリカのような国じゃねえ)は日本とは訳が違う恐怖があるだろう。今度その事について聞いてみようかと一瞬だけ思い、すぐにやめた。
塔子のアニキってのは高一の時に不登校の状態に陥り、まともに通わず遊び惚けていたらしい。塔子には優しいアニキだったらしいが、親父さんはともかく間っ子の義兄さんにはかなり恨まれたらしい。
しかしそれがある時、アニキと同じように学校に居着けねえ男子高校生や暴走族と言った不良仲間、まあ仲良くつるんでいた連中がとんでもねえ事件を起こしちまったそうだ。
そん時逮捕された連中と親しかったって事でアニキも事情聴取されたらしくて、その時に出会った定年間近だった刑事さんに説教され、急に学問に目覚めちまったらしい。その刑事さんもまたアニキ同様にかなり荒れた少年時代を過ごし、それがいいお巡りさんに出会って目覚めちまったって口だったらしい。
残念な事にその人は七年前に亡くなっちまったみたいだけど、今でもアニキは塔子や俺に対して以上にその刑事さんに対する愛情は強いらしく、義兄さんの話によれば俺らに会いに来ないで刑事さんの遺族にだけ会いに日本に帰ってくることもあるらしい。
とにかくそれで高校を中退した上で定時制高校に通うようになり卒業して、そしてさらに四年間かけて大学を出て日本語講師となり、アフリカに旅立ったってのがアニキって人間だ。俺が十二年間工場の中に籠っている間、アニキは十四年もの間俺の知らねえ国で頑張ってるって訳だ。
ったく素晴らしい事だと言いたいけど、塔子が言ったようにあるいは日本って国に対するある意味でのコンプレックスって言うか、恐怖心があるのかもしれねえ。
アニキほどまじめに学問に取り組んでるんなら、日本にだってそういう仕事の必要性があるんだからわざわざという気もする。あんな豪快そうな人でも、それなりに悩みってのはあるんだろう。
って言うか、出会ったとき既に三十二だったってのに今の俺より若々しくてかっけえ男だったのになぜ結婚してねえんだろう。
選ぼうとしなきゃすぐにでも見つかりそうなのに、あるいはとっくにご当地で見つけてて結婚してるけど言ってないだけなのかもしれねえ。
そうに決まっていると個人的には思いたいぐらいの男だ。
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