第7話◆消えた呪符

 昨日、《本島》で遺体となって発見された〈葉子〉の亡骸が《結子(すくね)》に還って来た為、

 皮肉にも二人の海女の通夜が同日に行われるという、

 未だかつてない悲しみが島全体を覆っていた――・・・。


「・・・僕もご一緒していいでしょうか?」


 一人、他人の家で『留守番』をするのも居心地が悪いのだろう。

〈サトル〉も通夜に参列する事になった。


 家が近い〈静香〉の所は後にして先に〈葉子〉の通夜に向かう為に、

他の海女仲間達とも合流し、一緒に《甲田家》へと足を運ぶ。

 例の『噂』のせいなのか、

《甲田家》はやけにヒッソリとしていた。


 〈フミ〉達を出迎えた、

 夫である喪主の〈圭司〉は〈葉子〉と同じ年の42歳だというが、随分と老けて見えてしまう。

「・・・ヤツれはったなぁ―・・・圭司さん・・・💧」

 〈サトル〉は勿論『初対面』だが、

〈ミサキ〉は何度か会った事がある。

 孫の呟きに〈フミ〉も同じ気持ちだったのだろう、

「家長(アンタ)がしっかりせな、どないもならんでしょ‼️」

 そう言って〈圭司〉の手を取り励ますと、

それが余程嬉しかったのか堰(せき)を切るように男泣きに咽び泣いた。

「・・・本当に、お辛かったんでしょうね―・・・」

 つい〈サトル〉も思わず涙ぐむ。

海女仲間の皆も、〈ミサキ〉も勿論。

 その様子に涙が止まらなかった―・・・。




 ―・・・《海女》には二種類ある。


 一つは『かち人(ど)』。

〈フミ〉達のように独りで漁をする海女。

 ・・・そして。

もう一つは『舟人(ふなど)』といい、此方は夫婦で漁をする。

 夫は舟に残り、妻が舟の錨(いかり)の縄を伝い潜って漁をし終えれば夫の差し出す《サオ》を掴んで上がる海女の事であり、

 〈葉子〉はその『舟人(ふなど)海女』だった。


「・・・葉子さん、私によぉ言ぅてました。

圭司さんが居てるから自分は潜れるんや・・・って―・・・」

 〈ミサキ〉の言葉に、

〈圭司〉は無言のまま何度も大きく頷く。

 本当に仲の良い夫婦なのは誰もが周知のハズだったが――・・・。

「・・・噂になっているような《男性》には、『心当たり』が無いんですよね?」

 不意の〈サトル〉の質問にも無言で頷いた。

 続け様に、尚も訊ねる。

「奥さんは《本島》で、どのような状態で発見されたんでしょうか?」

「・・・《ビジネスホテル》の浴槽で首を絞められて―・・・」

 その先は流石に言葉にもならなかった。


「・・・―《漁師》は続けるんか?」


 心配する〈フミ〉は、気遣うように声を掛けたが〈圭司〉は口を一文字に結び、少しの間を置いてから、

「・・・舟には、もう乗らん・・・」

 そう淋しく呟いた――・・・。




 ―・・・《甲田家》を出て、

海女仲間達と別れた後〈静香〉の家に向かう途中、

「・・・アンタは『探偵』の真似事でもしてるつもりか?」

 〈フミ〉が〈サトル〉に低い声で囁いた。

「・・・そんな《ドラマ》みたいな事、僕には出来ませんよ」

 そう否定する〈サトル〉を一瞥するも、〈フミ〉の想像していた以上に彼が深刻な顔付きをしていたその様相を見て、

 例え―・・・それが『犯人探し』であっても

決して興味本位ではない事を察する。

「・・・何ぞ『心当たり』でもあるんかいな?」

 〈フミ〉の、その不安ながらも自分に対する気遣いも込められた言葉に、

 心配は要らないと言わんばかりの〈サトル〉は、ただ黙ったまま微笑んでいるだけだった・・・――。




 〈葉子〉の《甲田家》とは違い、

《瀧井家》には多くの弔問客で溢れていた。

 〈フミ〉達が近付くと、

〈静香〉の同期生だけではなく先輩・後輩の女子達が一斉に色めきザワつき始める。

「・・・あの人、誰⁉️💦」

 中には通夜だというのに、

ミーハー丸出しで騒ぐ女子達もいた。

 ・・・―そう、

彼女達の視線の先には〈サトル〉がいたのだ―・・・。


「ハイハイ、退いて頂戴ね」


 そんな中をいとも平然に、

 〈フミ〉が先陣を切り(笑)女の子達を掻き分けて進んで行く。

「・・・フミさんは頼もしいですね」

 と、渦中の原因の主(笑)である〈サトル〉はその自覚すらないのか、嬉しそうに〈ミサキ〉に耳打ちした。

「・・・―サトルさん、不謹慎やわ💧」

 それが『本心』では無いにしても〈ミサキ〉は眉間にシワを寄せ、睨んでみせる。


『・・・騒がれてる《原因》が自分にあるって、本気で気付いてあらへんトコがホンマに《天然》やわ💧』


 半ば呆れるように小さな溜め息を漏らしたが、そんなコトを思われているとは本人は知る由もないであろう、当の〈サトル〉は一言「ごめんなさい・・・」と言うと、反省すべく気を引き締め直した。


