第8話◆海女伝説

 ・・・《呪符(じゅふ)》とは、

《海女》が必ず漁の際に身に着ける『御守り』みたいなモノだ。

 鉢巻き状の布に《古代文字》で、


~無事に帰って来れますように~


 と、いった『漁の無事』を願う文言などが印されている。


 この《祠(ほこら)》に奉られていたという《呪符》には更に、


~人の心に呑まれるな~


 ・・・という『言葉』も書かれていたそうだ。



「・・・―ヒトの心に・・・のまれ・・・?」


 〈ミサキ〉は《祖母》から今、

初めて聞かされる奉られた《呪符》のハナシに、首を傾げた。

 海に潜る《海女》になら、

~《波(或いは海)》に呑まれるな~

 ・・・と、印すのが普通だと思うのだが?

 孫の素朴な疑問に、

〈フミ〉は静かに語り出す。


「・・・―結子(すくね)の海女は『尊い神の遣い』や・・・て、言われてたらしいわ」


「・・・神の遣い・・・」


 ・・・その言葉に、

〈ミサキ〉は厳かな気分になり自然と背筋が伸びていた―・・・。




『―・・・全ての海は、この《結子(すくね)》から始まる――・・・』


 《海女伝説》は、

そんな言葉から始まるのだそうだ。

 ・・・古くから《結子(すくね)》は漁で栄え、男は舟で女は海女で生計を立てていたが、

 この島の《海女》には海に潜って漁をするだけでなく、


 もう一つ――・・・

 ある『能力(ちから)』を携えていた、という。


「・・・心に・・・『潜る』ぅ⁉️」


 〈ミサキ〉は意味が判らず眉を顰(ひそ)めた。

「何やろ?・・・『精神世界』っちゅうんか?

人間(ひと)の《意識》に入り込む『能力(ちから)』があったらしいわ💧」

「そんなコト―・・・が出来るのん⁉️」


 《祖母》から、

そう説明されても俄(にわか)に信じがたい。


『《超能力》みたいやん・・・💦』


 〈ミサキ〉が思う事を〈フミ〉も感じているのだろう。

「せやから、『尊い神の遣い』やて言われてたんやろうなぁ・・・」

 自身は《眉唾モノ(笑)》だと承知しつつ、納得させるように言った。

 古来から伝わる《神話》や《伝説》には『あるある(笑)』みたいなモノだ。


 ―・・・しかし、

〈ミサキ〉には総てが初めて聞く話だった。

「・・・私が知ってる《海女伝説》は、結子(すくね)の《姫》さんが、夫の《島長(しまおさ)》に呪符で首を絞め殺されて―・・・」

 自分でそう口にしながら、

〈葉子〉や〈静香〉も『絞殺』されている事を思い出す。


「・・・バァちゃん・・・何で《呪符》が無くなったんやろ―・・・」


 孫の言いたいコトが〈フミ〉にも伝わった―・・・が、

「・・・何で、わざわざ《祠(ほこら)》の呪符盗んであのコら殺さんとアカンのや?」

 そうまでする『意味』が判らず、

思わず言葉じりが荒くなる《祖母》に、

「・・・《海女》―・・・やから?・・・二人共『海女』やったから《呪符》で殺したかった・・・とか?」

 囈言(うわごと)のように〈ミサキ〉は呟く。


「アンタ、それやったら・・・あのコらぁ殺したんは『同じ人間』っちゅう事になるやないの‼️・・・まさか――・・・」

 〈フミ〉は半信半疑だったが、

〈ミサキ〉には漠然と確信に近い思いがあった―・・・。




『・・・何を《サスペンスドラマ》みたいなコト言ぅてるんよぉ~‼️《海女》ばっかり殺して、何の意味があんのん⁉️💦

・・・気色悪いわぁ~💦』


 いつだか〈泉〉が言っていた、

あの言葉を思い出す。


「《犯人》にとって・・・祠(ココ)の呪符で《海女》を殺す『意味』が、

―・・・何かあったんかも知れんし」


『・・・でも、何の為に?』


 ・・・―《犯人》が〈泉〉に『気色悪い』と言わしめる《変質者》かどうかは定かでは無いが、

 あの二人が《海女》だったが為に殺されてしまったのだろうか・・・?


『それだけの理由で・・・⁉️』


 本当にそんな理由だとすれば、

〈ミサキ〉の勝手な臆測でも悔しくて憤りさえ感じる。

「・・・サトルさんは―・・・この事に気付いてた・・・」


 ・・・―ならば・・・。


 どうして《警察》に、

その事を通報もせずに自ら姿を消してしまったのか―・・・。


 聞きたいコトが沢山あり過ぎる。


 ―・・・しかし何より。

 もしかして〈サトル〉自身の身に何かしらの危険が迫っているのでは無いか―・・・?


