14号室―腕喰病

「お兄ちゃんにわたしの右腕あげるよ」


わたしがそう言うと、お兄ちゃんはびっくりしていた。

暁病棟の006号室に住むデリックお兄ちゃんは、最近奇病のせいで片腕を痛めてしまったらしい。

だからわたしは、わたしの片腕をお兄ちゃんにあげることにした。


わたしとお兄ちゃんは本当の兄妹ではないけれど、いつも遊んでくれるお兄ちゃんがわたしは大好き。

わたしの左腕は、『腕が植物になっちゃう病気』のせいで、細いつたみたいな植物になってるから、お兄ちゃんが痛めたほうが右腕でよかった。


そんなことを考えていると、お兄ちゃんはそっと腰をかがめてわたしと目線を合わせてくれた。

ちょっと見上げるくらい、わたしは気にしないのに。お兄ちゃんは相変わらず優しい人。


「ルーシー、お前は優しいな」


お兄ちゃんの言葉に、わたしは首を振った。


「ううん、お兄ちゃん。わたし優しくないよ。お兄ちゃんが優しいの。優しい人に優しくするのは、当然でしょ?」


「はは、そうかそうか」


お兄ちゃんはそう笑ってから、少し悲しそうに眉をひそめる。


「でもな、ルーシー。俺がお前から腕をもらったら、お前の腕はなくなっちゃうぞ」


「いいのよ」


「よくないだろ。ごはん食べられなくなるぞ。それに、お絵かきも……」


「いいのよお兄ちゃん。だってわたし、どうせもうすぐ、両腕が動かなくなっちゃうの」


わたしが平然と言ってのけたことに、お兄ちゃんは目を見開いた。

お兄ちゃんは、ずっと悲しそう。なんでだろう。

わたしが右腕をあげるって言ってるのに。そうすれば、お兄ちゃんは両腕を使えるようになるのに。


「そうとは、限らないだろ」


お兄ちゃんが喉の奥から絞り出すように言う。

わたしは、ついその言葉に笑ってしまった。


「この病気は治らないもの」


「そんなこと言うな、ルーシー」


「神様がそう言うの。わたしが『悪い子』だったから」


「神様……?」


「そう。わたし、教会にいた時にこの病気になったの。神様がきっとわたしにお仕置きしたんだわ」


わたしが、教会の神父様を誘惑したから。

だから神父様はわたしにあんなことをした。

全部わたしが悪かったのに、わたしが神父様に最悪なことをしてしまったから。

神様はわたしに罰を与えた。


「……もう、言うな、ルーシー」


お兄ちゃんはそう言うと、わたしをぎゅっと抱き寄せた。


「お前は、確かに間違えたかもしれない。神様が裁くべきことをしたかもしれない。でも、これだけは覚えていてくれ」


「お兄ちゃん…?」


「お前は、何も悪くない。何も、悪くないんだ」


お兄ちゃんの声は、少し湿っていて。

泣いているのかもしれないと思った。


(……ああ)


お兄ちゃんは、やっぱり優しい。









――――


氏名:ルーシー・エデン


病名:腕喰病


症状:腕が付け根からつた状の植物に浸食されていく。最終的には両腕が植物になってしまう。植物になると神経系が抜け、腕は動かなくなる。


患者について:元気で幼い少女。神を信仰している。かつて教会で神父に強姦され、自己防衛のために神父を殺害。その全てを自分のせいだと思っていて、おそらく罪悪感によって発病したものと思われる。006号室の患者によくなついている。

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