第16話◆見えない絆

 〈サトル〉は更に〈小菅〉に諭すように続ける。

「・・・先生、貴方は《姫》を殺す事に執着していますが、それはご自身による『呪縛』でしかありません。

本来の《島長(あなた)》は・・・『贖罪(しょくざい)』の為に―・・・

《姫》に自分の犯した『罪』を詫びる、その為だけに・・・

ひたすら《姫》を探し、何度も何度も生まれ変わって来たんですよ?」


「・・・『贖罪(しょくざい)』の為に⁉️」


 〈サトル〉からそう聞かされても

解せない〈小菅〉は苦悶するように

言葉を吐き出す。

「・・・オレの―・・・今までのあの『苦しみ』は・・・

その『《罪》の深さ』だ、とでも言いたいのかっ⁉️」

「そうです。・・・《島長(あなた)》は《姫》を本当に愛していたんです―・・・なのに・・・。

己れの『弱さ』に溺れて、取り返しの付かない過ちを犯してしまった―・・・。

悔やんでも悔み切れない《島長(しまおさ)》の、その哀しみと苦しみが貴方にはどうして―・・・」

 〈小菅〉にそう告げながら、

〈サトル〉はやるせない思いに泣くしか無かった・・・。


『・・・貴方は、自分の弱さに溺れてしまっているっ・・・‼️』


 ・・・以前、自分に投げ掛けて来たその言葉の意味の『重さ』に、今

初めて気付いた〈小菅〉は、

 生まれ変わっても尚・・・同じ過ちを犯してしまっている自分に、

愛想を尽かしたように泣き笑いをする。

「・・・ハハハ・・・‼️そういう事か・・・」

 〈小菅〉の顔が見る見る哀しみに溢れ、悔み―・・・

 唇を噛み締め嗚咽し始めた・・・。


「・・・じゃあ、葉子は何の為に・・・」


「・・・―先生への『愛』を貫く為やったんかも―・・・」


 〈ミサキ〉の小さな呟く声に、

〈小菅〉はその場に泣き崩れる。

「・・・―あぁぁっ―・・・

葉子は、あんなにもオレを愛してくれていたというのに―・・・‼️

・・・オレは・・・結局、

一度も『愛してる』と言ってやらなかった・・・‼️」

 踞(うずくま)り号泣するその姿に〈サトル〉達は二人が本当に愛し合っていたのだと知った―・・・。



「・・・《歴史》は―・・・繰り返してしまうモンなんですか―・・・?」


 目の当たりにした〈小菅〉の過ちに物悲しさを感じた〈ミサキ〉が、

 涙を堪えきれずに背中の主に問えば、その〈サトル〉もまた涙を拭いもせずに、

「・・・そんな事はありません。断じて―・・・❗️」

 と、しっかりとした口調で言い切る。

 ・・・その力強さに〈ミサキ〉は、まじまじと〈サトル〉を見つめた。


「・・・《島長(しまおさ)》が《姫》さんへの《罪》を贖(あがな)う為に生まれ変わって来た事を―・・・

何でサトルさんは知ってはったんですか?」

 例え《姫》と《島長(しまおさ)》の《子供》だとしても、

 その『疑問』が残る。

 そもそも〈サトル〉は―・・・

何の為に生まれ変わって来たというのか―・・・。

 そんな〈ミサキ〉の疑問に、

〈サトル〉は振り向きもせず嗚咽する〈小菅〉を見つめながら答えた。

「・・・―僕も・・・

《島長(あの人)》と同じく『贖罪(しょくざい)』として、何度も・・・生まれ変わっているからですよ―・・・」

「エッ⁉️・・・何の《罪》があるって言うんですか・・・⁉️」

 〈ミサキ〉の驚嘆する声に、

〈サトル〉は振り返り・・・切なげに微笑む。


「・・・僕の《罪》は、最も重い―・・・

『この世に産まれ出なかった』罪です・・・」


「・・・―そんな・・・っ⁉️」


 〈ミサキ〉は絶句した。




 《母親(ひめ)》でさえも気付かなかった命を宿したばかりの《赤子(こども)》に―・・・

 そんな《罪》があるものなのか?


「・・・《命》とは―・・・

それ程『尊いモノ』だという事です。・・・だから僕には三つの《罪》がある。

一つは《母親(ひめ)》に『赤子(ぼく)』の存在を教えられなかった罪

・・・。二つ目は《姫(つま)》が妊娠していると知れば、

《島長(しまおさ)》の犯した罪も防げたであろう罪。

・・・―そして三つ目が、産まれ出なかった罪・・・。

僕は、その『贖罪(しょくざい)』の為に『全ての記憶を持って』・・・この《現世》にまで辿り着いた。

・・・《島長(せんせい)》と《姫(キミ)》に逢う為に――・・・」


 そう言って微笑む〈サトル〉の表情(かお)が歪んで見えてしまう程、

 〈ミサキ〉は大粒の涙を溢し・・・〈サトル〉の頬を両手で包み込むように撫でる。

「―・・・今世まで・・・どのくらい生まれ変わって来たんや?」

「・・・さぁ?(苦笑)