 その直後。


 ふと振り返り、誰かを探し始める。

「・・・どうしたんですか?」

「・・・―えっ⁉️・・・あぁ・・・💧・・・僕の『気のせい』でした・・・」

 瞬時にして様子の変わった〈サトル〉を心配して〈ミサキ〉は声を掛けたが、

 誤魔化すように微笑(わら)ってはぐらかされてしまった―・・・。




『・・・いる・・・‼️』


 それは〈サトル〉の直感だった。


 緊張して息が乱れそうになりながらも、自分の中で色んな感情が混じり合い、落ち着かせるのに必死だ。

 ・・・―その時、


「・・・どうしたんですか?」


 〈ミサキ〉の声を聴いて、

不思議と気持ちが自然に落ち着いた。

「・・・―えっ⁉️・・・あぁ・・・💧・・・僕の『気のせい』でした・・・」

 〈サトル〉は咄嗟に微笑(わら)ってみせたが、ちゃんと笑えているのか不安に思う。


『・・・しっかりしろっ‼️・・・お前は《この為》に、現在(いま)居るんだからな・・・‼️』


 目の前で心配げに見つめている〈ミサキ〉に対し、

 決して声にはならない固い『誓い』を〈サトル〉は新たに胸に秘めていた―・・・。






 〈静香〉の両親は、

すっかり憔悴しきっていて見ているのも気の毒だった。

 まさか娘が《祠岩(ほこらいわ)》で遺体となって見付かるとは、

夢にも思わなかったらしい。


「・・・『《本島》に行く』言ぅて、出掛けよったんです・・・」


 父親が悔しそうに言った。

 どうやら《本島》に『彼氏』がいたようで以前から度々外泊もしていた。

 だから昨日も、

当然のように大して気にもしていなかった事を酷く悔いているのだという。


「・・・静香さんとお付き合いされていた男性(ひと)とはお会いになった事は?」

「・・・ありません。『家へ連れて来い❗️』言ぅても聞きよりませんでしたわ・・・」

 〈サトル〉の質問にも正直に答える父親に

娘〈静香〉への『愛情』がひしひしと伝わって来る。

「・・・お嬢さんなら――・・・」

 祭壇に飾られた笑顔の〈静香〉の遺影は、例の《広報誌》の表紙と同じモノだ。

「・・・きっと素敵な海女さんになられていたでしょうね・・・」

「ありがとうございます・・・❗️」

 〈サトル〉の素直な気持ちが籠る言葉に、

〈静香〉の両親は涙声で礼を言うと深々と頭を下げ、肩を震わせた。




「・・・サトルさん・・・さっきから顔色悪いですケド、大丈夫・・・?」


 先程はつい微笑(わら)って誤魔化されてしまったが、

 それから明らかに様子が変だと察した〈ミサキ〉は〈サトル〉から目が離せなかった。

「・・・―そんなに見つめられると・・・恥ずかしいんだケド・・・💧」

 また、冗談を言ってはぐらかされてるのかと思いきや、

〈サトル〉は本気で照れているのか耳まで真っ赤になっている。

「そんなっ❗️冗談やなくて―・・・」

 そう言い掛けて、

〈ミサキ〉は弔問客の中に〈小菅〉の姿を見付けた。


「・・・先生⁉️」


 〈小菅〉も〈ミサキ〉に気付いたらしい。

スッと軽く手を挙げ、無言の挨拶をした。

 同僚の先生方と一緒に弔問に訪れた手前、その程度で言葉も交わせないのが残念だ。

 〈ミサキ〉は人に紛れて見えなくなるまで

〈小菅〉の姿を見つめ続けていた―・・・。


「・・・へぇ―・・・、あの男性がミサキちゃんの『好きな男性(ひと)』なんだ・・・」


