1号室―静止病

わたしがこの『暁病棟』にやってきたのは、かれこれ八歳の時だった。

奇病と呼ばれる類の病にかかった幼いわたしを、母は人里離れた場所に建つこの場所に入院させた。

その後、母には会っていない。一度の面会もないまま、何年もの年が過ぎ去った。


それでもこの場所は嫌いじゃなかった。

優しく頬を撫でる風。爽やかな空気。

清潔で柔らかいベッドで寝れて、毎日おいしいごはんも食べることができる。


この病院は、わたしと同じような〝奇病〟を患った患者たちが集う場所だ。

わたしたちはここを『暁病棟』と呼んでいた。

現実から隔離された、病棟。

夜明け前という意味がある、暁の名を使ったこの病棟が、わたしは好きだ。


「リリアー、起きてる?」


ふと、病室に1人の少女が入ってきた。

彼女も奇病患者で、右目から花が咲いている。同い年くらいの子だ。

奇怪な見た目をしていても愛らしさを失わない、可愛い子。


「もう、アンナ。入ってくるときはノックしなさいって言ったでしょう」


わたしが苦笑して窘めると、少女、アンナはぺろりと舌を出した。


「ごめんなさーい。それより! リリア、遊ぼう!」


「わかった、わかったわよ。何をするの?」


「えーっとねー」


アンナは楽しげにわたしの手を引いてベッドから立ち上がらせ、話し始める。


わたしは、その笑顔を見てたびたび思うのだ。

いつまでこの時が続くのだろうと。

この病は治るのか。治らないとしても、いつ死ぬのか。


「――リリア?」


アンナの声に、わたしは我に返って首を振った。


「いいえ、なんでもないわ」


頭をなでてやると、アンナは笑うように目を細める。


ただ今は、その温かさを抱きしめるようにして、眠るだけだ。




―――――――



氏名:リリア・フィリップス


病名:静止病


症状:体の時が止まり、歳をとらなくなる。原因は不明。治療方法も未だ見つかっておらず、患者の寿命も不明。


患者について:八歳のときに入院。その後も病状に変化が見られないまま、三十年間入院し続けている。両親は既に他界。見た目は現在も、入院当時の八歳ほどのままで止まっている。002号室の患者と親しい。

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