第6話◆悲しみの連鎖

 〈ミサキ〉の話によると、

この《本家》では代々古くから『海女』をやって来たが、

 次の代へと継ぐと必ず家族の『誰か』が亡くなるのだという。


「・・・私は小さい時に母を亡くしました。

バァちゃんは《お母さん》から継いだらその《お母さん》を亡くし――・・・💧

自分の《娘》に継いだら、今度は《娘》・・・つまり私の母が亡くなったんです・・・」

 〈フミ〉が《海女伝説》を嫌う理由はコレらしい。

「・・・じゃあ、もしミサキちゃんがフミさんから継いだとしたら――・・・」

 〈サトル〉はそのまま言葉を失ってしまった。


「・・・僕は、《北結子(きたすくね)》からこの島に入ったんですが、

あちらでは《海女》をされる方が既に絶えてしまった――と聞きました💧」

「『絶えた』って言うより、

もう、怖がって誰もやらんようになってしもたんです💧」


 確かにそうなのだろう。


 ・・・が、しかし。

南のこちら側では、まだ《海女》をしている女性達が何人か現にいる。

〈サトル〉のそんな『疑問』に、

「・・・『噂』は他(そと)へ行く程、大きぃなるみたいです・・・💧」

 〈ミサキ〉なりの解釈なのだろうが〈サトル〉は妙に納得が出来た。

 そのリアリティある『物言い』に心当たりがあったからだ。


「・・・―今日・・・本当なら、午後にでも波が治まればフミさん達に漁に連れて行って貰えるハズだったんですが、

《本島》から警察の人が来てしまい、結局行けなくなってしまったんです💧」

「《警察》は何て言ぅてましたか⁉️💦」

 〈ミサキ〉の食い付きように、

〈サトル〉は確信して話を続ける。

「・・・『殺人事件』と断定して捜査をしているそうです」

「―・・・」

「・・・で。その《被害者》の女性の方には・・・何やら『噂』があったみたいですよね?」


 〈サトル〉の問いかけに、

〈ミサキ〉はスッと目を伏せた。


「・・・警察は、その方の『交遊関係』―・・・

特に《男性》についてを、何度もフミさん達に尋ねていました」

「・・・違うのにっ‼️💦」

 〈ミサキ〉の呟きに、

「フミさん達も『それは違う』と―・・・、

かなり強く、否定をされてましたよ」

 その〈サトル〉の言葉は、

祖母達海女仲間も自分と同じ思いなのだと―・・・教えてくれているようで、

 〈ミサキ〉は今日一番で安堵した。




「・・・確かに。《噂》は他(そと)へ行く程―・・・大きくなるモノかも知れませんね・・・」


 〈サトル〉はさっきの〈ミサキ〉の言葉を繰り返したが、

 その呟きには――・・・

 また別の思いが込められているように感じる程、悲し気にも聴こえる。

 と、同時に。

『・・・似てる・・・』

 〈サトル〉の物憂げな表情が〈小菅〉の面影と、不意に重なって見えた。

 が。直ぐ様、

『私のバカっ‼️💦💦』

 と、〈ミサキ〉は自分を叱咤(笑)する。

 《男性》のそんな雰囲気が全て〈小菅〉に見えてしまうのは『重症(笑)』だと思ったらしい。

「・・・―ミサキちゃんは可愛らしいなぁ・・・」

「はいぃ?💦」

 〈サトル〉の言葉に思わずマヌケな声を出してしまい〈ミサキ〉は顔を赤らめた。

「何なんですか⁉️・・・っそんな急に💦」

 この瞬間でさえ、

その一つ一つの表情や仕種が愛らしくて仕方がない。

「いや―・・・色んなコトを考えて、悩んで・怒って・泣いて――・・・。

ミサキちゃんを見ていると《人間(ヒト)》っていいなぁ・・・って💦そう思えるんだけど?」

・・・とてもホメられているようには聞こえないし、

 それとさっきの『可愛らしい』がどう繋がって行くのかも〈ミサキ〉には理解出来なかったが、

〈サトル〉は本当に嬉しそうに微笑んでいる。


「・・・―サトルさんって・・・『天然』って言われません?💧」

「・・・僕は、天然・・・ですかね?」

 そう言って何やら真剣に思案していたみたいだが、

