第17話◆エピローグ

 〈サトル〉が《結子(すくね)》を去る時が来た。


 今回の一連の事件に少なからず関わっていたが為に、

 《警察》からの『事情聴取』を終える迄『拘束』されたカタチだったが〈吉野〉の配慮もあって、

 晴れて『ご赦免』となったのだ。


「・・・随分とお世話になってしまいました・・・💧」

 〈サトル〉が軽く頭を下げると、

クスクスと〈ミサキ〉が笑う。

「サトルさん、そのセリフ今日で何回目ですか?(笑)

さっき、バァちゃんにも頭下げてましたよ?」

「・・・あ💧そうでしたね💦」

 〈サトル〉は照れ笑いをしながら、

「・・・他に《言葉》が思い付かないんです―・・・💧」

 淋しそうに・・・そう口にし、

少しの沈黙があった後ポツリと言った。


「先生―・・・小菅さんが、全てを『自供』されたそうです―・・・」


 〈サトル〉は〈吉野〉から訊いた話だと前置きし、

 コトの発端は〈葉子〉と『不倫関係』にありながら『別れ話』の縺(もつ)れが原因で殺害してしまった事に始まり・・・。

 その少し前に知り合ったという〈静香〉から、

 以前この《結子(すくね)》に伝わる《海女伝説》を教えて貰っていたのを思い出した〈小菅〉は、

 それに見立ててしまえば〈葉子〉の《殺害(じけん)》も有耶無耶(うやむや)に出来ると考えて、

 《祠岩(ほこらいわ)》に奉られている《呪符》を盗み出し、

 ただ《海女》という理由だけで〈静香〉も誘い出して、殺害した―・・・との事らしい。


 ・・・しかし。


 『想定外』だったのが、

その直前の〈静香〉と自分が一緒に居る所を《彼氏》である〈拓也〉に目撃されてしまった事。

 しかも、

彼はそれを元に『恐喝』して来た為、口封じ目的で呼び出しに応じた所・・・。

たまたま居合わせた〈サトル〉に阻まれた事により、

 一連の犯行がバレるのも『時間の問題』と逃走を図った。

 ―・・・が、

〈小菅〉を慕う〈ミサキ〉が自分に『自首』を促そうと捜し出し、

 《祠岩(ほこらいわ)》まで追い掛けて来てしまう。

 そこで、もう駄目だと思い・・・。

自棄(やけ)になり〈ミサキ〉をも殺害しようとした―・・・、


 と、供述したのだと言う。


「・・・それは――・・・」

「・・・多分、『事実』とは異なるんでしょうが―・・・。

小菅さんは、ご自分で『罪』を背負われるおつもりなんでしょうね・・・」

 ・・・自分は《海女伝説》の《島長(しまおさ)》の『生まれ変わり』で昔から、その『呪縛』に苦しめられていたから―・・・と、

 そんな話をした所で信じて貰える訳が無いし、

 万が一。

 それを理由に『心神喪失で責任能力はナシ』と見做され、

《刑罰》が問われないとなると――・・・。

 〈小菅〉にとって、

それは何よりも赦し難い『結果』になってしまうのかも知れない。


「・・・ミサキちゃんが、

葉子さんは小菅さんへの愛を貫く為に―・・・と、あの時言っていましたが・・・。

きっと―・・・小菅さんにとって、

それが・・・その《愛》に報いる『カタチ』だというコトじゃないのかなぁ・・・と、

そう思いました・・・」


「・・・悲しいですね・・・」


「・・・――えぇ、悲しいです・・・」


 〈ミサキ〉は涙ぐみながらも泣くまいと必死で堪えていたのに、

〈サトル〉が声を詰まらせながら涙を溢した途端に、

 つられるようにしゃくり上げ泣き始めた。


「・・・私は―・・・結局、何もする事が出来んかった―・・・」


 悔しいやら、自分が情けないやら・・・で、〈ミサキ〉はその泣き顔を隠すように俯いて

