第4話◆出逢い

 別に《競泳》を初めて観る訳じゃない。


 《オリンピック》をはじめとする《国際大会》が開催されれば、大活躍するスター選手の話題を必ず『ニュース』では目にするし、

 ・・・―かと言って〈小菅〉から「好きなのか?」と尋ねられる程、

 それほど熱心に観たコトは――・・・少なくとも自分の『記憶』の中には無かった。

 なのに――・・・。

 今〈ミサキ〉は不思議な位に、

目の前の画面に釘付けになっていた―・・・。


『速い』


と、そう《言葉》にするよりも、


『美しい』


と、表現した方がピッタリと当てはまる。

 泳いでいるその姿は《魚》そのものにさえ見えるように〈ミサキ〉は感じていた。


「・・・《ヒト》って、こんな風に泳げられるモンなんですねぇ・・・✨」

 沁々と呟いた〈ミサキ〉の隣に座る〈小菅〉は、満足そうにただ黙って微笑んでるだけだ。


『・・・アレ・・・?』


 ふと、画面の中の《選手》に気付く。

「・・・コレ・・・泳いでるのって、先生⁉️」

 〈ミサキ〉は驚いて横を見ると、

〈小菅〉は口許に笑みを浮かべ無言で頷

いた。

「・・・先生、スゴい・・・✨」

 〈ミサキ〉の視線は一気に(笑)、憧憬(どうけい)の眼差しへと変わる。

 今、目の前の画像の中にいるその《選手》が自分の隣に座っているのだ。


「・・・現在(いま)は泳いでないんですか?」

 〈小菅〉が《競泳》の選手だった――・・・なんて、ハナシも噂にも聴いた覚えが無い。

 〈ミサキ〉のそんな素直な問いかけに、

「・・・無心で泳いでいる時だけが――・・・《本当の自分》になれたカンジが・・・嬉しくてね」

 昔の泳ぐ自分の姿を見つめながら、まるで自嘲するように――〈ミサキ〉の問いとは無関係とも言える、

 回想じみた呟きを始めた。

「だから・・・別に『速く』泳ぐ気なんて無かったんだよ――・・・」

「・・・?」

 その意図する言葉の『意味』が判らず困惑する〈ミサキ〉の様子に、

「・・・それって、どういう意味か判らない?」

 そう尋ねた〈小菅〉に、

ただ黙って首を振った瞬間。


「《選手》失格ってコト。」


 まるで自分の事では無く、

他人をバッサリと切り捨てんばかりの口調で呟いたきり――・・・

〈小菅〉は黙ってしまった。




 《選手》は誰よりも速く泳ぎ、

『記録』を競い合う――・・・それが《競泳》だ。

 しかしながら、

《選手》である人間が『競い合う』事に挑まず、希望しなかったとすれば――・・・。

 その稀有な《存在》は、

周囲からどんな風に思われていただろうか。

 〈小菅〉自身も『速く泳ぐコト』を頑なに拒みはしなかっただろうが――・・・

 敢えてそうしようとしない《選手》を、

『有望株』と特別視するだけの『価値』は無いと見限った時の、

 周囲や世間の―・・・あからさまな手のひら返しな態度が、

 〈小菅〉にとってどれ程『深く』傷付いてしまったのかは・・・その口振りで〈ミサキ〉にさえ、容易に想像出来てしまう。


 ・・・純粋に『ただ泳ぎたかった』だけの《選手》の気持ちは―・・・?


『無心で泳いでいる時だけが《本当の自分》になれた――・・・』




『このヒトは、何をそんなに背負ってるんやろう―・・・』

 〈小菅〉の言葉が堪らなく切なかった。

 そう感じた瞬間に、

あの《夢》の〈私〉の『想い』とシンクロする。


『・・・あぁ・・・』

『・・・―でも、どうして・・・?』


・・・―哀しみや切なさに交じる《愛しさ》。


 〈ミサキ〉は自然に手を伸ばし、

〈小菅〉の頬をそっと撫でた。

「・・・⁉️」

 突然のその仕種にも驚いたが、

自分の為なのか―・・・?