 諦めたのか(笑)軽く首を振った。

「・・・僕は《僕》のままですから・・・💧

きっと⤵️今のこの『時代』に付いて行けて無いんでしょうねぇ・・・💧」

「嫌やわぁ(笑)💦サトルさん、何か《おじいちゃん》みたいっ❗️(笑)」


 〈サトル〉の見た目とは裏腹の、

今の発言といい―・・・その中身のギャップがあまりにあり過ぎて、

〈ミサキ〉は可笑しくて仕方がない。


『パッと見ぃ、めっちゃカッコいいのに・・・💦』


 クスクスと笑いが止まらなかった。


 と・・・―その時。

「未だココに居てたんかいな⁉️・・・今、何時や思ぅてんのん⁉️」

 リビングの様子を見に来た《祖母》に叱られ、驚いて時計に視線(め)をやると、

 日付がとうに変わっている時間だった――・・・。






 明け方近く――・・・。

 《パトカー》のサイレンの音が、遠くで鳴っている気配で目が覚めた〈サトル〉は、


『・・・あぁ・・・』


 沈痛な面持ちのまま、

言葉も無くその顔を両手で覆った―・・・。




 翌朝、〈ミサキ〉は《祖母》の言葉に愕然とする。


「・・・瀧井センパイが・・・?」

「今朝がた、《祠岩(ほこらいわ)》んトコで亡くなってたらしいわ。・・・何で、あんなトコで―・・・」

 流石の〈フミ〉も言葉に詰まり、口を結んだ。


「・・・―明け方のサイレンの音は、それだったんですね・・・?」

 〈サトル〉も、騒然とした様子に不安を隠せないのか、

 目を充血させて起きて来た。

「・・・―瀧井センパイって・・・?」

 〈サトル〉の問いに、

〈ミサキ〉は今にも泣きそうな顔で答える。

「・・・この春、高校卒業して《海女》になる言ぅて頑張ってはった学校の先輩・・・」

 そう言うが早いか、

その場にしゃがみ込んで、とうとう声を上げて泣き出してしまった。


「・・・―『海女さん』、ですか・・・」

 〈サトル〉の呟きに、

「・・・頑張り屋な娘(コ)でなぁ・・・。

『もっと、潜るん上手になりたい』言ぅて、独りでも練習しよったんよ・・・」

 ―・・・訊けば、

《祠岩(ほこらいわ)》の周辺は比較的に浅瀬で《サザエ》や《牡蠣》も採れ易い、

 『潜る』練習には最適な漁場らしい。

 ただし。

 岩場が多い為に、波の荒い日に潜ると流され易く危険でもあるという。


「昨日は、波が高かったですよね?」

 〈サトル〉は〈フミ〉に視線を向けると小さく頷き、

「まさか、あんな日にまで・・・練習はせんと思うんやけど―・・・」

 困惑気味にそう答えると、

「とりあえず《漁協》に行く」とだけ言い残し、朝食も摂らず早々に支度を整え家を出た。


「・・・―ミサキちゃんは・・・?・・・学校、どうする?・・・休む?」

 〈サトル〉はスッと腰を落とし、

〈ミサキ〉に優しく宥めるように声を掛ける。

 すると、

「・・・―行く・・・」

 〈ミサキ〉は鼻を啜り、

溢れて止まらない涙を何度も拭いながら、

「・・・ありがとう、大丈夫」

 そう言って、しっかりと立ち上がった――・・・。






 今日の学校の『雰囲気』は、

昨日とは打って変わって全体がまるで通夜会場のように沈んでいた。


 『緊急集会』と称して全校生徒が《体育館》に召集され、

 今朝の事件の詳細が校長の口から語られたのである。


 ―・・・本日早朝。

隣地区の清午(せいご)沖にある《祠岩(ほこらいわ)》で、

 今春卒業した86期生の〈瀧井静香(18)〉の遺体が地元の漁師によって発見された。

 昨日は終日まで波が高かった為か遺体の損傷が激しく、

 それから推測すれば推定死亡時刻は昨日昼過ぎから夕方になるのではないか――・・・


 という、

地元警察の見解を《校長》は、ただ事務的に淡々と伝えた。

 現段階では『事件』『事故』の判断が難しく、司法解剖をして死因を解明する―・・・との概要が伝えられている間も、