しゃくり上げる度に肩を小さく揺らす。

 その幼気(いたいけ)な姿を見て、

〈サトル〉は慌てて自分の涙を拭うと〈ミサキ〉の肩をそっと掴んだ―・・・。

「・・・そんなに自分を卑下しないで。・・・僕も小菅さんも、キミに出逢えて救われたんですから―・・・」


「・・・ホンマですか・・・?」


 パッと〈ミサキ〉は顔を上げ、

揺れる瞳で〈サトル〉を見つめる。


「本当です。・・・もしミサキちゃんに《今世》で出逢わなければ、

僕達の『贖罪(しょくざい)』の旅は・・・この先も続いていたでしょう―・・・。

キミに・・・《姫》に出逢えた事は、

本当に・・・本当に大切な『意味』のあるコトだったんですよ・・・」


 そう言って、切なく微笑んだ。



 ――・・・どれだけの『永い転生(たび)』だったのだろう・・・。


 〈サトル〉は憶えていないと言ってはいたが、

 毎回・・・《肉体(からだ)》は朽ち果ても、新たに生まれ変わる度に『自分』であり続けて来た〈サトル〉ならではの言葉の重みを感じる。

 ・・・と途端に、

随分『遠い人』にも思えてしまい淋しくなった〈ミサキ〉は、

「・・・また、逢えますか・・・?」

 そう小さく呟いた。


 それが本当に嬉しかったのだろう。

 〈サトル〉は満面の微笑(えみ)を浮かべ、仄かに頬を赤らめ告げる。

「・・・勿論です。多分、近い内に・・・またこの《結子(すくね)》に戻って来ます。

―・・・実は、フミさんに《借金》とある『約束』がありまして・・・💧」

「・・・借金⁉️💦」

 余りの驚きに〈ミサキ〉は思わず声が裏返り恥ずかしさで赤面し口を噤(つぐ)んだ。

 「ハイ💧・・・先日の《入院費》を立て替えて頂きました💧」

 〈サトル〉も面目無い様子で苦笑しながら続ける。

「・・・タイミング良く、ちょうど父も《日本》に近々戻って来るので、

その『おねだり(笑)』と『ハナシ』をして来ます」

「・・・確か、《海外》でお仕事をされてるて、サトルさん言ぅてはりましたね?」

 ・・・思えば、

〈サトル〉の『入院』というきっかけが無ければ、この《青年》について〈ミサキ〉は何も知らないままだった。

 全てに於いて『意味』があるとも言っていたが、本当だとつくづく感心する。


「・・・《お父様》にも今回のコトをお話するんですか―・・・?」

 心配する〈ミサキ〉に、

「えぇ、まぁ💧

・・・でも、父にはある程度の事は既に打ち明けていますから(笑)、

『理解』は得られるハズです。

それよりも、問題は・・・《隠し事》がありまして―・・・💧」

「・・・隠し事―・・・⁉️」

 《海女伝説》に纏(まつ)わる『転生』の話を明るく(笑)、『既に打ち明けていた』と言うのにも驚いたが、

 その話以上に《隠し事》があると言って『問題視』する事実の想像が〈ミサキ〉には全く付かない。


「・・・ハイ💧―・・・実は大学を『休学』したままでして💧

この春、《卒業》為損なった事の方が僕的には『重大』で――・・・💧」

 そう言って、

しょんぼりと悄気(しょげ)る姿にア然として言葉が出て来ない〈ミサキ〉のその顔を、

恨めしそうに見つめる〈サトル〉に

 遂に噴き出して笑い出す。

「・・・ゴメンなさい(笑)。笑ぅたらアカンの判ってますケド💦

サトルさん、ホンマに不思議な男性(ひと)ですね(笑)。全然飽きひんから――・・・」

「・・・・・・?」 


『もっと一緒に居たいのに・・・』


 あまりにも自然に、

その言葉が出そうになり〈ミサキ〉は思わず固まってしまった。

 さっきからコロコロと表情の変わる様子が楽しくて、〈サトル〉は〈ミサキ〉を微笑ましく見ていたが、