「・・・無事やったら、いいねんケドなぁ・・・」


 〈ミサキ〉だけでなく〈フミ〉も一番の心配は、それである。

 深い溜息と共に吐いた言葉は切なげで、

 ただ、ただ無事である事を祈るように《祠(ほこら)》に手を合わせた―・・・。






《結子(すくね)》と《本島》を結ぶ《定期連絡船》の一日の運行本数は、

 午前に17本、午後には14本と意外に多い。

 一日に200~300人近くが利用するも、

朝夕の『ラッシュ』以外は長閑(のどか)な光景だ。


 〈小菅〉は毎日、

そんなラッシュを避けてこの船を利用していた。

「《先生》・・・、今日も『お疲れさん』やねぇ~」

 切符の『モギリ』をする女性にいつものように声を掛けられたが、

 今夜の〈小菅〉は軽く一礼して船に乗り込むと、船内には入らず《デッキ》へと進む。


『―・・・誰かに視られている・・・』


 自身がいつも感じている《焦燥感》とは違う―・・・。

 『あの時』から・・・付きまとうような《視線》に〈小菅〉は苛立ちを隠せなかった。


『・・・誰なんだ、一体‼️』


 気持ちを落ち着かせる為に、

煙草に火を着けゆっくり目を閉じる。




「アンタ、《学校》のセンセーやったんやなぁ~・・・」


 授業のない待機時間に、

珍しく自分宛の電話が《職場》である学校に掛かって来た。

「・・・《本島》やったらイチャイチャしても、『バレへん』つもりやったんやろが、甘いわぁ~(笑)」

「何のコトでしょう?」

 〈小菅〉には全く聞き覚えの無いその『声の主』は、

間違いなく自分の事を知っている口振りだ。


「・・・フンっ・・・まぁええケド。また《連絡》するから逃げんなや?」

 耳障りな《ガム》を噛む音と共に電話はプツンと切れた―・・・。


『何を知ってるというんだ、あの男はっ‼️』


 船が動き始めたと同時に、

〈小菅〉は目を開ける。

 すると、

隣にはいつの間にか《青年》が立っている事に驚き・・・

 思わず、手にしていた煙草を海に落としてしまった。


「・・・夜の海は、何だか呑み込まれそうで―・・・『怖い』ですね?」


 男の自分が見てもルックスのいいその《青年》は、

風に飛ばされた煙草が波に呑まれていく様を目で追った後、

 おっかなそうに肩を竦ませ苦笑した。


「・・・何処かでお会いしましたか?」

 〈小菅〉は目立つ(笑)その《青年》に見覚えがあるような気がして声を掛けた。

「・・・先日お見掛けしました。《先生》は、僕に気付かなかったかも知れませんが・・・」


 そう言われ、

〈小菅〉は敏感に反応する。

「どうして私が『先生』だと?」

 瞬時に、今日の『電話の主』が過(よぎ)った。

「・・・えっ⁉️💦・・・あぁ―・・・」

 途端に《青年》は困った顔をして何やら躊躇しているその様子に、

〈小菅〉は今過(よぎ)った『主』だと確信し、

「・・・何だ、気が早い(笑)。・・・―オレを脅してどうする?」

 と、意地の悪い笑みを浮かべて言い放った。


「何なら今すぐ、此処からお前を突き落としてやってもいいんだぞっ⁉️」

 鬼の形相にガラリと変わった〈小菅〉の変貌ぶりに、

《青年》は息を飲むが・・・やがて哀しそうな顔をして訊ねた。


「・・・《先生》は誰かに脅されているんですか?」


『しまった‼️』


 ここで〈小菅〉は『人違い』だと気付くも、

どう取り繕っていいのか判らず動揺する。

「・・・いや―・・・その―・・・💧」

 嫌な汗が背中を伝っていく感触だけが、やけに鮮明に感じる。

 必死で最善策を頭の中で練るそのタイミングで船が《本島》に接岸した。

 ―・・・と、ほぼ同時に、


『思い出した‼️』


 あの通夜の日。

〈ミサキ〉の隣には確かに、この《青年》の姿があった。


「・・・済まなかった。今のコトは―・・・忘れてくれないか?」


 さっきまでの様相から一転、

〈小菅〉は深々と頭を下げ懇願する。


 船からは次々と乗客が降り始めた。


 〈小菅〉も、その《青年》から逃げ出すように乗客に紛れて立ち去ろうとしたが、

「・・・『逃げる方法』が違うと気付いていますよねっ⁉️」

 《青年》は追う事まではしないものの、

周りに気も留めぬ様相で大きな声で叫んでいる。


 その投げ掛けられた言葉に〈小菅〉は驚愕し振り返ると、

「・・・繰り返しちゃ・・・ダメなんですっ‼️・・・繰り返しちゃあっ―・・・‼️」

 顔を歪ませ・・・まるで悲痛に泣き叫ぶような《青年》の姿だけが、ハッキリとピントが合うように『認識』出来た。

「・・・―お前は・・・一体・・・」

 〈小菅〉は何とも言いようのない恐ろしさに襲われ、

 数歩後退りをするが早いか一目散にその場を逃げ出した―・・・。






 ・・・―自分が、

何処をどう走って来たのか覚えていない。

 〈小菅〉は、もがくように家に辿り着くや灯りも付けず《ソファー》に小さく身を縮めた・・・。


『・・・《逃げる方法》が違うと、気付いていますよねっ⁉️』


 ・・・―あの《青年》の言葉が頭から離れない・・・。


 自分しか知らないハズの《焦燥感》やそれに足掻き苦しみ続けているコトを―・・・

 それらの総てを『見透かす』意味が込められていると思った。


『《逃げる方法》が違う―・・・?』


 しかし、〈小菅〉は思わず鼻で嗤(わら)う。


「・・・なら、教えてくれよ・・・」


 嘲(あざけ)るように呟くと、

「このオレにっ‼️・・・教えろよぉっ‼️」

 これまで押し殺していた感情を一気に爆発させ、

渾身の力を込めて抱き締めていた鞄を部屋の壁に叩き付けた―・・・。

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