2号室―花咲き病

あーあ、困っちゃう、本当に!

わたしは盛大にため息をついた。


今見下ろしているのは、自分の病室のベッド。

その真っ白なシーツの上には、薄桃色の花弁が散らばっていた。


「もう、お片付けが大変!」


原因は全て、わたしの体にある。

わたしの体中には、ぽつりぽつりと花が咲いていた。

先生が言うことには、〝奇病〟っていうんだって。

体にお花が咲いちゃう病気。

こんなに綺麗なお花なのに、病気なんだって。


最近は右目にも花が咲いて見えなくなっちゃった。

朝起きただけで花弁が散らばるのも、少し困っちゃうな。



そこで、あることを思い立ったわたしは、病室を飛び出してお隣の病室のドアをノックもせずに開いた。

そこでは、わたしと同い年くらいの女の子がベッドに腰かけて外を眺めていた。


「リリア!」


名前を呼ぶと、女の子、リリアは振り向いた。

彼女は、わたしがこの病院に来た時からずっとここにいる先輩だ。

何年たっても姿が変わらないのが不思議。


「もう、アンナ。入るときはノックしなさいって言ったでしょう」


少し眉を寄せて言うリリアに、わたしは舌を出して謝った。


「それより、リリア! 遊ぼうよ!」


「わかった、わかったわよ」


わたしがつつくと、リリアは諦めたように立ち上がった。

本当はわたしの部屋に連れて行って、花びらの片づけを手伝ってもらうんだけどね。こうでも言わないと、リリアの重たい腰は持ち上がらないもの。


リリアはわたしの病室に入って散らかった花びらを見ると、すべてを察した。

少し恨めしそうな目でわたしを見て、


「だましたわね」


と、一言だけ言う。

それでも、わたしがまたぺろりと舌を出すと苦笑して結局手を貸してくれた。


リリアは優しい。

いつも文句を言いながら、こうして面倒を見てくれる。

大好き。


「……あれ?」


その時。

わたしの目の前が、ぐらりと傾いた。

頭の中が一瞬暗くなり、もやがかかったようになる。

落ち着いたころに目を開けると、わたしは床にうずくまって、リリアが心配そうにわたしをのぞき込んでいた。


「アンナ! 大丈夫?」


ぼーっとしていた私はハッとして、リリアに笑いかけた。


「うん、大丈夫! 立ち眩みしちゃった」


嘘。

たぶん、これは立ち眩みじゃない。

自分で分かる。最近、頻繁に起こりすぎているから。

まるで日に日に体から力が抜けていくみたい。


「……そう」


リリアも気づいているんだろう。

そうじゃないと、こんなに悲しそうな顔、できるはずない。


それでも、きっと彼女は何も言わない。

わたしが倒れるたびに手を差し出してくれる。

わたしが起き上がれなくなる、その日まで。


「アンナ、立てる?」


「……ねえ、リリア」


「なあに」


わたしは、リリアの差し出された手をとって立ち上がると、リリアに抱き着いた。

腕の下から背中に手をまわし、彼女の肩に顔をうずめる。


「大好きだよ、リリア」


リリアが息をのむ気配がした。


「ずっと……一緒にいてくれる?」


彼女は、わたしが力を緩めないのを悟ると、ぎゅっと抱きしめ返した。


「当たり前でしょう」


わたしも、リリアも、見えないけれど確実に近づいてくる終わりに怯えている。

いつ訪れるのかは分からない。

もしかしたら、何年も先かもしれない。でも、明日かもしれない。


独りでいたら、震えてしまう。

でもこわくないよ。

君がいてくれるなら、わたしは、なんだって乗り越えられる。


だから、そばにいてね。

ずっと。

ずっと。



いつか来る、最後の日まで。




―――――――



名前:アンナ・ハートフィールド


病名:花咲き病


症状:体に植物が根を張り、花を咲かせる。はじめは、ぽつりぽつりと咲くが、それが少しずつ積み重なって全身を覆うようになっていく。咲いた花は宿主の生命力を奪い取って成長するため、患者は徐々に衰弱していく。


患者のこと:六歳のときに病気を発症。以後、本病棟で二年間の入院生活を送っている。本人は幼さゆえか、病気をあまり重大視している様子はない。001号室の患者と親しい。

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