 明らかなその『変化』に気付くと意味深に口元を弛め―・・・

 小首を傾げて問う。 

「・・・『全然飽きひんから・・・』の先が気になりますねぇ?」


「・・・サトルさん・・・『いけず』やわ💧」


 ・・・恥ずかしさに堪えかね、

〈ミサキ〉の方から先に視線を外した。


 ―――・・・本当に『愛しい』と思う。


・・・出逢えて良かった、と。

 しかし、

二人ともにそれをどう表現していいのかが判らなかった。


「・・・最後はミサキちゃん、ですね」


「エッ⁉️」


 〈サトル〉の不意な言葉に視線を戻した。

「・・・《姫》としての『苦しみ』をキミは自分で乗り越えるんだ、と言いました。

・・・だけど一人より二人の方がずっと『心強い』とは思いませんか?」


「・・・サトルさん・・・」


 その先に続く言葉が早く聞きたいと、気持ちを急(せ)く自分がいる。

「・・・僕にも是非『お手伝い』させて下さい」

 《連絡船》の近付いて来る音が、

次第に大きくなって来た。


「・・・―約束―・・・」


「・・・えっ?」

「約束して下さい。すぐ《結子(すくね)》に帰って来てくれんと、

《夏》が終わってしまいますから」

 〈ミサキ〉はそう言って小指を立て〈サトル〉の前に差し出す。

「・・・『げんまん』・・・ですか?」

 少し失笑するように、でもしっかりと自分の小指を絡ませる。

「・・・―必ず『約束』します。誰かさんと違って、僕は守りますから(笑)」

「・・・‼️💦」

 その人懐っこい〈サトル〉の笑顔が、意地悪くにしか見えなくなって来た〈ミサキ〉は、膨れっ面をワザとして見せた。


「・・・まいったな・・・💧」


 〈サトル〉が呟く。


 ・・・自分に対し〈フミ〉が『惚れた弱味だ』と言ったそのままを、〈ミサキ〉に言いたい気持ちだった。

「・・・この『げんまん』を外したく無くなるよ――・・・」

 そう言うと、

絡ませた小指を自分に引き寄せる。

 その拍子に〈ミサキ〉がよろけ素早く〈サトル〉がしっかりと抱き締めた・・・。


『―・・・‼️』


 《連絡船》が接岸され乗船アナウンスが流れ始めた。

 それに紛れ込ませるように、

「・・・今すぐ―・・・なんて言わない。

でも、いつかは僕のコトを―・・・」

 そこまでを〈ミサキ〉の耳元で囁くと、

 そのまま顔を背けるようにして〈サトル〉は無言で《連絡船》に乗り込んだ。


『・・・耳まで真っ赤やん・・・💦』


 言い掛けたままで去ろうとする、その後ろ姿が恨めしくさえ思う。


 ―・・・が、


「ミサキちゃんっ‼️・・・本当にありがとう・・・‼️」

 《デッキ》から〈サトル〉が叫んだ。

目一杯、手を振るその無邪気さに〈ミサキ〉は思わず微笑(えみ)が溢れる。


「・・・さっきの続きは―・・・

今度必ず‼️聞かせて下さいねっ‼️」


 徐々に離れて行く―・・・

愛しい青年(ひと)に負けない程の手を振り返しながら、

 現在(いま)溢れて止まらないのは今までの『悲しい涙』ではない・・・『喜びの涙』だと実感する〈ミサキ〉は、

 船が見えなくなる迄――・・・何時までもその涙を拭わぬまま、


 笑顔で見送り続けた―・・・。



              Fin.

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紺碧の海女(マーメイド) さいたに じお @jio_paradise

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