さすがの僕も・・・そこまでは憶えては無いよ」

 そう微笑(わら)いながら、

その〈ミサキ〉の表情(かお)付きが微かに違っているのに〈サトル〉が気付くと、

「・・・・・・⁉️」

 自分の両頬を撫でていたその手は

やがて頭を優しく抱き締めていく。

「・・・――堪忍や・・・気付いてあげられなくて―・・・。

一番、罪の無い貴方(なれ)が・・・誰よりも重い《罪》を負ぅてしもて―・・・。可哀想に・・・っ」

 その言葉を発しているのが〈ミサキ〉では無く《母親(ひめ)》だと、

〈サトル〉には直ぐに判った。

 ・・・――幾度となく、

生まれ変わり続けても――・・・

 巡り逢う事さえ決して叶わなかった、その《姫(ははおや)》に初めて逢えた。

「―・・・っ‼️・・・母様(かかさま)―・・・っ‼️ご免なさい――・・・」


 この『ひと言』が、

ただずっと・・・言いたかった・・・。


 今、ようやっと自分の声に出して伝える事が出来た『喜び』に、

 〈サトル〉は胸が一杯になる。


「・・・私(われ)は、恐かった・・・。

再び生まれ変わっても、また愛する者に裏切られてしまうんや無いかと――・・・。

己(おの)の『臆病』のせいで・・・

こやって逢うんが、こないにも掛かってしもうたね―・・・。

堪忍や・・・ホンマに堪忍やで・・・」

「・・・でも、こうして・・・現世(いま)逢える事が出来ました―・・・」

 愛しげに赤子をあやすような優しい手付きで、

 〈サトル〉の頭を抱き締めるその姿は〈ミサキ〉では無く《姫》そのものでしかない。




 ・・・遥か遥か―・・・遠い昔に。


 確かに自分は、

この《姫(ひと)》の胎内(なか)に存在していた・・・と〈サトル〉は思い出す。

 その心地よさに、

まるで溶け込むように意識が遠くなって行った・・・。

「・・・貴方(なれ)の、永い・・・永い『贖罪(しょくざい)』の旅は・・・この《今世》でもう、終わりにしよね?・・・――これからの・・・

『未来(この先)』は、貴方(なれ)自身の人生を謳歌出来るように―・・・」

 《姫》は自分の胸の中で眠るように気を失った《我が子》を、

 今一度・・・優しく抱き締めると、

直ぐ側に立っていた《小菅(しまおさ)》を見上げた。




「・・・御前様―・・・逢いたかった・・・」


「・・・儂(われ)は―・・・妻(わがせ)だけや無く、我が子までをこの手で・・・」

 〈ミサキ〉に《姫》が降りて来た様子に乗じて、

やはり〈小菅〉に降りた《島長(しまおさ)》も、

 己れ自身の犯した取り返しの付かない・・・その《罪》の大きさに打ち拉がれると、

 力が抜け―・・・地に膝を着ける。


「・・・この子(これ)が・・・御前様にも謝りたいと言ぅてました・・・」

「何を『謝る』と言ぅんか―・・・」

「・・・ホンマに。・・・優しい子ぉです――・・・」

 《姫》は、そう言うと涙が溢れ出し・・・眠る〈サトル〉の顔には次々と、その粒が落ちて行く。

 それを、

淋しく微笑みながら《姫》は静かに拭いつつ・・・呟いた。


「・・・産んであげたかった――・・・。

産んで・・・御前様に抱いて欲しかった・・・」


「・・・スマンっ‼️」

 《島長(しまおさ)》は即座に土下座をして赦しを乞う。

「・・・そう言ぅて―・・・赦される事や無いんは承知の上やが・・・。

赦してくれっ―・・・‼️」

「止めて下さい‼️―・・・《結子(すくね)》の長(ちょう)たる御人が‼️」

 無様にしか見えない《島長(おっと)》を《姫(つま)》の凛とした声が制す。

 ハッとして顔を上げると、

そこには声とは『うらはら』の・・・優しい笑みを浮かべる妻が居た。

「・・・御前様も、永い間―・・・『贖罪(しょくざい)』として、この子(これ)同様に幾度となく生まれ変わって来たんでしょう――・・・。

御前様にも御前様なりの『苦しみ』を抱えて、今日まで・・・ずっと・・・。

それで充分や無いですか?・・・―それに、私(われ)は一度たりとも怨んだりはしてへんのです。

全ては己(おの)が身のから―・・・

私(われ)こそ《島長(なれ)》に赦しを乞いたい・・・」

 《姫》の言葉に《島長(しまおさ)》は首を何度も横に振り、

 唇を噛み・・・泣くのを堪える。

 ・・・―永い間、

 己れの抱えていた『苦しみ』や諸々の『悪しき情念』全てが癒え、

消えて失くなっていくのか・・・躯(からだ)が軽く感じるのが判かった。