 〈サトル〉の言葉に我に返った〈ミサキ〉は慌てて、

「―・・・私のコトより💦サトルさんの・・・‼️」

「・・・じゃあ―・・・。

素直に甘えてみようかな―・・・?」

 ・・・〈ミサキ〉の言葉も待たずに〈サトル〉はそう言いながら、

 肩に手を添えると全体重を掛けない程度に少し寄り掛かる。


『・・・⁉️』


 余程辛かったのだろうか・・・。

熱があるのか驚く程に身体が熱かった。

「・・・――いつから⁉️・・・何で黙ってはったんっ⁉️💦」

 〈ミサキ〉は気が動転してオロオロする。

「バァちゃんっ‼️💦・・・大変っ‼️・・・サトルさんが―・・・💦」

 〈ミサキ〉の声が徐々に遠くに聴こえていく中で、


『・・・―あの人、なんだ―・・・』


 〈サトル〉はほんの一瞬だけ見た〈小菅〉の姿を、薄らいでいく意識に刻み込むように思い出していた―・・・。






 フッと人の気配に〈サトル〉が再び目を開けた時には、

 そこは《多嶋家》の一室で―・・・

 横たわる自分の傍には、

心配そうにしている〈ミサキ〉と〈フミ〉の顔があった。


「・・・僕は―・・・」

「・・・『心労』やと💧・・・そないにまで、気ぃ遣わんでもいいんやけどなぁ~💧」

 〈フミ〉は〈サトル〉の気遣いぶりを知っているだけに、

 申し訳なさ気に言う。


「・・・よかったぁ~・・・💦」


 〈ミサキ〉は余程ビックリしたのだろう。目を覚ました事に安心しベソをかいていた。


「・・・別に僕が死ぬ訳でも無いのに―・・・」

 〈サトル〉は気弱く微笑んで、

 そっと〈ミサキ〉の瞳に浮かぶ涙を拭ってやる。


「・・・フミさん―・・・《祠(ほこら)》の鍵は掛かっていますよね・・・?」


 ・・・突然の〈サトル〉の問い掛けに、

最初は何の事を言っているのか判らなかった〈フミ〉だが、

 それが《祠岩(ほこらいわ)》のコトだとやがて気付くと、


「・・・―そらぁ、掛かってる・・・ままなん違うかな?」


 と、滅多と足を運ばない《祠岩(ほこらいわ)》の様子を―・・・記憶を手繰り寄せながら答える。

「彼処は、誰もが気軽に行く場所や無いし、『祟り』怖がってイタズラする人間もおらんと思うで・・・?」


「・・・いつから《海女伝説》は、

そんなに怖がられてしまう話になったんでしょうねぇ――・・・」 

 〈サトル〉は本当に悲しそうに言う。

「・・・サトルさん《海女伝説》のコト知ってるん⁉️」

 地元にいる〈ミサキ〉でさえ大まかにしか知らないだけに驚いた。


「・・・明日―・・・《祠岩(そこ)》へ一緒に、

行ってみませんか?」

 またもや不意のその誘いに、

「まずは、元気になるのが最優先やないですか⁉️・・・今日は、ずっと傍に付いてますから」

 そう言うが早いか、

〈ミサキ〉は母親のような笑みを浮かべて、寝ている〈サトル〉の布団を優しく掛け直す。


「・・・ありがとう―・・・」


 その振る舞いっぷりが、

幼くして失くした自分の母の姿と重なり、

〈サトル〉は童心に還るように幼げに微笑んだ。

 ・・・もしかしたら、

 まだ高熱で『夢うつつ』な状態なのかも知れないが――・・・。

『・・・―可愛い・・・』

 それが年上の男性に失礼だと判りつつ、

思わずそう口にしてしまいそうになり〈ミサキ〉は苦笑する。