 あちらこちらから生徒達の啜り泣く声がしていた。


 ・・・勿論、

 その中に〈ミサキ〉も嗚咽を必死に噛み殺して泣いている一人だった―・・・。




 「センパイ可哀想・・・」


 各自教室に戻る中、

〈泉〉は足を止め再び泣き始めた。

「《海女》になんかならんと、本島で働いてたら死なんで済んでたのに―・・・」


 ・・・―〈静香〉の実家は《海女業》をやっていた訳ではない。

 父は元々漁師だったが、

両親は娘に跡目を継がせるつもりは無く、普通に『就職』を望んでいたらしい。

 本人も、特にそう言った希望を口にしていなかったのだが、

「・・・私、《海女》になる」

 突然そう『宣言』をし、

両親は元より学校関係者をはじめ、周囲を驚かせたのだ。


 この《結子(すくね)》に限ったハナシでは無いが、

 年々寂(すた)れていく島に残る若者は居ないに等しい。

 況して《結子(ココ)》は、

『漁業』以外に主だった盛んな産業がある訳ではないし、

 その漁業高が下がる一方であれば『高齢化』を理由に廃業する《漁師》も多く・・・。

 それはここ近年如実であり――・・・

歯止めが効かず、大きな問題と化していた。


 『海女伝説』のある島として、

《結子(すくね)》から『漁業』を守りたい。


 〈静香〉はそんな想いで自ら名乗り出たのだと語る、

 その『インタビュー記事』が今月配布の島の《広報誌》に掲載されたばかりだったのだ。


『私・・・この島が好きやし。

若い私が頑張ってたら、この先・・・他の若いひと達も《結子(すくね)》に残って頑張ってくれるかも知れんやん?・・・って(笑)』


 その《広報誌》の表紙をも飾ったアイドル然とした笑みを浮かべる〈静香〉を、

〈泉〉だけではなく島民の同世代の若者、全員が誇りにさえ思っていただけに、

 悲しみは『悔しさ』にも似た複雑な感情となっていた――・・・。




「・・・ミサキは―・・・《海女》にならんでもいいんちゃう?」


 教室に戻るも、

〈泉〉は自分の席には着かず〈ミサキ〉の前の空いている席に座り真顔でそう言った。

「・・・何なん?急に💧」

 見た事もない《幼馴染み》の様子を怪訝に思いながら、

 少したじろぐ〈ミサキ〉に対し、

「瀧井センパイでも命落としてしまうのに、『潜れん』『泳げん』アンタが《海女》になれる訳ないやん‼️」

「そんなハッキリ言うコト、無いんちゃう⁉️」

 珍しく、容赦の無い辛辣な〈泉〉の言葉に〈ミサキ〉はマジ凹みをするが、


「・・・だって、昨日から《海女》やってるヒトばっかり亡くなってるんやもんっ‼️」


 目を潤ませて〈泉〉は続ける。

「―・・・何か嫌やん・・・。この先ミサキが、

ホンマに《海女》になってしもたら・・・」


『―・・・。』


「・・・ホンマやわ・・・」


 〈泉〉が自分の事を心配しての発言だと知り嬉しく思う以上に、

そう言われて・・・そこで初めて気付いた。

「・・・『偶然』、なんやろか・・・?」

「何を《サスペンスドラマ》みたいなコト言ぅてるんよぉ~‼️《海女》ばっかり殺して、何の意味があんのん⁉️💦

・・・気色悪いわぁ~💦」

 そう言いながら、

〈泉〉も不安げな顔になる。

「・・・瀧井センパイも誰かに殺されてしもたんと違う・・・?」

「・・・―まさかぁ・・・💧」


 ――・・・しかし・・・。


〈泉〉のその何気ない一言は現実のモノとなってしまう。

 〈静香〉の直接の死因は『絞殺による窒息死』―・・・。

 そう正式発表されたのは、

5時間目の授業が始まる前だった。

 これで『殺人事件』と断定され本格的な捜査が行われるのだという。

 担任の〈小菅〉からクラスにそう伝えられると、

〈ミサキ〉と〈泉〉は互いに顔を見合せ、

ただ息を呑むしか無かった―・・・。

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