第3話◆初恋

 ――時同じくして、

〈ミサキ〉の通う《高校》でも、結子(すくね)の海女の『訃報』が今朝から話題になっていたが、

 ここでは随分とゴシップめいた話として拡がっていた――・・・。


「・・・ホラな、やっぱり『駆け落ち』やったんやわ💧」

「『別れ話』で揉めて、殺されたんやろ?」

 生徒達がこぞって、

そう思うには『理由(わけ)』がある。


 亡くなった《海女》は、ひと月程前から『行方不明』になっていたのだ―・・・。


 仲の良い夫婦として皆も周知していたが、

姿が見えなくなる数日前に《結子(すくね)》では見掛けない、

若い男性と一緒に歩いているのを何人かに目撃されていた。


 こんな小さな島の中では、

あっという間にそれが『噂』になってしまう。

 しかも、亡くなったのが《本島》―・・・島の外ともなると、臆測は拡がるばかりだ。




「・・・ミサキぃ~・・・?」


 〈泉〉は、この噂で持ち切りの中、

今朝から一人納得いかずに、憮然としている〈ミサキ〉に遠慮がちに声を掛けると、

「・・・絶対っ‼️違うんやからっ‼️」

 そう言って睨み付けられ、

「・・・だぁ~よねぇ・・・?」

 と、思わず怯みながらも苦笑いをして見せた。

「・・・葉子さんは、そんな女性(ひと)やナイんよ?」

 〈ミサキ〉は言葉を続けようとしたが声が詰まり、

その大きな瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。

 小さい時から気心知れた親友の言わんとする気持ちがそれだけで伝わる〈泉〉は、

思わず貰い泣きしそうになるのを堪えた。




 亡くなった《海女》―・・・〈甲田葉子(こうだようこ)〉は、

〈ミサキ〉の《祖母》と同じ海女仲間で、生前から自分を妹のようにとても可愛がってくれていた。


 何より。


 《海女》になりたいと思いながらも、

『水に潜る事』に恐れを感じて悩んでいる〈ミサキ〉に、

「そんなん、素敵な《ダンナ》見付けたら、私みたいになれるから・・・心配せんでもいいよ?(笑)」

 と、いつも明るく励ましてくれていた一人だったのだ。




「・・・何でなんやろ?―・・・何で葉子さんが、亡くならんとアカンかったんやろ?・・・何で―・・・?」


 〈ミサキ〉は心から誰にぶつける訳でもない怒りを覚え、

ただ唇をギュッと噛み締めた―・・・。

「・・・―やけど💧一緒に居てた《男の人》って、結局『誰』やったんやろね・・・?」

 〈泉〉の呟きは、誰もが疑問に思うコトだった。

 その目撃情報が無ければ、

『不倫』だの『駆け落ち』だのといった噂にはならなかったハズだからだ。


「・・・私ぃ《産休》の小菅やと思ぅてたんよ~💧」

「エッ⁉️💦何で⁉️💦」


 〈泉〉の相変わらずの口調から囁かれた言葉に〈ミサキ〉は一瞬、ドキッとする。


 〈小菅英成(こすがひでなり)〉


 ――・・・数ヶ月前から『産休』の教師として、この結子(すくね)に赴任して来た〈ミサキ〉達クラスの《担任》であり、

校内全女子(笑)『大注目』の独身男性だ。

 年齢は『36歳』と決して若くは無いが、

《スポーツ》が得意とあって引き締まったその躰は『中年』と呼び難いだけでなく、

 身近にいる男子学生や自分達の親兄弟にはない『魅力(笑)』を感じている女子達が本当に多い。


 それに何と言っても一番に騒ぐ理由が〈小菅〉の《声》。


 担当教科は《現国》だが、

とにかく『イケボ(イケメン・ボイス)』なのである。

 〈小菅〉の甘い声は、気難しく堅い文章でさえ《恋愛小説》のナレーション(笑)に聴こえてしまう(らしい)。