 つい、 愛しさが込み上げて来そうになるこの『感情』は何なんだろう―・・・。

 そんな『戸惑い』を感じながら看病に徹するつもりでいたのだが――・・・。


 『・・・‼️』


 いつの間にか眠り込んでしまったと気付き、慌てて〈ミサキ〉が飛び起きた際、

 自分の肩に毛布が掛けられていたのかハラリと落ちた。


「・・・サトルさん―・・・?」


 傍で寝ているハズの〈サトル〉の姿が其処には無かった。

 〈ミサキ〉は驚いて家中を探したが何処にも居ない。


『・・・何で⁉️』


 外は、まだ夜が明けていない。


 こんな時間に出掛けても、

都会のように《コンビニ》や24時間営業の《ファストフード》の店など有りもしない。

 病み上がりの身体で、

一体何処へ行くというのか―・・・。


「・・・どうしよう・・・」

 不穏な事件が続いている最中に、

〈サトル〉まで姿を消してしまった意味を考えるのも怖かった。


「・・・バァちゃん・・・どうしよう・・・」


 〈ミサキ〉は狼狽え・・・声を震わせて《祖母》の部屋へ駆け出した―・・・。




 ―・・・窓がどんどん白んでいく。


 《リビング》で〈ミサキ〉と〈フミ〉は、〈サトル〉が戻って来るのを待っていたが、

 その気配は一向に無かった・・・。


「・・・困った子ぉやなぁ・・・💧」


 〈フミ〉は溜息混じりで呟く。

 島を出るにしても、黙って帰ってしまうような《青年》では無いハズだ。


 昨日の〈葉子〉と〈静香〉の通夜では、《探偵》よろしく『犯人探し』みたいにも取れる言動をしていたが――・・・。

 明らかに、

何かしらの『心当たり』がありそうだった。


「・・・あの青年(コ)は《結子(ココ)》に、

何をしぃに来たんやろなぁ・・・」


「・・・?・・・《海女》のコト、

色々知りたいぃて言ぅてたやん」

 今更の《祖母》のそんな言葉に呆れるように笑う〈ミサキ〉に、

「いやぁ・・・。『何か』を探しに来たんやないん違うやろか・・・?」

 〈フミ〉にそう言われて、

〈ミサキ〉は《海女伝説》がふと浮かんだ。


「・・・バァちゃん―・・・《祠岩(ほこらいわ)》に行ってみん・・・?」


 〈サトル〉が気にしていた『理由』が、

何なのかが知りたかった―・・・。






 清午(せいご)沖にある《祠岩(ほこらいわ)》には、

 結子(すくね)に伝わる《海女伝説》を奉ってあるが遥か昔は陸続きになっていて、

 其所は『岬』にあたる所だったらしい。


 舟で10分も掛からない、

《岩》と名が付くもちょっとした《小島》みたいだ。


 〈フミ〉が舟を繋いで、

初めて足を踏み入れた〈ミサキ〉を案内しながら《祠(ほこら)》に向かうが、


 「・・・そんなアホな・・・」


 目の前に現れた《祠(それ)》を見るや否や絶句して立ち止まる。


 《祖母》に視界を遮られて、

前の様子が判らない〈ミサキ〉はひょっこりと覗き込み、

 やはり〈フミ〉同様にその有り様に愕然とした。


「・・・サトルさん―・・・このコトが言いたかったんやわ・・・」



 ・・・《祠(ほこら)》の観音扉の鍵は乱暴に壊され、

 其処に奉られていたハズの《呪符(じゅふ)》が失くなっていた―・・・。

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