 瞳にいっぱいの涙を浮かべている〈ミサキ〉に〈小菅〉は深く反省するように一つ溜息を吐いた。


「・・・《生徒》に同情されるようじゃあ、

オレは《教師》も『失格』だな――・・・」


 その言葉に〈ミサキ〉はハッと我に返る。


 ―・・・今、

自分が何をしたのかが判らない。

 が、〈小菅〉の頬に触れている自分の手に気付き、驚いて慌てて引っ込めた。


『・・・何っ?・・・何💦・・・⁉️』


 自分は一体、

《先生》に何をするつもりだったのか・・・。

 今まで経験した事もない『無意識』の怖さに〈ミサキ〉は酷く狼狽する。


「・・・あっ💦・・・あのっ‼️・・・私っ―・・・」


 頭の中が真っ白とは、こういうコトなんだろう。

 慌てて立ち上がった拍子に椅子を倒してしまうが、それを戻しながら――・・・

 もう涙が止まらなかった。

 恥ずかし過ぎて、先生の顔すらとてもじゃないが見る事も出来ない。


「・・・―ゴメンなさいっ‼️💦・・・私―・・・💦」


 そう言うのが精一杯で、

〈ミサキ〉は深々と一礼すると逃げるように走り去った。

「・・・多嶋っ‼️」

 〈小菅〉の呼ぶ声が聞こえたが、

振り返る余裕すら無かった――・・・。




 あれから――・・・。


そう、つい先日。

 〈小菅〉に合わせる顔がない〈ミサキ〉は《現国》の授業も辛いと感じていた。

しかし。

 下校の途中に、

「・・・おいっ‼️ミサキっ‼️」

 その甘い声に呼び止められ弾かれたように振り返る。

 ・・・―と同時に、

周囲の生徒達の『好奇』と『嫉妬』の視線が突き刺さる程、

 自分に向けられている事に気が付いた。

  それに〈小菅〉も気が付いているのか―・・・聞こえよがしに(笑)、

「・・・この学校は〈多嶋〉姓が多過ぎる・・❗️」

 そう口にしながら〈ミサキ〉に近付いて来た。

 周囲から、クスクスと笑い声が聴こえる。


「お前を《苗字》で呼んだら、ココの何人が振り返るか判らないだろう・・・?💧」


 ・・・――確かに、そうだった。

 きっと半数の生徒は(特に女子は喜んで)振り返ったに違いない(笑)。

 〈小菅〉のその言葉に〈ミサキ〉は勿論、それ以上に周りの場が和み、いつの間にか『イタい』視線は消えていた。


『・・・―先生・・・』


 〈小菅〉は〈ミサキ〉の頭を軽く撫でると「・・・―『あのコト』は気にするな・・・」

 そう耳許で囁いた。


「・・・――オレも忘れる・・・」


『・・・それを言う為にわざわざ・・・?』


 あれ以来、自分のコトを気に掛けてくれていたのか―・・・と、

そう思うだけで堪らなく嬉しい。

 ・・・だけど、

『オレも忘れる』その言葉は淋しかった。


 〈小菅〉はそれだけを伝えると、

何も無かったように通り過ぎ去ろうとしたが

〈ミサキ〉が自分の袖を掴んでいるのに気付き振り返る。


『・・・――何て顔をするんだ、この娘(コ)は―・・・』


 〈小菅〉も流石に動揺を隠せずにいた。

 他の女子生徒達が色恋めいて騒いでいるのとは、様子が少し違うと感じていたからだ。


 自分の感情に合わせて、

表情がクルクルと変わる〈ミサキ〉を可愛らしいと思うが、

 それは『イチ生徒』に対しての感情にしか過ぎない。

 それ以上でも―・・・それ以下でも無かったハズだが、先日の事といい・・・不用意に見せる表情(かお)や仕種にはドキリとするモノがある。

 〈小菅〉自身の言う『本当の自分』が、

まるで〈ミサキ〉の『それ』に反応しているかのようだった――・・・。


『・・・どうしたいんだ《本当の自分(オレ)》は―・・・』


 己れにも判らない『感情』が、

目の前にいる〈ミサキ〉を今すぐにでもただ抱き締めたい―・・・と、

 そんな想いがひたすらに込み上げてくるのを、押さえ付けるのに精一杯だった。


『・・・―⁉️』


 一方の〈ミサキ〉は、

また自分が『無意識』に〈小菅〉の袖を掴んでしまった事で、

 もうどうにもならない自分の『気持ち』を認めざるを得なかった。


『・・・―私・・・―先生のコト・・・好き・・・?』


 その『想い』は既に〈小菅〉にも伝わってしまっているかも知れない。

 振り返って自分を見る《先生》が今まで見た事もない、

 少し戸惑うような驚きの顔をしていた。


「・・・先生っ‼️・・・今度、私に泳ぐん教えてくれませんか・・・⁉️」


 咄嗟の『取り繕い』・・・だったかも知れないが、不意に吐いて出た言葉は〈ミサキ〉の本心でもあったのだろう。

 〈小菅〉は考える風でもなく、

「・・・―そうだな・・・。もうすぐ《プール開き》だし・・・機会があったら教えてやるよ」

 そう言って優しく微笑んだ。


「ありがとう‼️・・・『約束』したからねっ‼️」


 自分を冷たく突き放すのでも無く―・・・、

呆れたかも知れないにしても《先生》としてちゃんと対応してくれた〈小菅〉に、

〈ミサキ〉は嬉しさが全身から溢れ出しそうな気分だった――・・・。

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