3号室―宝石病

「あー! レイ、また泣いてる!」


「えっ、わあ!」


いきなり飛びついてきたアンナに、僕は驚いて声を上げてしまった。

僕がいたのは病棟の中心にある談話コーナーで、みんなで食事をしたりテレビを見たりする場所だ。

僕は今テレビを見ていたのだが、ドラマを流していたら感動して泣いてしまったのだ。


ころ、ころん。

地面に何かが落ちた音がして、そこには二つの宝石があった。


「ああ、また……」


僕はそれを拾い上げて、ため息をつく。

僕もアンナも、ここ『暁病棟』の患者だ。

そして、涙が宝石に変わってしまう病気。それが、僕の奇病。


生活に支障はないのだが、泣くたびにこうして宝石が出てしまうのは少々面倒くさい。なにせ僕はそういった類のものに全く興味がないので、宝石など出てきても何も得がないのだ。


「また宝石出ちゃった! 今度はどうして泣いてるの、レイ?」


アンナは僕よりずっと年下だが、僕のことを随分気にしてくれる、優しい子だ。

僕が泣いているといつもどこからか駆け寄ってくる。


「うん、少しテレビを見ていてね。心配かけてごめんよ、アンナ」


「そうなの? もう、あんまり泣いたらだめだよ! 病気が進行したらどうするの」


「あはは、大丈夫だよ」


お姉さんぶりながらも、こちらからしたら可愛い妹にしか見えないのが愛らしい。


すると、アンナの背後からリリアも近寄ってきた。

リリアはアンナと同い年くらいに見えるが、実はこの病棟でも古株だ。

幼く活発なアンナのことが心配なようで、いつも後をついて歩いている。


「また泣いたの、レイ? アンナを困らせちゃだめよ」


「困らせてないよ……。まったく、君はいつも過保護だなあ。アンナにもよくないよ」


「余計なお世話よ」


「ああ、そんなに怒らないでよ。はい、宝石あげる」


「もとは貴方の涙でしょう。……まあ、いただくけど」


棘のある言い方をしながらも、彼女は僕の手から奪った宝石を天井にかざした。


「……また色が濁ったんじゃない?」


「そう?」


「そうよ。……本当に、気をつけなさい」


彼女の心配げな表情に、僕はつい笑みを漏らした。


僕はここが気に入っている。

美味しいご飯が食べられるし、似たような奴らもたくさんいる。

差別されることもなければ。

独りになることもない。


「なに笑ってるのよ」


「いや。


幸せだなぁ、と」




―――――――


名前:レイモンド・チェスティ


病名:宝石病


病状:流した涙が宝石に変わる。病気が進行すると、だんだん出現する宝石の色が濁っていく。最終的に宝石が黒くなった時に患者がどうなるのかは不明。


患者について:二十歳の時に発病、現在二十二歳で二年間の入院生活を送っている。いつも飄々としていて自分を偽る癖があるので、泣き顔を他人に見せたくないという心理から『宝石病』が発病したと考えられる。

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