天才魔術師の私が、異世界から勇者様を召喚するまで
楚々園ゆるぎ
序章 なんで勇者召喚が出来ないの!?
Retrace:1 勇者召喚
最初に、始まりの魔女はこの世界を創造した。
そして、彼女は決して叶わぬ夢を見た。
次に、二番目の魔女は尊い未来を否定した。
そして、彼女は過去の全てを手に入れた。
次に、三番目の魔女は永遠を謳った。
そして、彼女はあるべき死を裏切った。
次に、四番目の魔女は自分以外の全てを否定した。
そして、彼女は世界に災厄を振り撒いた。
最後に、終わりの魔女は世界を壊した。
そして、彼女は願い続ける。
◆
薄暗い部屋。無造作に分厚い本が積み上げられ、床には乱雑にガラクタが散乱している。
まるで玩具箱をひっくり返したような部屋だった。
その部屋を照らす唯一の光源は、床一面に拡がる巨大な魔法陣の輝きだ。
そして、そんな魔法陣の中央で私は喚き散らしていた。
「何で! 何で勇者様は召喚されないのよぉー!!」
念のために言っておくけど、これは何かの儀式という訳ではない。
何故、私がこんなに発狂しているのか?
それを語る前に、まずは私自身の自己紹介をしておくべきだろう。
私の名前はノルン。
この国の第二王女にして、空前絶後の天才魔術師だ。
ちなみに歳は十五歳。
白雪のような長髪と、サファイア色の瞳が特徴である。
控え目に言って、美少女だと思う。
顔は少し幼めに見られることもあるが、身体付きはグラマスでマーベラスだ。
ん? 自己評価が高い?
いやいや、全くそんなことはない。
寧ろ、控え目で簡潔に紹介したつもりだ。
私の紹介内容に嘘偽りは無いから、後で詐欺だと言われても全く責任をとるつもりはないんだから。
……コホン。私の紹介はこのくらいでいいでしょう。
確か、私が何故ここまで取り乱しているのか? という話しの続きだった気がする。
ちなみに、私は現在も未だに叫び続けていた。
「うわぁぁん! 勇者様! なんで勇者様は召喚されないのよぉ!」
涙が止まらない。
私はこの日の為に頑張ってきたといっても過言ではない。
そう。かの伝説の勇者を異世界から召喚する為に――。
勇者召喚。
それはこの世界における最終手段。
多くの代償を払い、異世界から最強の戦士を召喚する禁術である。
いま世界は予言の書に記された【終わりの魔女】が現れたことにより、大きな混乱に陥っていた。
世界を滅ぼすとされる【終わりの魔女】。
その存在を止める為には、同じく予言の書に記された伝説の勇者を召喚するしか方法は無い。
それがこの滅びゆく世界を救う為に残された、人類最後の手段だったのだ。
そんなこんなで、私の国は勇者召喚に踏み切ることになった。
そして、その勇者召喚計画を王から任されたのは、魔術の才媛である国の姫だったわけである。
まあ結局のところ、今回私が行った勇者召喚はこうして失敗に終わってしまったんだけど……。
「何で! 何でなのよぉ! 絶対に成功する筈だったのにっ!」
私の足元にある魔法陣。
その機能は正常だった。
魔力供給も問題無かった。
何せ、私は世界トップクラスの魔力量を誇っているからだ。
でも失敗した……。
勇者様を召喚出来なければ、私がここにいる意味はない。
ああ、無情。まさに無念の一言だ。
この世界に神がいるなら、今すぐこの理不尽を倍にして叩き付けてやりたい。
「ところでセレン、貴方いつからそこにいたの?」
私はギロリと眼球を回し、部屋の入り口にいつの間にか立っていたメイドを睨む。
彼女の名はセレン。
青い髪のセミロングとサファイア色の瞳が印象的な、私の専属メイドである。
けど、本当にセレンはいつからこの部屋にいたのかしら?