 何を隠そう〈ミサキ〉も、

あの声の大FANなのだ――・・・。




「・・・―でも先生やったら、島の人間も気付くんやない?」

 自分の動揺を慌てて隠すように〈泉〉に反論すると、

「判ってるし~💧・・・他に浮かんで来なかったから、そない思ぅただけやん・・・⤵️」

 深い思惑もないままの〈泉〉の安易な発言に呆れつつ。

 その小さな『疑い』が晴れた事に、

内心『ホッ(笑)』としている自分に〈ミサキ〉は気付いた。


『・・・エッ⁉️💦・・・何で⁉️💦』


 〈小菅〉を想う気持ちに戸惑いながら、

自分の《心》が『ドキドキ』と嬉しそうな合図をしているのが判る。


『・・・私・・・先生のコト――・・・』


 ただ『イケボ』の大FANというだけじゃない―・・・、

『あの時』の〈小菅〉の笑顔を、ふと思い浮かべてしまった・・・。






 ・・・―多分、

いやきっと『きっかけ』は数日前の事だろう。


「バシャ‼️バシャッ‼️」


 〈ミサキ〉はその放課後、

職員室からの帰りに通りがかった《視聴覚室》から、水しぶきの音が聴こえて来るのに驚いて立ち止まった。

「・・・何やろ?」

 扉の小窓から覗き込むと、

その先には《競泳》の映像を真剣な眼差しで観ている《男性》がいた。


『・・・小菅先生・・・?』


 《眼鏡》を掛けているから一瞬判らなかったが、いつもの明るい感じとはまたカンジが違って見える。

 しかし、

〈ミサキ〉を釘付けにしたのはそんな〈小菅〉の姿ではなく――・・・

 流されていた《映像》の方だった。


「・・・―キレイ・・・✨」


 思わず、そう声を漏らしてしまうが、

その気配に〈小菅〉が気付き小窓から覗き込んでいる〈ミサキ〉と目が合うと、映像を静止させ扉に近付いて来た。


『‼️・・・怒られる⁉️💦』


 あたふたするも、時すでに遅し(笑)。

扉が開き〈小菅〉が声を掛けた。

「・・・キミは確か――・・・」

「ハイ‼️・・・たっ多嶋ミサキですっ‼️💦・・・あのっ・・・スミマセンっ‼️」


 恥ずかしさでしどろもどろになるが、

唯一の救いは頭を下げた際に自分の髪が『真っ赤(笑)』になっているであろう、顔を隠してくれている事だ。


「アッ。今日、キミ《日直》だったよね⁉️ゴメン❗️・・・―オレ《職員室》に居なくて・・・💦」

「・・・エッ?」

 想定外(笑)な〈小菅〉の言葉に、

〈ミサキ〉は呆けた顔を晒してしまう。

「・・・―あ・・・アッ❗️《日誌》は、ちゃんと先生の机の上に置いておきました・・・💦」


 そう答えた瞬間。


一旦静止されていた、あの映像が再び『水しぶき』の音を響かせ始めた。

〈ミサキ〉は無意識に〈小菅〉を気にする事なく後ろの映像を覗き込むと、

「・・・キミは《競泳》が好き?」

 その姿が余程『滑稽』に見えたのか、

少し笑いを含んだ声で〈小菅〉が尋ねて来た。


 あろうコトか、

一度ならず二度までも(笑)我を忘れて見入ってしまった自分の醜態に、

〈ミサキ〉の顔は面白い程みるみると真っ赤になったが、

 そんな自分に対して〈小菅〉はまたもや『予想外』の声を掛けた。


「・・・良かったら、一緒に観る?(笑)」

「エッ⁉️いいんですか⁉️」


 〈ミサキ〉は自分でも驚く程、間髪入れずにそう答えていた。

「観たいです‼️・・・是非、お願いしますっ‼️」

 〈小菅〉に誘われた事以上に、

その先に流れる《映像》を『間近に』観る事の出来る喜びの方が大きいのか――・・・。


 素直に(笑)『無邪気』な笑顔を見せていた。

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