5号室―燃喰病
自傷行為は自身への慰めだった。
それと同時に、愚かな私への戒めでもあった。
傷つけるしかできない、馬鹿な私への。
指先に灯る小さな炎を左腕に押し付けると、ジュッと音を立てて肌が焦げた。
肉が焼ける痛みが走る。
「こら、ヘレナ」
ベッドに腰かけていた私が声のほうを振り返ると、病室のドアのそばにデリックが立っていた。
奇病のせいで片足が壊死してしまった彼。今日は右腕にも包帯を巻いている。どうやら少し病気が進行してしまったらしい。
松葉づえをついて歩いて来る彼を、私は拒んだ。
「来ないで」
デリックは足を止める。
これ以上私に近づいたら、彼が危ない。
「出て行って」
「俺が燃えるから、か?」
私は右手の人差し指から優しく噴き出る炎に視線を戻した。
私の奇病は、人に触れない病気。
人に触れると、触れられた人に炎がうつってしまう。
「そう。私に触ると、みんな燃える」
指先の炎を握るようにして消し、あざけるように笑う。
この病は、私にお似合いな、孤独の病だ。
誰も燃やさないようにこの病棟にやってきた。
もう誰も、傷つけないように。
「ばーか」
気が付くと、デリックは私の隣に立っていた。
彼は拒む私を気にする様子もなく、私の隣に腰かける。
私が押し返せないでいると、デリックが言った。
「左腕出せ」
「え……」
「いいから」
デリックの強い言い方に、私は渋々腕を差し出した。
するとデリックは肌に触れないようにしながら、傷ついた私の左腕に器用に包帯を巻いていった。
「なにするの!」
「動くな」
「も、燃えるよ、あなた」
「燃えねぇよ。だから大丈夫」
デリックは包帯を巻き終え、隠された火傷の跡を撫でた。
「大丈夫だ」
温かい。
包帯越しに伝わる、じんわりとした温度。
「どうして……そんな風に、触るの」
慣れない温度だ。
記憶がいくつか蘇る。
ここに来る前の、立っているだけで皮膚が爛れそうな世界での記憶。
「パパは、そんな風にしなかった」
つい、唇を噛み締める。
気持ちいい。でも、居心地が悪いような。
不思議な感じがした。
デリックは、そんな私の顔に手を伸ばした。
私の左目は、眼帯で隠されている。昔、傷ついて見えなくなったから。
白い眼帯の上から私の左目に触れようとして、その右手はためらうように止まる。
「……お前の親父のことは知らねぇけどよ」
デリックは右手を自分の腹の前に持ってきて、ぐっと握りしめた。
「人に触ると時って、優しくするもんだろ」
私は自分の右腕をさする。
服の中で、ざらざらとした肌が擦れていた。
「……ヘレナ。これから、知っていけるといいな」
人の温度ってやつをよ。
デリックはそう言って微笑んだ。
少し悲しげな笑みだった。
私は、その笑顔にさえも宿る温かさの正体を知りたかった。
右手の手のひらに、小さな炎がゆらゆらと浮かび上がった。
―――――
氏名:ヘレナ・テレーサ・セリアン
病名:燃喰病
病状:体内で炎を生成し、外に出せるようになる。彼女の場合は、人に触れると否応なく勝手に炎が発生し、触れた相手を燃やしてしまう。
患者について:幼いころに父親から虐待を受けた過去がある。ある時、身体中に油を浴びせられ、火を放たれて大やけどを負ったことがきっかけで燃喰病を発症。心を閉ざしがちで、めったに病室から出てこない。右腕にケロイドが残っている。
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