そんな私の動揺を他所に、セレンは冷静な口調で返答した。
「いつから見ていたのか――ですか? 確か姫様が子供のように泣き叫び、『なんで勇者様は召喚されないのよぉー!』と発狂していたところからですけど?」
「それまんま最初からじゃない! え? 何? 全部聴いちゃってたの!?」
「はい。バッチリ」
バッチリ聴かれてた……。
ヤバい。死にたい。恥ずかしい。
きっと今の私の顔面は、熟れたリンゴみたく真っ赤だろう。
「大丈夫です。姫様が残念なのは、今に始まったことではありません」
「ちょっ、それどういう意味よ!」
「そのままの意味です。ほら、この散らかった部屋をご覧下さい。私抜きでは掃除すらもまともに出来ない姫様の唯一取り柄と言えば、まあ魔術くらいなものです」
「ぐぬぬぬ……」
「ああそう言えば、その魔術も今回失敗してしたんでしたね」
グサリとセレンの言葉が胸に刺さる。
「うわーん! セレンの馬鹿ぁ! 意地悪! 毒舌メイド! もっと私を慰めてくれてもいいじゃない!」
セレンはいつだって意地悪だ。
私のメイドという自覚が足りないんじゃないの?
「ところで姫様、何で今回の勇者召喚は失敗してしまったんですか?」
セレンの問いに私は小さく答えた。
「……分かんない」
「分からないのですか? 空前絶後の天才魔術師である姫様が?」
なんでさっきから発言にトゲがあるのか。
相変わらずセレンの物言いは意地悪だ。
「分からないものは分からないの! ちゃんと過去に成功したっていう術式を参考に、勇者召喚の魔法陣を起動させたのに……」
過去数百年間の歴史で、勇者召喚は五回成功している。
それを行ったのは、全て魔女が世界を荒らし回った時だった。
私はそれらの成功例の記録を調べ、その召喚魔術を参考に今回勇者召喚を実行したわけだ。
この一つの術式を作り上げるのに、私はかなりの時間を費やした。
念入りに調整をして、慎重に機能も確かめた筈だ。
私の理論は完璧だと思っていた。
けれど結果は失敗だ。
「はぁ……」
私は深く溜息を吐いた。
そして床に大の字で倒れる。
ぼんやりと天井を仰ぎながら、私はおもむろに口を開いた。
「私ね、やっと勇者様に会えると思って、今日は慣れないお化粧だってしたし、寝癖だって直したのよ……。でも、勇者様は現れなかった。理不尽過ぎるわ……」
普段部屋から一切出ず、他人と一切関わらない私でも、今日ばかりは精一杯おめかしをしたのだ。
そんな私の愚痴に、セレンは辟易した様子で答える。
「私に言っても、そんなことは知りませんよ」
「は? 知らないって何よ! 責任取りなさいよ! 私のメイドでしょ!」
「逆ギレですか……。そもそも私の責任は主である姫様にいくのです。つまり、全て姫様の自己責任です」
「ええっ! 結局全部私が悪いってこと!?」
「元より姫様はたった一人で勇者召喚を研究なさったのですから、自分以外に責任を求めるのは無理かと存じます」
「むぅ……」
セレンの容赦の無い正論に、私は頬を膨らました。
彼女に八つ当たりしても意味などないが、そうでもしないとやってられない。
今までの努力が無駄になった精神的ダメージは、思ったよりも深刻だった。
「はぁ……勇者様に会いたいわ。セレン、私はこれからどうしたらいいの?」
ポツリと漏らした私の本音に、セレンは表情一つ変えることなく答える。
「全く、ここまで落ち込むなんて姫様らしく無いですね。いつもは死ぬほど能天気なのに」
「何よそれ。まるで普段の私が馬鹿みたいじゃない」
私がそう口にすると、セレンは少しだけ間を置いた。
そして彼女は真剣な眼差しで、床に転がる私を見つめる。
「もしかして姫様は、たった一度の失敗で勇者様に会うのを諦めるつもりですか?」
諦める?
そんな言葉は、私の辞書には載っていない。
「はっ! そんなこと有り得ないわね! 勇者様を召喚するのは私の使命よ!」
私が強く答えると、セレンはその言葉を待っていましたと言わんばかりに口を開いた。
「なら、もう一度頑張りましょう。過去の成功例に頼るのではなく、姫様自身がゼロから勇者召喚を成し遂げればいいだけの話です。メイドである私も、それを全力で支えますから」
セレンの言葉で目が覚めた。
ヘコんでる時間が勿体無い。
「そうね! 私は一度の失敗なんかじゃめげないわ! 次こそは必ず勇者様を召喚してみせるんだから!」
「その意気です、姫様」
今ここに私の戦いの開幕を宣言しよう。
私、ノルンの勇者召喚を巡る、壮絶な戦いの日々の始まりを――。
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