4号室―鎖傷病

その日、目を覚ますと、右手がズンと痛んだ。


「なんだぁ……?」


俺はのそのそとベッドから起き上がり、右腕をまくった。

右腕には、手首に巻き付くようにして、鎖のような形状の痣が浮かび上がっていた。


「うげ、増えてる」


俺の奇病。

体に鎖で締め付けられたような痣が出て、それが増えるたびに言葉を忘れていく。

既に俺の左足は痣に浸食されて使い物にならなくなり、今は松葉づえでの生活だ。


「……おっし、気分転換!」


俺は沈みかけた気分を無理やり持ち上げ、てきぱきと右手首に包帯を巻くと、松葉づえを持って病室を出た。

すると、病棟の中央にある談話スペースに向かっている途中で、隣室のレイとすれちがった。


「レイ! ……えっと……」


あれ、こういうとき、何て言うんだっけか。

今回忘れたのは挨拶だったか……ちくしょう。


俺が唸っていると、レイは俺の右腕に巻かれた包帯を見て察したようだった。


「おはよう、デリック。今日もかっこいいね」


「ああ、おはよう、レイ。悪ぃな」


「また痣が増えたのかい?」


少し眉を顰めてこちらを見るレイに、俺は苦笑した。


「参るよなぁ、こんなに頻繁にやられちゃ!」


「難儀だね、君も」


「いや。毎度毎度、レイにも世話になりっぱなしだな」


頻繁に言葉を忘れてしまう俺に、レイはたびたび色々なことを教えてくれる。

俺としてはありがたい限りだが、迷惑をかけてしまっている自覚もあった。


俺がそう言うと、レイは首を振って微笑んだ。


「面倒を見るのは好きなんだ。言葉を教えるくらい、君に比べちゃなんの苦でもないよ」


それに、と付け足して、俺の頭に手を乗せるレイ。


「助け合うのは、この病棟の基本だ。なんて言ったって、僕らみたいな人間の集う場所だからね」


俺はその柔らかい言葉に、いつも励まされていた。

いつもそう言って手を差し伸べてくれる。

その温もりがあれば、どんな奇病だって、苦しくなかった。


「……いつもありがとな、レイ」


レイは「どういたしまして」と言うと、くるりと体の向きを変えた。


「談話コーナーに行くのなら、送って行こう。君の松葉づえの使い方は、どうにも危なっかしいからね」


「あ、なんだそれ! さては俺の必殺技を知らねえな⁉ 最近は足を地面につかないで歩けるようになったんだぜ!」


「それが危なっかしいんだよ。もう先生に言って、車いすに変えてもらったらどうだい」


「やだよ、あれ動きづらいし」


「君はもう少し落ち着いて生活したほうがいいから、ぴったりだろう? あんまり無茶してると、アンナに怒られるよ」


「それは嫌だな!」


俺は幼い少女の膨れ顔を思い出して笑う。

その後、俺は談話コーナーにいたアンナとしりとりをして、全敗したのだった。




――――――


名前:デリック・ヘインズビー


病名:鎖傷病


病状:体中に鎖のような形の痣が浮かび上がる。痣は消えることがなく、痣が増えるたびに言葉を忘れていく。


患者について:明るく、気さくな少年。他の患者の手助けを得て、日々問題なく生活している。病気の進行によって左脚が麻痺。子供好きなので、よく幼い患者たちの遊び相手になっている。005号室の患者をよく気にかけている。

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