「・・・かたじけなき《姫(わがせ)》の言葉―・・・。

儂(われ)の愛する心に『偽り』は無かったと、

信じてくれるのか――・・・。

ホンマに・・・スマンかった―・・・」

 その《島長(しまおさ)》の心からの詫びと被るように、

 《海上警察》のサイレンが遠くから聞こえて来る。

 ・・・――と、

同時に〈ミサキ〉と〈小菅〉は我に返った。


「・・・先生・・・」


 〈ミサキ〉は悲し気に〈小菅〉を見つめるも、

 当の〈小菅〉は自分でも驚く程に、清清しい気分で優しい瞳(め)を向け微笑む。


 それが二人の最後になった・・・。






「・・・サトルさん―・・・大丈夫ですか・・・?」


 ・・・耳元で呼び掛けられた〈ミサキ〉の囁きで、

静かに目を覚ました〈サトル〉は、

「・・・えっ⁉️―・・・僕っ⁉️💦」

 いつの間にか気を失い、

〈ミサキ〉に『膝枕』をされた状態でいる自分に驚き(笑)、

 慌てて飛び起きた。

「・・・あの人は⁉️」

 急いで辺りを見回すと、

《刑事》に連行されて行く〈小菅〉の姿を見付け、瞬時に駆け寄る。

「・・・僕は貴方に―・・・」

 そう訴えるように声を掛ける〈サトル〉に、

「このオレに・・・『謝る』必要なんて、君には何も無いんだよ・・・」

 〈小菅〉は淋しげに微笑んで言った。・・・―そして、

「・・・ありがとう。済まなかった・・・

彼女(ミサキ)を頼むよ・・・」

 そう告げると、

〈サトル〉に背を向けて行ってしまった――・・・。




「・・・ホンマにキミは無茶をするなぁ―・・・💧」

 投げ掛けられた〈吉野〉の呆れた声に〈サトル〉は振り向く。

「・・・吉野さん・・・」

「相手を知ってて凶悪や無いて判ってても、もうちょっと早ぅ《連絡》を――・・・」

「スミマセンでしたっ‼️💦」

 〈吉野〉の《小言》を遮るように〈サトル〉が深々と一礼をすると、

 流石に気が引けたのか・・・

その肩をポンッと叩き「・・・無事で良かった」と、

 その労をねぎらった。


 ・・・―と、その時。


「ミサキぃ~っ‼️💦」


 〈泉〉のベソ声が聞こえたかと思った瞬間、

〈ミサキ〉を捕まえん勢いで抱き着いて来た。

「・・・泉っ⁉️」

 すっかり『忘れていた(笑)』と言えば、きっと怒るであろう《親友》の姿に安堵する。

「・・・ミサキが舟で待ってて、って言うから待ってたのに‼️💦

何や《サイレン》聞こえて来るし‼️―・・・もう‼️一体、何なんっ⁉️💦

良かったっ‼️無事で‼️💦」

「ゴメンね💦・・・心配掛けて―・・・」

 〈ミサキ〉は慰めるように〈泉〉の背中をトントンと叩くが、

その隣に明らかに『警察関係者』では無いであろう〈サトル〉の存在に〈泉〉が気付く。

 思わず小声で、

「・・・なぁミサキ💧あの《イケメン》誰なん・・・?

何でココに居てんのん?💧」

「・・・エッ⁉️」

 〈泉〉の指差す方向には〈サトル〉が居た。

「あぁ❗️あの人はサトルさん言ぅて―・・・」

「〈サトル〉さん⁉️・・・エライ親しげに呼ぶんやね?

・・・―アンタいつの間に―・・・💧」

 《刑事》の尋問より怖い。

 そのタイミングで、

「ほらっ‼️見て下さいよ‼️・・・キレイですねぇ―・・・」

 場の《空気》を変えようとしてなのか、それとも『天然(笑)』で本気でそう口にしたのか―・・・。

 〈サトル〉が歓喜の声を上げて指差す方向(さき)には、

 綺麗な《結子(すくね)》の海に輝く夕陽があった。

「・・・ホンマやねぇ・・・」

 〈ミサキ〉も〈泉〉も素直に感激する。


「―・・・あの人も・・・。

今、この夕陽を見ているんでしょうね―・・・」

 その〈サトル〉の呟きは、

全く自分と同じだった事が〈ミサキ〉には堪らなく嬉しかった・・・。


『・・・先生・・・見てますか―・・・?

この《結子(うみ)》の夕陽―・・・』




「・・・綺麗ですね・・・。

この結子(しま)に来て・・・初めて、

こんなに夕陽が綺麗なんだと知りました――・・・」

 《海上警察》の船の窓から見えるその景色に、

 〈小菅〉は沁々と呟いた。

 ・・・もう決して見る事の出来ないであろう、

その夕陽を・・・自分の脳裏に焼き付けるように――・・・。


 何時までも眺め続けていた・・・。



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